40.アームイーター
「ん……」
ゲートを潜った先は最深部という設定なのか、急に数m先の視界も安定しないほど暗くなっていた。
地面や壁、天井と至る所から見えている透き通った鉱石の薄青い光がランプか何かのように辺りを照らしている。
「クルルル……」
喉を鳴らすような音と共に、そんな薄暗い闇の奥で赤い光が灯った。それに呼応するように鉱石も輝きを増し、通常マップと同じレベルで視界が確保される。
……というか、思ったより広い部屋だな。竜化も出来そうだ。端っこを動く時は気を付けないと身体を削られそうだけど。
そしてダンジョンの主……腕食みが陸亀にも似た身をゆっくりと起こし、戦闘が始まった。
「エイミ。距離を取っている限り、奴からの攻撃は無いんだったな?」
「アタシの持ってる情報の範囲内ならね。これまでの感じからして無抵抗って事も無いと思うけど」
「動かないボスっていうなら試してみる価値はあるんじゃない? あの天井が落ちてくる奴」
「分かりました。では試してみます」
とりあえず何か動きがあっても対応できるよう構えつつ、距離を取ったまま様子を見る。
あのデザインで動き回るイメージも湧かないし、これはもしかしたらいけるんじゃないか?
……なんて。言うのは勝手だけど、そんな安易に狩れるほどこのゲームのボスが易しくないのは分かってる。【名も無き死槍】を試さないのもそのためだ。
「クルルルルルルルル!」
再び陸亀が吠える。
その声自体に攻撃性能が備わっているわけでも、ビームか何かが飛んでくるわけでも、魔法が発動するわけでもない。
ただ真っ先にクリスが反応する。その視線の先は天井。
つられて僕もそっちを見ると、鉱石とは違う普通の岩がゴソリと動いた。表示された名前はナイトファング。
名前からはどんな敵か判断がつかない。
何が来る? 僕の出る幕は無いだろうけど、それでも警戒する。
「【百舌狩り】」
「ギキッ――」
クリスの腕が閃き、放たれた無数の矢が動き出した岩に突き立つ。
……今のスキルって元々広範囲攻撃用のはずなんだけど。なんで一体のターゲットに全弾命中してるの?
僕の疑問はさておき、矢の突き立った岩がバサリと開いた。
飛び立ったナイトファングの正体。それは、岩石の身体を持つ強面の蝙蝠。
素材の割にその動きは身軽。そのうえ防御力は見た目通りなのか、クリスの矢を受けても弱った様子は無い。
「クルルルルルルルル!」
三度、陸亀が吠える。
今度は新たに二体のナイトファングが目を覚ました。
「なるほど、俺たちが間合いの外に居る時はこう来るわけか」
「どうする?」
「蝙蝠も飛んでるうちはクリスに頼るしかないねぇ。属性攻撃が通じるか、試してみようか。【ダークエンチャント】」
「ありがとうございます。では、改めて……【百舌狩り】!」
「「「ギキャッ……!?」」」
放たれた矢は躱そうとした岩蝙蝠たちを次々と射抜いた。
今度の矢は貫通したな。属性攻撃はやっぱり有効らしい。
とはいえ撃墜には至らない。味方に闇属性を付与する【ダークエンチャント】は自身を対象にする他のスキルより効果が劣るらしいけど、その辺の関係だろうか。
更に追撃を加えるより早く、岩蝙蝠たちはこちらへ突っ込んでくる。
だが――それは悪手だ。
「いらっしゃい、ってね! 【グラビティスイング】!」
「【稲妻斬り】」
「【回し蹴り】【グレイブエッジ】【連拳】!」
エイミの一撃は岩蝙蝠を叩き潰し、ルッツの一閃はその身を両断し、威力を手数で補うクリスのコンボは初撃でふらついた身体に短剣を突き立て、そこに多段ヒットする拳を打ち込むことで爆散させた。
いや、やっぱクリスのはオーバーキルかも。消費したSPを回復するため手早く回復薬をかぶる姿は男前だ。
さて、新手は倒したわけだけど――。
「クルルルルルルルル!」
…………。
再び現れる三体のナイトファング。
なるほど、こっちから仕掛けるまでキリがないってわけか。
「――ところでクリス、時間の方はどう?」
「もうすぐですっ……【ダウンシーリング】!」
来た!
崩壊する天井がアームイーターに降り注ぎ……甲羅に触れた瞬間、バリアのようなエフェクトが発生して弾き飛ばす。
ボスにはぜんぜんきいてない! って奴?
一筋縄でいくとは思ってなかったけど、そういう方向で来たか。
「済みません」
「いや、いいよ。クリスの責任じゃないし」
亀だから硬いのは最初から分かってたんだ。
さて……どう動く?




