32.新緑の町――7
ルッツとクリスに必要最低限の情報だけ添えたショートメッセージを送信し、後は精神の安定に努めることしばらく。時間になったことだし、僕は皆と合流しに部屋を出た。
僕らがよく待ち合わせに使っているのは、広場から少し逸れたところにある寂れた路地。人に聞かれて拙いことを話してるわけでもないけど、仲間内で話すときはこういうところの方が気兼ねせずに済む。
この「アクシズ・オンライン」がデスゲームに変わった日、ルッツに引っ張られてクリスと避難した路地にどこか似ているな。
……あの始まりの町も、今は存在しないのか。そして、この町もいずれ……。
頭を振って嫌な思考を振り払う。
NPCが経営する小さなカフェには、もう皆座っていた。
「ごめん、お待たせ」
「時間ちょうど……遅刻ではないから構わんが」
「……そうだよ、気にすんなって」
皆普通に迎えてくれたけど、エイミには微妙に目を逸らされた。ちょっと辛い……いや、そうじゃなくても僕の方から目を逸らしてたか。
席に着くと、辺りは再び静まり返った。
やがてエイミが静かに頭を下げる。
「まずは、ごめん。約束だったのに、すぐ話せなくて」
「か、構わん。無理なら話さなくても――」
「ルッツ」
珍しく動揺する友人をたしなめる。
気持ちは分からないでもないけど、ここは一度きちんと話しておいたほうが良い場面だ。
エイミが言った内容は今朝と同じ。話が終わると、ルッツとクリスは小さく溜息をついた。
「エイミさん……安心してください。私は、そんな理由で友達を捨てるようなことはしません」
「そうだな。どんな理由があろうと、俺はお前を突き放すことはない」
「二人とも……」
「ですから、エイミさんも。私たちを信じてくれると嬉しいです」
「うん……ごめん」
クリスが隣に座っているエイミを抱き寄せる。
これで一件落着、かな。
エイミの向かいで言いたい事があったのにタイミングを逃したみたいな顔をしている友人に憐憫の視線を送り、僕は場を仕切り直す。
「えーっと。それで、問題は次のボスたちだよね」
「そうなりますね。どれも今までとは一味違う感じですが……」
「掲示板の情報が少し更新されてるのを見るに、ゴーレムには誰かが軽く挑んでるみたいだね。まだ不透明なところも多いけどさ」
「ゴーレムには防御上げていきたいな……防御特化っていうアームイーターから良いのが取れれば少しは安心できそうなんだけど」
「……万全を期するなら、グリードウィングのドロップも確保しておくべきだろう」
「サブダンジョンはもう今のマップが無いから時間取りそうだよね。ひとまず具体的なところは次の町にでも移動しながら話さない?」
「一理あるな」
席を立ち、飲み物の支払いを済ませて町の門を後にする。
ここでやるべき事は全て終えた。もう戻ることはないだろう。
形容しがたい不思議な感覚を胸に町へ背を向けた。
「……【起動:竜化】」
「じゃ、じゃあ乗りますね」
「毎度悪いねー」
「気にすんな、どうせ大した手間でもねぇ」
大人しく地に伏せた俺の背に乗った三人がたてがみを掴んだのを確認して飛び上がる。
最近スキルの成長に伴って小さい翼が生えてきたが……何に使うんだこれ? 少なくとも今、飛行の役に立っている気はしない。
まぁ一応自分の意思で動かすことは可能だし、何かしら意味はあるのだろう。
「エイミ、実際アームイーターからはどのようなドロップが得られる?」
「アタシも一回倒したきりだけど、その時は盾を落としたね。悪いけど性能までは気にしてなかった」
「そうか……」
「けど、一つ気になることを聞いた」
「気になること、ですか?」
「ああ。今はサブのボスを倒すと、そのボスに関連する装備がボーナスで得られるだろう? あれはβの時には確率ドロップだったけど、その内容自体は大差なかった。でもどうやらアームイーターは、その中でも異質だった……気がする」
「なんか妙なもんでも落としたのか?」
「妙というか、種類が多い……そう聞いた覚えがある」
さっきからイマイチ断言しねぇな。
メインボスを倒すのに相当躍起になってたんだろう。ま、情報ゼロよりマシだと思っとくか。
「……慎重策を取るなら、今までより多めに挑むべきということか」
「そうなるね。幸いダンジョンは小さかったから、戦うの自体は難しくないはずだよ」
「うーん……予備装備だとしても、無くなるのは困るんですけどね……」
「お前はどうせ避けられるだろ。ただ、問題は……」
「わわわ、言いたいことは分かりますから前向いてくださいアレンさん!」
振り返ってルッツにジト目を向けると、慌てるクリスに注意された。
空で何かに衝突するような心配もねぇし、案外平気なんだがな……悪ふざけしてみたい衝動に駆られたが、良心がかろうじて抑え込む。
そのまま従順にタクシーに甘んじることしばらく、俺たちは無事に次の町へたどり着いた。




