20.新緑の町――2
ゲートに頭から突っ込み尻尾から抜けるまでの間、俺はまるで自分の身体が何処でもない場所に吸い込まれるような頼り無さを感じていた。
確かにこの図体じゃ、身体の前半分と後ろ半分が別々のエリアに跨って存在するようなことは普通に起こり得る。
それは当然システム的にもゲーム的にも不都合なわけで、処理としては妥当なものだったのだろう。
全身がゲートを潜り切った時、俺の身体はダンジョンエリア……ボスマップの外側にあった。
【竜化】によって強化された【竜頭】の感覚をフル活用して索敵、安全を確認。
【ヒーリングブレス】を発動し、全員のHPを回復する。
「アレン、助かった。皆も大丈夫か?」
「まあ……なんとか、ね」
「はい、平気です」
「制限時間が残り八分ちょいだ、離脱するなら早くしろ」
「分かった。頼む」
む……三人を乗せるのは初めてだが、意外にと言うべきかやはりと言うべきか、重い。
普通に飛ぶ分には問題ないが、戦闘時の瞬間的な加速なんかはこの状態だと再現できない感じだ。
皆を乗せたまま戦うならともかく、こういう移動するだけの場合は特に問題ないか。
「……この霧も、探知系のスキルがある程度成長してれば見通せるみてぇだな。割とはっきり道が見える」
「今のステータスでも探知特化のプレイヤーが居れば安定して進める感じか」
「そう考えると、βの時よりダンジョン自体の難易度も上がってると見て良いね。ところでクリス、よく見たら道が分かるとかないかい?」
「無茶言わないでくださいよ。人を何だと思ってるんですか、もう」
「はは、ゴメンゴメン」
ミストレックスにだけ気を付け、それ以外の雑魚は一蹴して出口へ最短距離を進む。
途中で時間が来て竜化が解けたが、特にアクシデントもなく脱出に成功した。
一度拠点に戻り、各々の部屋に戻って休憩。
改めてフレンドコールで連絡を取る。
まずはルッツが口火を切った。
『――エイミには悪いが、ヴラディの情報は掲示板に上げさせてもらった。それが目先のものに過ぎなくとも、安全を優先するべきだと判断した』
『もちろん構わないよ。正直アタシとしては判断つかなかったから、ルッツたちがどんな選択をしても文句は言わない』
『僕はルッツに賛成。今情報を伏せてても、次の犠牲者が出るような事になったら士気はもっと落ちるだろうから』
『そうですね。私も同じ考えです』
『そう言ってもらえると助かる。それで、今その掲示板を確認したのだが――』
ルッツによると、もう幾つかの反応があったらしい。
その中には他のプレイヤーが町のNPCから得た情報もあった。
それによると、ここまでのダンジョンは最近になって狂暴な魔物……ボスモンスターが住み着いたから危険だという設定。
それに対し霧の森は、行って生還した者がいないという設定。
ありがちながらもこれまでとは違う雰囲気の内容で、これまでと同一視はできない難易度なのは推測できたらしい。
思えばこれまで、その辺りの情報はβテストのプレイヤーであるエイミに頼り切りだった。
βとの差が生じてきた今、NPCから得られる情報の重要性も増してきたのかもしれない。
他にもヴラディに関するものだと思われる情報が複数あった。
『奴の攻撃は水属性か……物理防御は多少劣るが、ケルピー装備を使うべきだな』
『「無形の刃は砦をも貫く」……これは防御貫通って事なのか、それともアレが非物理属性って事なのか……ルッツ、その辺なにか分かるかい?』
『奴の物理攻撃と例の特殊攻撃のダメージを比較した感じだと、おそらく後者だろう』
『メタ的に考えて、防御貫通が今出るには早すぎるって考えもあるね』
『「窮地には獣の本性が剥き出しになる」って、どういう事でしょう?』
『すぐ連想できるのは暴走状態かな。攻撃の威力とかペースのアップって事かな』
『あー、その情報は前のボスの時にもあったね』
得られた情報はかなり有益そうだった。
β時代と共通の情報も割と混ざっていたのは元βテスターへの配慮の類だろうか?
掲示板の最初の方の情報にはソースが無いから、念の為確認しといた方が良さそうだ。
新規のデータについてある程度まとめた上で、話は実戦で得た情報の分析に移る。
話題になったのは、撤退の決め手にもなったあの攻撃。
空間に突然現れる霧の刃だった。
『――アレに対応できた奴はいるか?』
『竜化したらなんとか反応できて、【雷衝】で打ち消せたね。竜化ナシだったら無理。クリス、次喰らったら反応できそう?』
『なんで私に振るんですか! ……えっと、自分が斬られてるなって認識した瞬間に全力で後ろに跳んだらダメージは無くせました』
『初見で対処してた!?』
『わ、私だって無我夢中だったんですよ!』
『アタシは思いっきり喰らったよ。次反応できるかは微妙。ルッツなんか回避は難しいと思うんだけど、防御はできそうかい?』
『俺はナイトだからな。皆よりダメージが少なくて済んだのは確認している。事前に盾を構えておけば防御も可能だろう』
『頼もしいね』
それからも話し合いを進め、ボスへの対策が纏まった。
……不思議だ。
痛打にあれだけ竦み上がり、絶望していたはずの僕まで次は勝てるんじゃないかって思ってる。
竜化している時に似ているようで異なる高揚感に、思わず口許が綻んだ。




