16.新緑の町
「ヒヒ――」
「ガァァアアアアアアアッッ!!」
泡嵐を発生させようとしたケルピーに、【竜哮】を乗せた【サンダーブレス】を発動。
【竜化】で強化されたブレスは水辺の補正を受けて増幅され、魚馬の動きを完全に封じた。
効率良くコイツを狩るために取った技だが……麻痺効果もあるし、他の場面でも役立つだろう。
ちなみに以前【ファイアブレス】で泡を蒸発させてやろうとした事もあったが、相性か威力不足か失敗してルッツの世話になった。
今試しても、恐らく【サンダーブレス】ほど一方的な結果にはならないだろう。
「トドメだ! 【竜爪・紫電】【竜閃】……墜ちろォッ!」
「――……!」
【竜閃】は【竜腕】だけの起動時にも十分な火力を得るために取った技だ。
ダンジョン探索の時は一つ一つスキルを発動していくスタイルだからな。
変身無しのボス戦と比べれば、まだ貢献の余地がある。
アッパー気味に打ち上げた魚馬を、宙返りして勢いを乗せた尾で叩き落とす。
湖に大きな水柱が上がると同時、表示されたドロップアイテムが戦闘の終わりを告げた。
「…………」
「どうした、エイミ?」
「……いや、なんでもない」
そろそろ新しい技が取れるかな、なんて思いながらドロップを確認していると、ルッツの方からそんな声がした。
目を向けると、エイミは途中からの俺でも分かるほど浮かない表情をしている。
案の定ルッツが食い下がった。
「何でもないようには見えないぞ。何か気になることでもあるのか?」
「…………実はさ。今プレイヤーが……βテスターが二の足を踏んでるのは……」
「……?」
「……悪いね。今はちょっと、話せそうにないや。直接的な危険とか、そういう話じゃないのは約束する」
「そうか……いつか、話せる当てはあるのか?」
「うん。あと二体……地底と、霧の森。そこのボスを倒したら、その時は話すよ」
「……分かった」
いつものエイミらしくない、何かに怯えるような歯切れの悪い話し方。
そう急を要する話じゃないのは本当だと思うけど、やっぱり気にかかる。
でも、この様子だと今すぐ話す気はなさそうで……。
それ以上は話さず、僕らは町へ引き返した。
「――おや、『水馬の雫』を使うと水耐性を付与する薬が出来るみたいだね」
「いや……それは必要ない。他のものに使えないか?」
「うーん、残念だけどコレは用途特化型みたいだ。今の所は無理そうだ」
「分かった。では他の適当なプレイヤーにでも譲ってやってほしい」
「はは、流石【ボスキラーズ】だ。頼もしいことだね」
「誰が実際にそんな呼び方をすると思ったが、ニコルさんだったか」
「言いだしっぺまでわたしだと思われたら、それは濡れ衣だけどね。――ところで」
苦笑いを浮かべていたニコルさんは、不意に声を潜めた。
あからさまに表情が変わったわけじゃない。
けれど少しだけ低くなった声音に、あまり良くない話題だと直感する。
片手で調合を続けながら、ニコルさんはあるアイテムを取り出した。
これは……新聞記事?
「『「ボスキラーズ」の増長…』……?」
「なんだこの記事?」
目を通した皆が渋い表情になる。
たぶん僕も同じような表情をしているんだろう。
そこに書かれていたのは、よくこれだけ思いつくなって程の誹謗中傷。
俗にいうネガティブキャンペーンって奴だった。
「誤解しないでほしいのは、コレを真に受けてる人は多くないってこと。少なくともわたしの知り合いの中にはいないよ」
「そうですか……少し安心しました」
「ま、当然だと思うけどね」
ニコルさんのフォローに胸を撫で下ろすクリス。
エイミもホッとしているのが分かる。
元から厳めしい表情を更に険しくしたルッツが口を開いた。
「この記事を書いた『解放戦線』ってのは、誰だ?」
「残念ながら分かってないんだ。わたしが入手したのも、町にバラまかれていたのを拾っただけさ」
「ま、必要以上に気にすることもないと思うけどね」
「アレンさん?」
「こんな世界だ、僕らが気に入らないならこの『解放戦線』は直接仕掛けてくるでしょ。それが無いってことは実力もお察しってことじゃない?」
「それに、他のプレイヤーも乗ってこないなら、俺たちが気にするほどの影響もないだろうしな」
「人の台詞取らないでくれるかな、ルッツ……とにかく、そういう事」
そう、大したことない問題だ。
わざわざ相手にする必要もない。
……でも、言いようのない嫌な感じは消えなかった。




