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30.新緑の町――5

「……え、えっと……」


 突然の幕引きに停止した思考を無理矢理に再開させる。

 目の前ではボスを圧殺した岩塊が、ゆっくりと消えていくところだった。

 モグラの残りHPとかスキル自体の性能とか、分からないデータだらけの中で考えをまとめる。


「今のはクリスの自然魔法?」

「あ、はい。条件が中々厳しかったんですけど、うまくいって良かったです」


 その後に続いたクリスの説明は、粗だらけの推論を吹き飛ばして余りあった。

 今までにもとんでもない所業を為しているうちのレンジャーだけど、今回の曲芸はまた抜きんでていた。

 というのも、【ダウンシーリング】の第一印象は死にスキル……いや、戦況によっては出番もあるんだろうけど、ボス戦で使えるようなものじゃなかった。

 使えるのは今いる地底や屋内みたいな天井のある場所で、チャージに入ってからは他の自然魔法……今回で言えば【アースハンド】なんかが使えなくなる。

 エイミの破壊魔法なんかと違ってチャージ中の縛りがそれだけなのはメリットに数えられるか。

 それで、単独の敵を相手に使うような代物じゃないって理由はここなんだけど……このスキル、発動タイミングが異様に厳しい。

 チャージの開始は無詠唱。そこから五分が過ぎた後の十秒間に詠唱することで効果を発揮し、チャージ開始時に(、、、、、、、、)指定した範囲を攻撃する。


 集団戦のときに使えば敵のどれかに当たるかもしれない。地面に根を張ってるとか、移動しないタイプの相手にとっては天敵になり得る可能性もある。

 でも……発達したAIの判断に基づいて実際の生き物のように自在に動き回る敵の五分後をほぼ完全に先読みするとか、人間業じゃないと言っても過言じゃない。

 おまけに僕らと連携して追い込むとかいう形でもない。

 まあ並の敵ならいざ知らず、ボス相手に誘導とか出来るPT構成してないからそこはある意味当たり前だけど。


「戦場はクリスの掌の上ってかー」

「そ、そんな大層なものじゃありませんよ! 外す可能性だって十分ありましたし!」

「でもさ、クリスは分の悪い賭けでSP無駄にするような事しないじゃん?」

「それでも、今回は相手の動きが読みやすかったからですよ!」


 えー……確かに岩槍の攻撃の時は動き止まってたけど。攻撃の合間とか結構動き回ってたよね? 読みやすかった?

 言いたいことは多々あるけど、これ以上やるのもしつこいし自重するとして……。


 これで条件は満たした。

 エイミが考え込んでた深刻っぽい事についてだけど……どうしようか。

 今のやり取りで微妙にタイミング逃した感じがある。いや、仮にそうでなくてもこの逡巡が前倒しになっただけだろう。

 地底と霧の森、二体のボスを倒したら話すってことだったけど、撃破直後の今それを聞くのは逸り過ぎだろうか。

 なんとなくルッツの方を窺う。こちらの視線に気づかなかったはずはないが、騎士は自然に目を逸らした。


「――よし、一度戻るぞ」


 沈黙の長さが不自然にならないギリギリのタイミングで声を上げる。

 そうして少なくとも表面上はいつも通り、僕たちはダンジョンから引き上げた。


 その日の晩。

 結局エイミの話はうやむやになるのかと思いかけた頃、フレンドコールが掛かってきた。


『――もしもし』

『もしもし、アレンさんですか?』

『あれ、クリス?』


 意外な相手に思わず目を丸くする。

 改めて確認すると、いつもの複数人会話ではなくて個人通信(ただの電話)だった。


『その……今回の戦いで、地底と霧の森のボスを両方倒したじゃないですか』

『エイミの話?』

『はい。あれ以来表には出さないよう気を付けていたみたいですが、それでも悩んでいるらしく心配で……』

『さすが、そんなところまで見抜いてたんだ』

『友達ですから。それくらいは分かります』


 いつもの調子で茶化すように言うと、予想外にはっきりとした答えが返ってきた。

 なるほど、友達だって言うならそれも道理か。

 普段は気弱なところが目立つけれど、今迷いなく言い切ったクリスは戦っているときのように凛々しく感じた。


『それで、向こうから切り出せないようならこちらから言うのも手だとは思ったんですけど。話の内容が分からない以上、迂闊に動くには勇気が出なくて……』

『うーん……』


 クリスが続けた言葉は自信無さげに揺れていた。

 その逡巡は僕も感じていたものだ。今までそれなりに良い関係でいられた以上、それを大事にしたいと思うのは当然のことだろう。

 ……でも。

 仲間(、、)の為だと思えば、それくらいのリスクを負ってみるのも悪くないかな、なんて。


『分かった。僕が訊いてみるよ』

『え? でも……』


 そう口を動かすのに、そこまでの苦労は無かった。

 僕が言ったのは単純にクリスの懸念したリスクを肩代わりして取りに行くだけの案。我ながら稚拙もいいところだ。

 そして、クリスがそれに素直に頷けないのもわかっていた。

 だから……理屈の上ではさ、と軽く言ってみせる。


『もちろん僕に悪気なんか無いし、それはエイミにも伝わると思う。万が一それで関係が多少ギクシャクしても致命的なところまではいかないんじゃないかな』

『それは……そうですけど……』

『仮にそうなったとして、一番ダメージが小さく済むのが僕だ。二人に比べればエイミと過ごしてる時間も少ないし、最後に仲直りできるならそれくらいなんともないよ』


 クリスの曖昧な反論を受け流し、やや強引に会話を打ち切る。

 この時間になっても動きが無いってことは、あの騎士も同じようなことを考えてるんだろう。少し暴走するくらいの可能性もあったけど、やっぱりバカにはなりきれなかったかな?

 ……さて。エイミは親であるセナさんとプレイヤーホームを共有している。生活習慣なんかも厳しくてダラけられない、みたいな愚痴も聞いたことがある。


 今の時間も考えると、仕掛けるなら明日の朝かな?

 僕の方こそうっかり寝過ごさないようにしないと。


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