35.マーダーフォートレス――2
「――――――」
「おっと、早速か」
「頼むよアレン!」
ボス戦前のエフェクトは初回のみって事で、轢殺ゴーレムはもう殺意を剥き出しに車輪の回転音を響かせていた。
皆はすぐ左右に散開し、その正面には僕だけが残される。
「任せといて。【起動:竜化】」
「――――」
「ほら、掛かって来いよポンコツ!」
即座に竜化を発動し、無機物に効果は期待してないが【竜哮】を放つ。
俺の挑発に反応したわけじゃないだろうが、目論見通りゴーレムは俺に向かって突進してきた。
俺もまた宙を蹴り、真っ向からゴーレムへ飛び込む。
全神経を集中させて相手の動き、互いの距離、激突のタイミングを測り……その巨体が限界まで近づいた瞬間、俺は高度を一段階上げた。
「――――」
「喰らいやがれッ【旋月】!!」
首元を中心に一回転し、スキルの輝きを宿した尾にすべての勢いを乗せて叩き付ける。
無防備な背中へと吸い込まれていく一撃。確かな手応えが全身に響き――ゴーレムの身体が、止まった。
吹き飛びそうになったのを堪えたとか、増してやHPを失って消滅する段階に入ったとかいう事じゃない。
俺の一撃どころか自分の突進のエネルギーさえどこかへ投げ捨てたかのように、石造りの巨体は不気味に硬直する。
直感に従い、身を翻して距離を置こうとしたところで……その背中が爆発した。
「アレンさん!」
「ガッ……!」
クリスが警告を発するも、その一撃に対処するには時間が足りなかった。
爆発の正体は、ギロチンの刃でも飛ばしたような三つの衝撃波。ちょうど俺を四等分するコースで通り抜けたそれは、竜化の恩恵で上昇している防御の上からHPを半分近く削っていった。
「アレン、無理するな!」
「何が無理だ! まだ何も始まっちゃいねぇぞッ」
「――――」
「【竜爪・紫電】!」
全身を使う【旋月】より隙の小さい竜爪で振り向こうとする敵の反対側の肩を抉り、駄目押しに後足で頭を蹴りつけながら上昇。
相手の間合いの外に逃れたのを確認すると、遠隔攻撃だけ警戒しつつ【ヒーリングブレス】を発動。自ら吐き出したブレスの中に身体を投げ出しダメージを回復する。
無機質な単眼で俺を見上げていたゴーレムは、やがて視線を地上に戻した。
「――――」
「ハッ、テメェの相手は俺だよ! 【竜閃】!!」
減ったHPは半分ほどしか取り戻せていないが、宙を蹴って再び飛び出す。
先ほど抉った左肩に追撃を打ち込もうとしたところで、ゴーレムの上半身がぐるりと回転した。
「――――」
「ぐッ……!」
回転の勢いのままに唸りを上げる剛腕に、どうにか軌道を少しだけ曲げた竜閃を合わせる。光の軌跡を引く爪と悲鳴を上げるホイールが接触した瞬間、肘の辺りまで激痛が駆け抜けた。
こちらの突進の勢いを殺さないようにゴーレムの前方へすり抜ける。視界の隅に、俺の居た空間が裏拳気味に薙ぎ払われるのが見えた。
痺れが残る右腕を軽く振りながら、改めてゴーレムと相対する。
「アレン……」
「止めんなよ。まだ余裕だ」
「――――」
エイミの言葉を途中で遮る。偶然だろうが、同じタイミングでゴーレムのホイールが一際大きな音を上げた。
相手は欠片も弱った様子を見せないが、もうかなりのダメージが蓄積しているはずだ。竜化に伴う行動パターンの変化を考えても、そろそろ自爆してくる可能性だって考えておいた方が良いだろう。
「――――」
「っしゃあ、来やがれ!」
突撃に【竜哮】で応え、最初の交錯を再現するように宙を駆ける。
――此処だ!
激突の瞬間、俺は少し斜めに回転しながら上昇。スキルは使わず尾の先端を相手の後頭部に叩き付け、反撃の衝撃波の間をすり抜けるように体勢を整える。
「――――」
「ッ……!」
目論見は成功。身体を掠めた衝撃波が火花を散らしながら通り過ぎていく。
――だが、ゴーレムの様子がおかしい。
あの不気味な硬直を保ったままの身体が、微かに赤熱しているのが分かる。
これが示すのは何か。
そう、エイミの警告していた自爆に他ならない。
クリスとエイミはもう盾を構えたルッツの背後に逃れている。後は同じように隠れるわけにもいかない俺が対処するだけだ。
そもそもゴーレムを挟んで反対側だ、どうせ間に合わないしな。
身を翻して上空へ駆ける。
「――――」
「【スピリットガード】!」
「【雷衝】!」
詠唱が重なる中、ゴーレムの身体が内側から砕け散った。




