65.星核・上層
「――戻ったか」
「みたい、だね」
光が収まった時、そこには広がっていたのは見慣れたフィールドマップの景色だった。
……皆、戻ってきているな。僕の竜化も解けている。
確認したところによると、ルッツが得た称号は事前情報通りの【四天紳士:被虐】。
その効果はまるでイベントの舞台となった世界の法則を持ち帰ったかのような、受けたダメージに応じてSP回復とその他ステータスにもボーナスを得るというもの。
そしてそれと連動しているのか、自分の防御の強度を調整する効果。つまり、わざと適量のダメージを受けて最初の効果の恩恵を引き出すのに使えるわけだ。
そして……僕の【駆影術】みたいな別項目の効果で取得していたのが【好敵手の勲】。
効果は使用条件こそ厳しいが、地下からマグマを呼び出し操る大技。
その内容から察するに、好敵手といえばあの追手の事を指しているんだろうけど……いつの間にそんな関係になっていたのやら。闘いの中で通じ合うものでもあったのか?
まぁ……称号の名前の割には普通というか常識の範囲内に収まる効果で安心した。
ああ、僕やクリスが得たような基礎ステータスやスキルの底上げもきちんと含まれている。
ダンジョンの入り口付近でクリスのとき同様に軽く戦ってみたけど……どうなんだろうな?
元々ルッツは防御を中心としたスタイルって関係もあってか、称号の効果は正直目に見える程では無かった。
新たに得た能力にしたってもっと追い詰められた状況とか強敵を相手にして真価を発揮する類のものだと考えれば、まぁ仕方ないか。
能力が底上げされてるおかげで壁として安定していた、くらいか?
「……最後だ。援護を頼む」
「分かりました」
「はいはい、仕方ないね!」
ルッツを守るように構えるクリスとエイミ。
僕は【駆影術】でその傍にワープして薬で補助に回る。
流石は最後のダンジョンと言うべきか、こんな浅いところでも立ち止まっていたら際限なく敵が湧いてくる。
二人の攻撃はエネミーを寄せ付けないけれど、それでも初期ボスと同じ外見をした連中の姿は絶える事が無い。
やがて、地鳴りの重低音と共にダンジョンが震え始めた。
「――行くぞ!」
ルッツの声に呼応して地面からマグマが噴き上がる。
灼熱の奔流はルッツの意のままに猛り、ひしめくエネミーを容易く一掃した。
その後はまだ効果時間が残っているせいか、どこか所在無さげに宙に漂っている。
「あれ、もしかして……余った?」
「……雑魚を相手に振り回すには、些か重い力らしいな」
ルッツがそう呟くと、溶岩はルッツの盾に吸い込まれていく。
効果を切ったというよりはバフの類らしい。元々白銀に輝いていたルッツの盾が炎を宿したように深い紅へとその色を変える。
「まぁ、新しい力のチェックはこれくらいでいいかな」
「そうだな。だが、時間はまだある」
「アタシのイベントに向かうにはちょっと遅い感じだけど、ね。今日はもう少し経験値稼いで行ってもいいんじゃない?」
「そうですね。私も、もう少し練習しておきたいところですし」
そういうわけで、もう少しダンジョンに留まって狩りを続けていく事になった。
僕の竜化関連の能力やクリスの加速みたいな代償の大きい効果はリスクも高いから、メインに使うのはそれ以外になる。
クリスがイベントで戦った狩人たちから得た能力を色々試してみたり、次のイベントに備えてエイミが諸々の破壊魔法の性能を確認したり……。
ルッツがそんな二人のフォローに回る横で、僕は【駆影術】でダンジョンに落ちている素材の採取にいそしんでいた。
セコい使い方だけど、場所柄というか疑似的に三次元駆動が可能になるおかげで本来なら行きにくい場所にも簡単に足が伸びる。
比較的サクサク敵が倒せる状況に勢いづき、もう少し深く潜るとエネミーの顔ぶれも変わってきた。
次いで現れたのは無数の泡を従える魚馬、霧からその身を生成して襲い掛かってくる奇腕の吸血鬼、地響きと共に地中から現れる土竜。
ヴラディ・スローターやティーミッド・タイラントを元にした連中はさっきまで姿を隠して襲い掛かってきていたコブラ以上に対処が面倒だ。
もっとも、尋常じゃない感知能力を誇るクリスが居なければ面倒どころでは済まない脅威だった事を思えば贅沢な話か。
「【蒼氷剣】っ」
「【ヴァンパイアハント】!」
「「ギギャッ……!?」」
冷気を纏ったルッツの剣が不意打ちをかけようとしてきた土竜の動きを封じ、クリスが打ち込んだ短剣は付与された聖属性によって霧化した吸血鬼も確実に葬る。
以前戦った時に比べればこちらも敵も強くなった。
けれど何より、僕らは手札が増えた事が大きい。結果的にはあの時より有利に立ち回れている。
……まぁ、その分得意分野ごとの差も広がったわけで。
僕はあの時以上に戦闘に手出しする術が無いんだけどさ。




