21.ヴラディ・スローター――3
敗走の翌日、僕らは再び霧に満ちた森の深部へ潜っていた。
ある程度定まったルートを移動最優先で進んでいるとはいえ、容易い道のりとは言えない。
だが、今回もどうにかゲートまで辿り着くことには成功した。
「……あの罠は一回きりのものだったようですね」
「レンジャー様のお墨付きか、頼もしいね」
「ちゃ、茶化さないでくださいよエイミさん」
何気ない足取りでルッツを追い抜いたクリスが門の前を確認する。
うん、エイミの発言じゃないけど確かに頼もしいな。
「それより、本番はこれからだ。準備は良いな?」
「もちろん」
「当然さ、任せといて」
「はい、大丈夫です」
全員を一度見回して頷き、ルッツが門に足を踏み入れる。
僕らもその後に続いた。
「ククク……」
「出たな」
ボス戦で二回目以降の演出はスキップされる。
前回のようなティグリスの骸は最初から存在せず、吸血鬼は一瞬だけ現れてから霧に紛れた。
ヴラディの姿が消えた後、周囲からは神経を逆撫でるような嘲笑が響く。
ここまでの流れは前回と変わらない。
「――来ます!」
「「「ッ!」」」
クリスの合図と同時、僕らは咄嗟に飛び退ってその場を離れる。
霧が薄れるのは、ほぼ同時だった。
そこから僅かに遅れる形でボスが現れる。
この形、次の攻撃も前と同じか。
人形のように整った顔の中で、魂など持たないNPCとは思えないほど異様な光を宿した双眸が見据えるのは――僕だ!
それを認識した瞬間ルッツの方へ走り出す。
「ククク――」
「ちょ、待っ……!」
「――シネェ!!」
今までの敵と比べて鈍重なはずの攻撃が、いざ狙われる身となると嫌になるほど速い。
割となりふり構わず逃げてるから、背後から迫る吸血鬼の姿を見ることはできない。
その事がまた焦燥を煽る。
僕は必死にナイトの傍を駆け抜け――。
「【堅守】!」
背後で砦に大槌を叩きつけたような音が響き、衝撃のエフェクトが走った。
この一撃でルッツのHPも若干削られている。
どこまでも逃げたいと一欠片くらい本気で思った怯懦を投げ捨て反転。
アイテムメニューを開き、騎士の背中に回復薬を振りかける。
「喰らいなっ」
「せやぁ!!」
そうして見えたのは、左右から挟みこむように吸血鬼を攻撃するエイミとクリスの姿。
序盤はSPを温存するため、スキルは使わない通常攻撃だ。
……初手から躊躇いなく急所狙いにいってるクリス、やっぱり半端ないな。
軽いパニックに陥っていたはずの頭がその事実を認識し、何故か落ち着くのを感じる。
叩き込まれた刃は軽いダメージエフェクトを表す火花を散らして弾かれた。
ルッツも攻撃に加わり、更にダメージを与えること数回。
まだ余裕と言わんばかりの嘲笑を口許に刻んだまま、ヴラディは姿を消した。
再び濃くなった霧が視界を覆い尽くしていく。
ここまでの行動パターンは前回と同じ。
だとすると、次が最初の関門だ。
いつでも動き出せるように足を軽く曲げ、その時を待つ。
そして――。
「来ますっ」
「「「!!」」」
クリスの声に一瞬遅れ、限界まで研ぎ澄ました感覚が霧の変化を感じ取った。
……普通は順番逆じゃない?
そんな感想を抱くくらいはできる余裕を持ってその場を飛び退く。
目の前で収束した霧の刃が、獲物を逃して悔しがるように消えていった。




