18.ヴラディ・スローター
「よし、行――」
「っ、ルッツ!?」
「アレンさんストップ!」
いつも通り先頭に立ってゲートを潜ろうとしたルッツの姿が消えた。
慌てて駆け寄ろうとした僕をクリスが引き止める。
すると、何処からか降ってきた金ダライが目の前を通過していき……ルッツの落ちた落とし穴へ消える。
金属同士が衝突する音が響いたのは、その直後だった。
「う、重っ……」
「アタシらが引っ張るよ。クリス、もう片方よろしく」
「分かりました」
幸いルッツが落ちた穴はそこまで深くなかった。
竹槍が仕込まれてるとかの追加罠も無い。
引き上げようとしたけど力が足りず、僕は大人しく引っ込むことに。
いや、ステータスとかパラメータ的に仕方ないのは分かるんだけどさ……なんか、こう……情けない。
ルッツが引っ張り出される様を膝を抱えて見ている僕の元に、空から黒い羽が舞い降りた。
羽には……「いつまでこの程度で済むかな?」という赤い文字。
最初のメッセージにあった、死に直結する罠も初見殺しの類も無いって記述の裏返しか。
ホント、趣味の悪い話だ。
少し休んで疲労を癒した後、改めてゲートを潜る。
落とし穴の罠は一回限りの作動らしく、今度は普通にエリアが切り替わった。
「……ッ!?」
「どうした、エイミ?」
「気を付けて! 霧が、βの時よりずっと濃い!」
エイミの警告。
確かに、一帯を覆う霧はこれまでに比べても格段に濃い。
今はパーティで固まってるから良いけど、あと数メートルも離れたら完全に互いが見えなくなるんじゃないか?
そう思ったところで、不意に霧が薄ま――ッ!
「クククッ……」
「「「!?」」」
格段に見通しが良くなった視界。
僕らの真正面でソイツは嗤っていた。
黒と白が混ざりあうような意匠の装束に身を包んだ吸血鬼のような外見。
華奢な体躯に見合わない肥大化した巨大な両腕。
表示された名前は「虐殺者ヴラディ」。
その足元には……βテストの時に此処を治めていたというボス。「霧王ティグリス」の骸が、転がっていた。
「このっ……!」
吸血鬼が現れたのは、パーティの先頭に立っていたルッツの目と鼻の先。
硬直から立ち直ったルッツが盾で打撃を放つも、ボスは一足早くその身を霧に変えて姿を晦ます。
それと同期するように、再び霧が深くなった。
『ヒヒッ……』
『ケケケ……』
『クククッ……』
「せいッ! ――この方法では、駄目みたいですね」
限られた視界。
全方位から責め立てるような嘲笑が神経を削っていく。
……って、クリスは何してるの?
「最初に現れた敵と同じ笑い声の方向を攻撃してみたんですが、手応えナシです」
「そ、そう」
聞き分けてたのか……。
ステータスを確認しても、この嘲笑自体に状態異常とかの効果は無いみたいだ。
単純にプレイヤーのメンタルを摩耗させるための演出だろう。
……この状況じゃ、シャレになってないんだよ。
「エイミ、何か今のボスの手がかりになるような情報は無いか?」
「残念だけど、何の心当たりも無いね。前のボスのデータならそれなりに持ってたんだけど」
「そうか……アレン。今回ばかりはお前に頼ることになるかもしれん」
「分かってる」
いつでも退却できるように全員の位置関係とゲートの位置を確かめていると、また霧が薄くなった。
エイミの前に吸血鬼が姿を現す。
「ッ!」
「クク……シネェ!!」
「【堅守】!」
出現した直後の吸血鬼は普通の人間のような腕をしていた。
それを振り被った瞬間、集まった霧が先程と同じ熊のような巨腕を形作る。
大きな溜めの内に距離を取ったエイミを追うようにヴラディは突進し、ルッツが割り込んで一撃を受け止めた。
その威力を示すような衝撃波が走り、ルッツのHPが防御の上から削られる。
「ッ……!」
「ククク……」
両者は僅かに硬直。
次いでボスの巨腕が解けるように元に戻り、遅れてボス自身もその身を霧に溶かした。




