33.マーダーフォートレス
いくらか相談を重ねた結果、まずは噂のマーダーフォートレスに挑むことになった。
挑むとはいっても、今回の目的はあくまで様子見だ。
トップクラスのβプレイヤーでもあるエイミが警戒する相手の動きを少し見ておこうってだけの話。
もうボスに挑んだプレイヤーが作ったマップも公開されてるし、目的地まで簡単に行けるっていうのも大きい。
「――なんか、いよいよダンジョンも本格的になってきたって感じだね」
「そうだね。まあ、なんだかんだでβの知識も最後まで役立ってくれそうで良かったよ」
「迷路としての難易度は少し上がったみたいですけど、最終的にはどうなるんでしょうね?」
「さぁね……あまり面倒なギミックとか無けりゃいいんだけど。これでゲームとしてのレベルまで低かったら、どんなボス用意されるより性質が悪いよ」
「確かにそれは……あ、ルッツさんストップ! 足元に罠があります」
「むっ……済まない」
そんな調子で雑談を交わしながら、時折現れるエネミーを撃破しつつ進んでいく。
ステージボスの特徴を反映しているのか、この岩山に現れる敵は総じて硬めだ。攻撃力の方は全部避けるかルッツが防いでノーダメージに抑えてるから分からないけど、動きも直線的ながら中々素早い。
「――ふッ」
「ギュイッ!?」
そんな事を考えているうちにも、クリスの矢が小型の鳥タイプの敵を射抜いた。
ルッツやエイミが追撃に動くまでもなく、その身は無数のポリゴンに変じて爆散する。
「流石クリス。こういう敵は相性悪いかと思ってたけど」
「確かにやり難い相手ですね。目とか急所を狙わないといけないので」
「……流石クリス」
「な、なんでですか!?」
敵にも色々いるけど、さっきクリスが仕留めた奴なんて大きく見積もっても人の頭サイズ。その急所をピンポイントに狙うとなると、的はどれだけ絞られるか。
しかも三次元的に飛び回る相手を弓矢でって……。
……俊敏を売りにしてるボスの初動を的確に潰し続けるのと、どっちが大変なんだろ?
うん、そういえばクリスの技術が想像の埒外に出てるのは前からだったなと再認識。
むしろ複数の敵が出てきたときにルッツやエイミに出番が回ってくるのを見て、クリスも人間なんだなぁと安心するレベルかもしれない。
やがて無骨な作りのゲートを潜り、ボスマップへ移動。
そこそこ広い円形の広場の奥には石造りのゴーレムが待ち構えていた。
ボスの称号に恥じない巨体……には違いないが、そのサイズはやや控えめ。竜化した僕より微妙に小さいかもしれない。
やがて簡素な作りの顔の中心にある単眼が無機質な赤い光を宿し、全身の各所に備わった車輪が甲高い音を上げて回転する。
「――――」
「ッ、来ます!」
珍しく、クリスの合図より僕らが動く方が早かった。
身体が動くようになってすぐ飛びのいた僕らがそれまで居た空間を殺戮要塞が轢殺していく。
勢いのままに駆け抜けたゴーレムが壁に激突する音を聞きながら、僕らは態勢を整える。
「――――」
「『堅守』――ぐうッ……!」
方向転換したゴーレムは再び突進。
進行方向にいたルッツは吹き飛ばされるかと思ったけど、何メートルも押されながらギリギリで耐えきった。
ゴーレムが連続して機械的に拳を振り下ろしにかかったせいで回復には近づけないけど、盾でちゃんと防げてるみたいだし心配はいらないかな?
「【ダークリーパー】【グラビティスイング】! ――ちッ、ビクともしないのかい!」
「それなら……【百舌狩り】ッ」
ルッツに追撃をかけるボスの背中はガラ空きだ。
漆黒の斬撃がゴーレムを斬り裂き……しかし敵は振り返りもしない。
スキルによって魔法ダメージを付与されたエイミの大鎌は通常攻撃より余程ゴーレムに有効なはずだけど、手応えは今一つらしい。
代わってクリスが放った矢は宙で分裂。
無数の矢の大半は申し訳程度のダメージエフェクトと共に弾かれるも、幾つかはゴーレムを形成する石材の継ぎ目に突き立った。
「エイミさん、打ち込んだ矢に打撃を!」
「わ、分かったっ。【クラッシュコンボ】!」
ゴーレムが攻撃を終えて振り返ろうとするが動きは鈍重。エイミの連撃が突き刺さった矢を打ち込むたびに巨体が揺らぐ。
スキルの終了と、ゴーレムが完全に向き直るのはほとんど同時だった。
「――――――」
「っ、ヤバ――」
「任せてください!」
タイヤが回転する高音が響くと、ほとんどノーモーションで巨体が加速する。
スキル後の硬直時間で動けないエイミを横から掻っ攫っていったのは、回り込んでいたクリスだった。
……ステータスの関係で、僕にはできない芸当だな。
ちなみに、その役割が欲しかったと思われるナイトは猛攻を防ぎ切った代償に煙を上げて片膝をついていた。
「助かったよ」
「どういたしまして」
「――――――」
「来るっ……次の狙いはクリスか!」
ホイールの絶叫が遠く響くと、ゴーレムの巨体は凄まじい速度でクリスに突っ込む。
「――――――」
「【ダッシュガード】――ぐわっ!」
「く……【回し蹴り】ッ」
半ば予想できてた事態だけど、回復もそこそこに割り込んだルッツはあっさり跳ね飛ばされた。
僕にキャッチできるステータスはないし、落ちてきたナイトが地面に叩きつけられてから回復薬を振りかけてやる。
それより問題はクリスの方だ。
ギリギリで回避しようとしたレンジャーに豪腕の薙ぎ払いが追い打ちをかける。
クリスは何をどうやったのか、スキルのエフェクトを纏った蹴りでほぼ完全にダメージを逃がしてのけた。
勢いに任せて駆け抜けたゴーレムは再び方向を転換。次の突撃はクリスも余裕を持って躱すけど、そうすると今度は反撃が間に合わない。
カウンターは困難で、攻撃後の隙は距離の壁が埋める。高い防御力は生半可な遠距離攻撃など物ともせず、魔法職の補正では突進に対応するのも困難。
なるほど……これはソロとの相性最悪だな。
「……今回は、これくらいでいいか」
「そうだね。頃合いだ」
「じゃあ行くか――【起動:竜化】」
スキルを発動すると、クリスを追い回していたゴーレムの単眼がこちらを向いた。
「何ガンくれてんだコラァ!」
「――――――」
突進の勢いも乗せた尾の一撃を顔面に見舞う。そのまま頭突き、切り裂きと繋いだところで俺を掴もうとした腕をすり抜け上昇し、【雷衝】で牽制する。
……よし、全員ゲート抜けたな。後は俺も脱出するだけか。
そういえば射程外の上空にいる俺に、コイツはどう対処するんだ?
ふと気になったとき、ゴーレムは片腕の肘を掴み俺に照準してきた。
「おいまさか……」
「――――――」
「パチモンかよ畜生が!」
掴んだ肘のあたりで爆発が起きる。
爆発点から先の部分がミサイルと化して飛んでくる――ことはなく、それを模したらしい幻影が向かってきただけだった。
弾数の問題とか考えたら妥当か。
まぁ本物でも偽物でも素直に喰らう義理はない。
俺も身を翻して偽ロケットパンチを躱し、ゲートから撤退した。




