17.霧の森
「――ハッ!」
「ギキィ!?」
「っ……、喰らえ!」
「セァッ!」
ダンジョンの探索中、いきなりクリスが霧の中へ短剣を投げた。
悲鳴と共に白い蝙蝠が姿を現す。
突然のことに反応が遅れたのは一瞬。
エイミとルッツがそれぞれ得物を振るい、速やかにトドメを刺す。
この敵の名前はミスティバット。
霧の中に白い身体で見えにくいってだけじゃない。
こいつは能力として、その姿を霧に紛らわせて隠すことが出来る。
……案の定、ウチの鷹の目は誤魔化されなかったみたいだけど。
蝙蝠自体は今あっさり倒せたように手強い敵じゃない。
ただ、その隠密性による先制攻撃と他の敵を呼び寄せる行動から厄介な相手だ。
「……クリス、念の為に訊くけど。どうやって気付いたの?」
「えっと、何か肌に振動が伝わってきたというか……あの蝙蝠、目がないじゃないですか。たぶん超音波か何かだと思います」
「…………」
「あっ、ち、違いますよ!? 何度も言ってますが、きっとゲームとしてのシステム的にその辺オーバーになってるから気付けてるだけですって!」
「何にせよ、頼りにしているぞ」
「だね。クリスの仲間の特権みたいなもんだし」
いや……掲示板見てたらクリスと同じレンジャーはそれなりに見るけど。
ドレッドヴァイパーの隠密を見切ったとか超音波感知したなんて話はもちろん皆無だ。
マジメに考えるなら、本当にハードかプログラムとの相性の関係で情報を多めに受け取ってるってことになる……のかな?
稀に適性がなくてアバターが上手く動かせなかったりゲーム内で目が見えなかったりする人もいるらしいし、その逆パターンって考えることも出来るだろう。
……それだけじゃ説明つかないことも残るけど。
【狩猟】【総合体術】二つのスキルを複合させたオリジナルのコンボとか。
もし情報の受容量が増幅されてるって仮説が正しければ、それってメリットだけじゃないのも気を付けるべきか。
中盤以降のボスには定番の太陽拳とか僕の【竜哮】とかで、製作者側の想定以上のダメージを受けたらと思うと心配だ。
――――ズゥ……ゥウン。
尚もダンジョンを進んでいると、遠方から重い振動が伝わってきた。
はっ、これがクリスの言ってた超音波!?
……そんなわけない。
これは掲示板で霧の森最強と呼ばれていた敵、ミストレックスのものだ。
そう、最強。小ボスはもちろん、ダンジョンの主たるボスさえ差し置いてそう呼ばれている。
「引き返すぞ」
「「「了解(です)」」」
ルッツの言葉に揃って頷く。
さっきのクリスじゃないけど、システムとして感覚に補助が掛かっているのも事実らしい。
現実じゃ音だけ聞こえてきてもその方向を正しく察知できないものだが、今ははっきりと認識できた。
もしアシストが無くて、遠ざかるつもりでミストレックスに突っ込んで行ってたらと思うとゾッとする。
……β時代の情報によれば、ミストレックスは漆黒の鱗を持つ恐竜の怪物らしい。
ベースはティラノサウルスだけどその腕は自分の足元も薙ぎ払えるほど長大で、背中には不意打ちを迎え撃つ棘が並び、頭部には冠のような無数の角。
下手すればボスにも並ぶ耐久と、遭遇すれば他の敵でさえ捕食する凶悪さ。
何より、高頻度で繰り出してくる割合ダメージの攻撃のせいでどれだけレベルを上げてもやられかねない危険性を秘めている。
幸いその動きは鈍重で、今回のように接近も察知しやすいおかげで戦いを避けるのは難しくない。
ただ……このミストレックス、地形を破壊しながら移動する。
そのため安全地帯など存在せず、接近されると安全な距離まで離れる間、かなりのプレッシャーを受けることになる。
下手したらボス戦でもないところで初【竜化】エスケープをする羽目になるくらいに。
これは余談だけど、この敵は最大二体で共に行動する事があり、また自分と同じミストレックスと遭遇しても戦う場合がある。
かつて撮影された四体のミストレックスの死闘は、今なおβテスターの間で語り草になっているとか。
「――ウゴォオアア!!」
「ふッ……【ディヴァインスマッシュ】!」
「【竜閃】!」
「【グラビティスイング】!」
吠える大猿、ミストコングの一撃を受け流したルッツが反撃を叩き込む。
畳みかけるように僕とエイミの攻撃が続き、碌な反撃も許さず敵を葬った。
小ボスとしては初めて、取り巻きであるミストエイプを連れての集団戦となったが、なんとかなったな。
それにしても小ボス部屋まで霧が立ち込めてるとか、ホント徹底してる。
何時間も視界の閉ざされた霧の中を彷徨うのは精神的にも来るものがある。
「……それで、どうする? 一度引き返すか、このまま進むか」
今のところダンジョンの大まかな形、特にボス部屋のような重要なものはβ時代と変わっていない。
四人で相談した結果、何度もここに来るのは気が滅入るとの理由が強くそのままボスに挑むことになった。
これまで比較的安定して進んで来れたのは、その時で最先端の素材を使って装備を固めていたところが大きい。
それは皆自覚している。
けれど、今は既にここのものと同等以上の湖畔の素材を使った装備をしていることが後押しとなった。
途中で一度ミストレックスの足音に遠回りすることになったが、僕らはほぼ万全の状態で情報通りの位置にあるゲートの元に辿り着いた。




