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42.アームイーター――3

「――クリス!」


 三体のナイトファングを処理し、ボスに接近するレンジャーの後を追う。

 ルッツたちが戦っている少し後ろで立ち止まった後ろ姿に、まずは回復薬を振りかけた。

 クリスのステータスは、僕ほどじゃないにせよ耐久の高いものじゃない。そのHPが最大値まで戻ったのを確認してようやく一息つく。

 ……少し警戒するも、新たな蝙蝠が現れる兆候は無さそうだ。


「なんだってあんな無茶を……!」

「無茶じゃ、ないです」

「え?」

「それを言うなら、アレンさんがスキルを使わずに戦う方がよっぽど無茶です! 今なんてルッツさんもエイミさんも手が塞がってるのに、あの時(、、、)みたいな事になったら……!」


 こちらに背を向けたまま、クリスは抑えた声で言い募る。その手は固く握り締められていて、何かを本当に恐れているのが伝わってきた。

 あの時……?

 そのワードから咄嗟に思い出せる出来事が無くて、少し首を捻る。

 今はルッツもエイミもボスに掛かり切りだけど、そうじゃなかった時の事といえば……。

 ……もしかして、ゴーレム……マーダーフォートレスと戦った時の事だろうか。

 殿(しんがり)を務めた僕は竜化を解くタイミングを誤って危なかったんだっけ。


「……私が、守らないと」


 割と近くでルッツたちがボスと戦っている状況で、その呟きが聞き取れたのは偶然に近い。

 本人に悪気はないんだろうけど……中々キツい事を言ってくれる。竜化してる僅かな時間を除いて実際に足手纏いの僕に、反論の余地も無いんだけどさ。


 こんなネタに走ったキャラクターを作った時から、アレン()が足手纏いなのは分かっていたじゃないか。

 デスゲームだなんて巫山戯た環境で僕がこうしてPTに居られる時点で望外の幸運だ。

 今更その事実を突き付けられたところで何を傷つく事がある。そんな恥を晒してでも生き残ろうって、最初に決めたのは僕自身だろう?


 心中で無様に言い訳を重ね、揺らいだ思考を押し潰す。

 そんな作業にどれほどの時間を割いたのか。ルッツの鋭い声が僕を現実に引き戻した。


「――アレン! 出番だ!」

「よし来た! 【起動(スタートアップ)竜化(アセンション)】!!」


 肝心のアームイーターを一瞥する事もなく、迷わずスキルを発動。

 一瞬で劇的に拡張された視界の中、全速力で下がるルッツとエイミの姿を捉える。そんな二人に追い縋るように迫るのはボスの尾蛇が吐き出した毒々しい霧。

 とりあえず二人の上空から放った【ファイアブレス】で焼き払おうとすると――。


「うおっ!?」

「アレンお前――!」


 ……毒霧は可燃性だったらしい。嫌なエフェクトが生じたかと思うと爆発した。

 幸い大した要素ではなかったらしく、少しばかり慌てて確認したルッツとエイミのHPはほとんど減っていない。

 ルッツの恨み言を聞き流しつつアームイーターに意識を向けると、白蛇の赤い瞳が怪しく輝いた。

 魔眼系統の能力か。だが……俺の竜頭に備わったスキル【竜王の眼光】も似たような効果だ。そして、魔眼系の能力は互いに打ち消し合う。

 ふむ、まともに喰らっていたら簡単な行動阻害か。装備破壊効果の噛み付きが控えているのを考えると、中々いやらしい組み合わせだな。


 何も考えないならその甲羅に全力の【旋月】をぶちかましてやりたいところだが……その硬さはクリスの【ダウンシーリング】が発動した時に見ている。SPの無駄遣いにしかならないだろう。

 だとすれば……。


「これでどうだ?」

「シャァア――」

「かかったなアホが!」

「ァア゛ッ!?」


 側面に回り込み、陸亀の甲羅に覆われていない部分を爪で狙う。

 そこへ噛み付こうとしてきた尾蛇の喉元をもう片方の腕で迎え撃ち抑えつける。

 そして流れのままに身体を翻し……。


「【旋月】!!」

「――――――!?」


 ピンと張りつめた尾蛇に重い一撃を叩き込む。会心の手応えがあった。

 反動で身体が弾かれ少し距離が空いたが、アームイーターは音にならない絶叫を上げて苦悶している。

 狂ったように暴れる尾蛇をまた捕まえるのは厳しいが、攻撃を当てるくらいならどうとでもなる。

 まき散らされ次第に蓄積していく毒霧を定期的に【ファイアブレス】で処理しながらスキルを打ち込んでいく。


 ……わざわざ甲羅を避ける必要のある陸亀より、動く軌跡に狙いを合わせるだけでいい尾蛇の方が的に適している。

 だが、そちらに集中するあまり亀の方への注意がおろそかになっていたのは迂闊と言う他ない。


「――いけない! アレンさんっ」

「あ゛ぁ?」


 そして、普段なら絶対にしない事……クリスの警告への反応が遅れたのは致命的だった。

 視界の片隅に映っていたのは禍々しいエフェクトを帯びた牙を剥く陸亀の顎。

 行動パターンの変化か一回り巨大化したそれは、尾蛇に薙いだ後の俺の左腕に驚くほどの迅速さで喰らいついた。


「ガッ……!」

「――――!」


 灼けるような熱とぞっとする空虚な感覚が襲い掛かる。

 地面に落ちた竜腕の肘から先は、空っぽになった脳裏に嫌に焼き付いた。


「シャァァアアア!」


 凍り付いた意識をよそに尾蛇は更に追撃をかけようと、自らも装備破壊のエフェクトを纏って雄叫びを上げる。

 皮肉なことに、それが俺の硬直を解くきっかけになった。


「グルォオアアアアアアアア!!」

「っ……!」

「ナメた真似しやがって、エセ玄武風情が……調子に乗んじゃねぇぞオラァ!」


 【竜哮(シャウト)】の発動と共に戦意と憤怒で思考を満たし、駆け寄ろうとしていたクリスたちを視線で制する。

 まだ終わりじゃない。

 戦える。俺は、戦える!

 掠めた牙が身体を削いでいくのを感じながら、SPを使い果たすくらいの勢いでスキルを連発する。

 やがて、どの攻撃がトドメになったのかボスの身体が無数のポリゴン片となって爆散する。

 それでようやく俺も我に返った。


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