43.黒鉄の町
アドレナリンが切れかかっているのか、全身を苛む痛みがだんだん強まってくるのを感じる。
これは……少しばかり、やらかしちまったかもしれねぇな。
一つ一つは小さいながらも積み重なった部位欠損ダメージで痛々しいことになった身体を見て少し反省する。
微妙な場の空気を誤魔化すように俺は竜化を解こうと……。
「待ってください!」
「うおっ!?」
まだ戦闘中であるかのような鋭い声。
そればかりか、一本の矢が俺の鼻先をかすめて洞窟の壁に突き立った。
経験値はきっちり入ったし、俺の眼でも敵の気配は感じられないが……?
「クリス、どうかしたか?」
「先に回復を済ませます。それまで竜化は解かないでください」
「それくらい別に――」
「駄目です!」
っ……。
ボロボロの姿でおとなしく治療を受けてるような俺は、俺じゃない。
そう思って抗議しようとした声は、どこか必死ささえ感じさせるクリスに遮られた。
うるせぇ知ったことか、そう言い捨てて竜化を解くのが俺のするべき事なんだろう。
だが……せめてもの抵抗は、竜の眼で睨み付けようと一切揺れない瞳に打ち砕かれた。無言のまま高度を下げ、冷たい地面に身体を伏せる。
「すぐ、済ませますから」
「…………」
そう言ったクリスは言葉通り手早く、スキルと回復薬を併用して傷ついた部分を回復していく。
途中で落とされた左腕はまだ残っていたらしく、ルッツが持ってきたそれを傷口に押し当てる。鈍い痛みに思わず零れそうになった声を堪えていると、クリスはそこに霧化薬を振りかけた。
傷口まわりの感覚がぼやけて滲むような錯覚。
いや、錯覚というのは間違いかもしれない。霧化薬が掛かった辺りは薬の名が現すように霧となってほどけた。
やがてその霧はゆっくりと実体を取り戻し……元通りつながった腕が現れる。
恐る恐る動かすと、指の末端まできちんと反応する。
感覚の微妙なぎこちなさも仕様だというなら、無駄に凝っていると呆れざるを得ない。
「――はい。これで、大丈夫だと思います」
「…………」
クリスが頷くのを確認するが早いか、即座に竜化を解除。
念のため前みたいに容体が急変しないのだけ確かめてから正座する。
「えっと、なんというか……今回は心配かけて、ごめん」
「はぁ……あまりここに長居するのもなんですし、場所を移しましょう」
「そうだね。ほら、アレンも立ちなって」
深々と頭を下げると、クリスは重い溜息をついた。【竜頭】の補正も切れた今の僕に、その表情を窺い知る術はない。
エイミに手を引かれて立ち上がったときには、クリスはもう歩き出していた。
蝙蝠だけ速攻で倒しながら、大体の敵は無視して町へ戻る。
無事にマップが切り替わったところで、普段着に戻ったルッツが口を開く。
「各々話す事もあるだろうが、時間も時間だ。今日はひとまず自分の部屋に戻って休まないか」
「うん、それが良いかもね。正直アタシ、ちょっと眠くてさ」
騎士の提案に真っ先にエイミが乗ったところで過半数。
クリスもあっさり頷いたことでその場は解散となった。
最近ようやくここに拠点を移したプレイヤーが多い町をぶらつく気にもなれず、まっすぐ自室に戻る。
寝てしまうには少し早い時間だけど、どうしようか。
今更ながら今日のボス戦のドロップでも確認しようとメニューを呼び出した瞬間、ショートメッセージの受信を知らせる澄んだ音が響いた。
差出人を見るとルッツとエイミ。時間もぴったり同じとは、妙なところで息の合った二人だ。
まずはエイミのメッセージから開く。
『To:アレン
アタシは竜化してる時のアレンもいつものアレンも、どっちも好きだよ。
だからさ、無理してまで使い分けなくても……いつだって、アレンがそうしていたい方の自分でいていいと思う。なんて、ね。
また明日。
From:エイミ』
っ……。
危ない危ない。
柄にもなく取り乱しそうになった感情を、深呼吸して落ち着ける。
相手は中学生、相手は年下……いや違うそうじゃなくて!
ダメだ、全然落ち着けてない!
なんて茶番を一通り流して、ようやく本当に落ち着く。
言われた事が図星を突いていたとか、逆に全然的外れだったとか、そういう事とは違う。
これまで無意識にしていた……いや、意識的に目を逸らしてきた事を突き付けられた気分だ。
僕は……僕のやってきた事は…………。
少し考えてみた結果はいつも通りだった。そうだ、ルッツからのメッセージも見ておかないと。
……いつまでも逃げ続けてはいられないのだろう。
でも、この時だけは。
今までの中でもひときわ無理矢理な言い訳と共に、僕は意識を切り替えた。




