13.バブル・エリミネータ
ゲートをくぐると、左手に大きな湖が見えた。
足元の草原は雨上がりのように軽く濡れて木漏れ日を反射している。
広さはこれまでのボス部屋より大きいけれど、湖がある分僕らの行動範囲はむしろ狭まっていると言える。
飛行なり水泳なり出来れば話は違うけど、それにしたって相手のホームグラウンドに乗り込めるだけの練度が要求される。
今の段階じゃ実質無理と言っても良い。
――――ィィイイン!
辺りを見回して状況を確認すると、エリア全体に甲高い嘶きが響いた。
鏡のように凪いでいた湖面に波紋が広がる。
僕らが位置取りに動くのと、波紋の中心から激しい水柱が上がるのはほとんど同時だった。
魚の下半身に馬の上半身、そしてその額からは一本の真っ直ぐな角。
目の覚めるような蒼を纏い、湖畔ダンジョンボス――泡沫の排斥者が姿を現した。
「ブルルル……」
「ルッツ、そんな装備で大丈夫かい?」
「大丈夫だ、問題ない」
「二人とも……この状況でそのやり取りはシャレになってないから」
「? ――ッ、来ます!」
先に話を振ったエイミもだけど、なんで強敵を目前にフラグ立てにいくの?
こういう話題に疎いクリスには伝わらなかったみたいだけど。
なんて事を考えていると、そのクリスから警告。
僕も注意を逸らしてたわけじゃないけど、どこに予兆があったのさ!?
一瞬遅れて魚馬が咆哮。
尾で一気に加速し、真っ直ぐに突っ込んでくる。
「【堅守】――ぐッ!」
「ルッツ!」
「僕が回復に行く、二人は作戦通りに!」
最初の一撃はこのボスが必ず仕掛けてくるもの。
威力の問題か特殊効果によるものか、防御力を上昇させたルッツさえ難なく吹き飛ばした。
この事態も想定していなかったわけじゃない。
突進を止めたケルピーにエイミが対峙し、クリスは弓を構えて後退。
僕は片膝をついて着地したルッツの元へ先回りし、回復薬を振りかける。
「ブル――」
「【クイックシュート】」
「――ッ!?」
「【ダークリーパー】【クラッシュコンボ】!」
攻撃に移ろうとした魚馬の鼻面に矢が突き立つ。
怯んだ隙を逃さず闇を纏ったエイミの鎌がボスを斬り裂き、流れるように連続攻撃へ繋ぐ。
「――はぁあああッ!」
「――――!」
魚馬もボスだけあって、エイミの連撃を浴びながらも強引に反撃しようとしていた。
それを悉く封殺したのがクリスの援護射撃。
ケルピーの防御力が低めに設定されている事も関連しているんだろうけど、結果としてエイミの連撃は最後まで綺麗に決まり、魚馬を大きく吹き飛ばした。
「ブルル……ガァッ!」
「【堅守】――そう何度も抜かせない」
即座に体勢を立て直したボスは反撃とばかりにエイミに突進。
地面に深く痕跡を刻む前足による蹴りを、割り込んだルッツが受け止めた。
僅かな硬直の間に魚馬の側面へ回り込んだエイミが再び連撃を放ち、クリスとの連携でダメージを蓄積させていく。
――同様の流れが、数度繰り返された。
一度でもケルピーの反撃が成功すれば、ルッツの【ダッシュガード】でも上手く防げる保証はない。
ボスの攻撃力を正面から喰らえばいつでもひっくり返される危うい戦況。
見事なタイミングで確実に反撃を潰すクリスの腕前はマトモじゃないと思う。
またエイミの斬撃が決まり、黒い追加ダメージのエフェクトと共に魚馬を吹き飛ばした。
「ヒヒィイイン!」
「く――」
「チィッ……!」
素早く起き上がったケルピーは雄叫びを上げ駆けだした。
今までと違う行動パターンが示すのは戦況の変化。
クリスの矢を受けながらもエイミやルッツの横をすり抜けて水辺へ戻る。
揺れる水面から無数の泡が浮かび上がった。




