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44.黒鉄の町――2

『To:アレン

 本日のボス戦での件だが、二人の反応は純粋に心配しているだけだ。お前のロールプレイ自体を否定するものではない事を間違えないように。

 以前から兆候はあったが、今回は敵の攻撃の性質もあって視覚的な衝撃が特に強かったのだろう。

 デスゲーム故の心労もある。明日にも謝罪し、竜化時の戦い方も一度考え直す事だ。

 なお、例の戦いでも味方を巻き込まないようにしていた事、別に暴走していたわけではない事は二人にも気づかれているものと思われる。

 From:ルッツ』

「お前は僕の母さんか!」


 思わず声に出していた。

 うちの両親は割と放任主義なところもある分、親よりも親らしいから性質が悪い。

 ……家族にも心配かけてるんだろうな……。

 少し現実(リアル)の方に思いを馳せた後、改めてメッセージの内容に意識を向ける。


 そりゃ味方を傷つけるなんて最悪だし、多少テンパったくらいでそんな事するのは論外だ。

 竜眼……スキル名【竜王の眼光】のおかげで視野は広いし、巻き込まないように少し気を付けるくらいはする。

 とはいえ腕が落ちるなんて初めての経験に錯乱してたのも事実。演技がバレたみたいな扱いされると恥ずかしいんだけど。


 …………まあ、こっちはまだいい。誰かに迷惑がかかった類の話でもない。

 問題はプレイスタイルだ。

 やっぱり、何も考えないわけにはいかないか。

 でも、僕も何か自分の心理とか完全に自覚してるわけじゃないからな……。


「うあー……」


 ベッドに身体を投げ出して呻く。

 まず、皆に心配をかけないのは前提だ。

 例えば竜化しても俺モードにならず、僕のままで動くとすると――。

 うっ……。ぞわっとした。

 あれ、僕ってこんなに自分のこと嫌いだっけ?

 それとも……()が僕を嫌ってる?

 えっと……ど、どういう事だろう。

 こんがらがってきた思考を、控えめなチャイムが断ち切った。


「はーい、どちら様ですかー」

「あの……クリスです。少し、お話したいことがあって。いま大丈夫ですか?」

「クリス? うん、問題ないよ」


 予期せぬ来客の正体は、全プレイヤー屈指の才能を持つレンジャーだった。

 メニュー画面を操作してドアの施錠を解くと、彼女は遠慮がちに部屋へ入ってきた。割と殺風景な部屋の中を、興味深そうに眺めている。

 この部屋、椅子は一つしかないんだよな……皆で集まる時はルッツの部屋を使ってたし。

 他の椅子を些細な出費のために二束三文で売り払ったのが悔やまれるけど後の祭り。とりあえずベッドに腰かけ、クリスには椅子を勧める。

 あれ、こういう時って客には柔らかい方に座ってもらうべきだった?

 ルッツや同年代の友人を部屋にあげる時はそんなの気にも留めたことが無かっただけに、慣れない事態には戸惑うばかりだ。


「悪いね。本当ならお茶の一つも出せればいいんだけど」

「いえ、お構いなく。……良いお部屋ですね」

「そうかな? あまりセンスに自信はないんだけど……そう言ってもらえると嬉しいよ」


 そんな感じでなんとか続けていた他愛無い会話が、ふと途切れた。

 正面に座っていたクリスは表情をまじめなものに変え、背筋を伸ばし……深々と頭を下げた。


「今日は、ごめんなさい。私からもきちんと謝っておきたかったんです」

「く、クリス?」

「その……少し、動揺していて。ナイトファングを倒す時やボス戦が終わった時、アレンさんを傷つけてしまったんじゃないかと」


 顔を俯かせたまま、クリスは不安げに揺れる声を漏らす。表情は見えなくても、本当に申し訳なく思ってくれているのは伝わってきた。


「僕なら平気だから。こんな足手纏いに気を遣わなくても――」

「そんな事ないです!」


 そう自虐すると、クリスはぱっと顔を跳ね上げた。

 時折見せる強い口調もそうだけど、その悲しそうな顔が胸を突いた。

 ……なんでこうなるかな。

 そんな表情見たくなかったから口を開いたはずなのに。

 僕が言葉を失っていると、立ち上がったクリスは僕の方に歩いてくる。

 一言断ってベッドの隣に座ったクリス。

 どんなエネミーの隠蔽(ハイド)も見逃さない双眸が、間近から静かに僕の顔を覗き込んだ。


「アレンさんは、足手纏いなんかじゃないです。初めて会った時も、今だって、私はあなたのおかげで……」

「でも僕は――」

「知ってますか? こんな世界の中で、あなたの普段の気配りが、戦う時の後ろ姿が、どれだけ強い支えになっているか。……あんなに傷つくほど必死にならなくても、アレンさんは大切な人です」

「……!」


 不意に視界が暗くなった。

 突然の事に為す術もなく硬直していた頭が、クリスに抱きしめられているのだと数拍遅れて理解する。

 自分がゲームの中に囚われていることさえ忘れそうになるほどの温もりに包まれ、思考は完全に停止。

 ただ、固まった意識などよそに……クリスの思いが伝わってくるのは感じられた。


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