最低男が綴った手紙
かなり勢いで書いてしまったため文章に粗いところが見受けられると思いますが、最後まで読んで下さると嬉しいです。
Dear:今、何処かで頑張っている貴方へ
お久しぶりです。
元気にしてますか?
私は受験勉強に苛まれていますが、元気です。
今から私が言うことを貴方が聞いたら、直接会って話すべきことだよね、どうして今までそれに気付かなかったの、となると思います。
ですが、言わせていただきます。
ごめんなさい。
他に言わなければいけないことは沢山ありますが、一言に纏めるとこれしか出てきませんでした。
貴方の私に対する愛に真摯に向き合わなかったこと。
貴方を支えてあげられなかったこと……等。
言い尽くせないくらい貴方に謝るべきことはあります。
話は変わりますが、過ぎゆく月日の中で貴方のことを思い出すといったのが度々ありました。非常に未練がましいです。でもやっぱり嬉しかったのです。……貴方が私にあんなにも尽くしてくれてたことが。
私の胸を、温めると金色の光を放ち、蒸気を生み出すサツマイモのように満たしてくれました。
何ともそれが意地らしくて忘れ去りたいと何度思ったことか。
俺はそこで手紙を書く手を止めた。書きたいという気持ちはあったのだ。しかし、ぴったりハマる言葉がまるで浮かんでこない。
俺に語彙力がないせいもあるだろう。気持ちはあるのにそれを表せない自分を呪ってやりたい。
ふと自分が書いた手紙を読み返してみる。
私の胸を、温めると金色の光を放ち、蒸気を生み出すサツマイモのように満たしました。
何ともそれが意地らしくて忘れ去りたいと何度思ったことか。
何故比喩を使ったんだ、と自分で自分を突っ込んでみる。
「…………サツマイモ……ね」
もう一度手紙を読み返し、複雑な心境に駆られて呟いた。
自分の中では、温めたサツマイモがほんわかとしていているのと、自分に尽くして嬉しかった気持ちとが繋がっているが、果たしてこれは相手に伝わるのだろうか。
そもそも手紙に比喩ってどうなのだろうか。
ましてや差出人は俺だ。送る相手の元カレ。
そんな奴が比喩を交えた手紙を送ろうとしているのだ。
自分ならこう思う。
『中二病引くわー』
思っといてなんだが、悲しくなってきた。涙出そう。
だが、彼女ならきっとそう言うだろう。物事をハッキリ言う性格だったから。
付き合っていた頃はそれが羨ましく、嫌でもあった。
彼女との関係に倦怠期がやってきた一つの要因だと今更ながら思う。
決して彼女が悪いというわけではない。全て俺が悪いのだ。
彼女は何も悪くない、悪いのは俺なんだ……。
罪の意識しか感じない。彼女という十字架が俺を捕え、縛り付けて何時までも立っている。
未来永劫消えることのない罪。
俺が免罪されるというのは無理な話だ。
◇◇◇
つい一年前。
俺には柊綾乃という彼女がいた。
高校生という身の内であった私達にとって、付き合ったきっかけというものは異質のものであったかもしれない。
彼女とは仲が良かった。
しかしそれは友達という枠に入れた話であって、それ以上のものは俺にはないと言えるだろう。
今まで接してきた女性の中でもスキンシップが取りやすく、俺は彼女をちょいちょい自分の家に呼んだりしていた。
ただ、たわいない話題に花を咲かしたり、共に勉強したり……と。
しかし、それがいけなかったのかもしれないと思っている。
俺にとっての彼女は友達という枠から上がらない存在であったとしても、彼女にとっての私はそう写っていないかもしれない。
よく他人から相手の考えていることを読み取る感覚が鈍っている──つまり鈍感と言われる俺であったが、薄々彼女の俺に対する感情が友達という枠を超えたものであったというのは感づいていた。
だが、俺は気のせいだと目を背けるということだけをして彼女を真剣に見ようとはしなかったのだ。彼女を友達以上に見れないというのがあったように思われる。
現に付き合っていた当時もそのように思う機会が度々あった。彼女が悪いというわけではない理由がそこにはある。
彼女と同じ気持ちで友達以上の関係というのを歩めなかった俺が悪いのだ。罪の重さは俺の方が遥かに重いだろう。
そんな関係が一月かそこらか続いた。
しかし、一月もそんな関係が続いていればいつかは崩壊することも予測し得たことであったであろう。
崩壊の始まりは、携帯で言った私の一言。
『今ウギ薬局にいるんだけど、近藤さんのコーナーナウwww』
すると、彼女から直ぐに返信が着たようで携帯が振動した。
『買ってきて』
彼女もたった一言であった。
『分かった』
俺はそれだけを返信しかえして携帯をポケットへとしまい込んだ。
どうしてここで自分を抑止できなかっただろうと、自分自身に軽蔑の眼を向けてやりたい。しかしやったところで拭いきれるものではないので、私は一つ溜め息をついた。
男性である自分をこれほどまでに厭悪したことがかつてあったであろうか。湧き上がる感情に歓喜したことがかつてあったであろうか。
未知を既知へとしたい好奇心。子孫を残したいという原始的な欲求。
それが俺に『近藤さん』を買わせた。
買った時の俺の心は甘い蜜のようで、一度口にすれば全身を弄ばれ、あっという間に洗脳してしまう。
一種の麻薬みたいなもので、異質であるその行動もごく自然のもののように思われた。
さぞかし店員には白い眼を向けられたであろう。
(こんなガキがあれをするのかよ、生意気な)
しかし、周りがどう思おうと俺の頭を満たしていたのは性への渇望であった。
何と自分という存在は浅ましい生き物なんだろう。最低男というレッテルが貼られてもいいくらいだ。
夜、俺こと最低男は眠れなかった。
ヤレる──つまり大人の階段を一歩登るという興奮で眠れなかったのだ。
何度も何度も棚に置いてある男性もののファッション雑誌を手にとり、ページを捲っては明日のシミュレーションを何度も考えていた。柊綾乃のことも考えずに。
いつの間にか日付は変わっていた。
朝から隈無く、丁寧に部屋を綺麗にしようと雑巾や掃除機を取り出し、らしくもなく掃除をした。
掃除をする手は震えている。震えの原因は分かっていた。ここまでしといて最早後には退けないのだが、恐れおののいていたのだ。
本当にそのような行為を彼女にしていいのだろうか等……複雑な感情が私の周りには渦巻いていた。
掃除をし終えるとさっさと部屋着から着替え、髪を整え、彼女と約束していた場所へと向かった。
季節は十一月。
気温がぐっと下がり、着込んでいかないと風邪を引いてしまうだろう。
冷たい風が顔に容赦なく吹き付けてきた。
マフラーをしているとはいえ、寒い。しかし、同時に身体の心を熱くする。
彼女に会えるという緊張感。そして、やはりそこにあったのはヤレるという性的欲求。
つくづく最低だな、と苦笑した。
約束した場所に着くと、ポケットから携帯を取り出す。
『もうすぐ着くよ』
と、一件彼女から連絡が着ていた。
『うん、分かった。着いたから待ってるね』
『ありがと』
返信するとすぐさま返ってきたので、驚いた。
『ありがと』って何のありがとなんだろう……。
ふとそう思った。
彼女は自分に好意を抱いているのだろうか。
既に事過ぎた身の内で言うと、答えはイエスであったのだが……。
彼女が来ると、まず彼女の服装に驚いた。──制服だったのだ。
一度家に帰ってから自分の所に来ると思っていた俺にとっては衝撃が大きかった。
だが、かえって制服の方が私服に比べて何とも言えない良さがある。先程まで落ち着きを払っていた俺の心臓は激しく波打っていた。
◇◇◇
閑話になるが、ある一部分だけでも魅力を感じると、男はその相手に対して幾ばくか補正効果がかかる。これは女性に対しても同じことが言え、自分も彼女もお互いを見る眼に補正効果がかかっていただろう。
はっきり言うと、彼女はタイプじゃなかった。それが結局最後までつきまとい、別れるに至った。
中身は勿論大事だ。
しかし、外見も大事ってのがそこにはある。
生意気にも俺には少なからずそのような思いがあったのだ。
性格重視。けどある程度の外見はほしい。
欲深いにも程があるだろう。最低男だから仕方ないの一言に尽きるか? そうではないはずだ。全ての人が思っているわけではないが、必ずしも一人は同じように思っている人はいるだろう。
最低だ。勝手に言ってろ。じゃあ貴方はどうなんですか? 当時の俺はそう思っていた……。
だからこうして今、下らない手紙を書く羽目になっているのだ。書く羽目になったと言ったが、誰からも強いられたわけではない。自分が勝手にやったことだ。自分が彼女にしたことの反省、罪の意識……それについに堪えきれなくなったからである。
一度死んだ命はもう戻らないように(通常は)、一度犯した罪は決して消えることはない。
ただ、こうすることで最低男から少しは変われるのではないかと私は思ったのだ。
手紙を書き進めようとペンを執る。
自分が彼女にどのような気持ちを抱き、それを都合のいい言葉を使って隠していた(嘘をついていた)のかを。
字数をなるべく絞り、かつ内容は濃くなるように──。
これは嘘偽りのないの私の気持ちです。なので信じていただけると嬉しいです。(信じていただけないかもしれませんが)
つまりですね。多少なりとも私は貴方に惚れていました。
特に貴方が私に作って下さった手料理にはあまりの美味しさに思わず「上手い!」と叫んでしまいましたね。覚えているでしょうか?
料理が上手という貴方の意外な一面が見えて、貴方といることが幸せだ、と感じたこともあります。
直接口に出しては言えませんでしたが(きっと今も言えないと思う)、ここに書き留めさせてもらいました。
ふと、視界が揺れる。
そして書いた手紙へと一粒の雫がポツリと落ち、文字を滲ませた。
何で泣くんだ。
そう思って、手で目を塞ぐもちっとも止まらない。
「うっ……うぅ…………」
どうしてもっと優しくしてあげなかったんだ。
どうして彼女の身体のことしか自分の頭の中にはなかったんだ。
どうして……。
◇◇◇
彼女と共に私の家へと向かった。
準備は出来ている。
俺は拳を軽く握り締めて彼女を自分の部屋へと案内した。
『近藤さん』は机の引き出しに入れておいた。機会を見て取り出せばいいだろう。
部屋一面を舐め回すように見て、俺は腰を下ろした。
「綾乃も座ったら?」
「……うん」
仄かに赤らめた顔を隠そうとしているのか、彼女は顔を逸らすようにして座った。
「今日学校どうだった?」
俺と彼女はいつもこんな感じだ。日常的な話題をどちらかが切り出して話す。
しかし、いつもと違ったのは彼女が少し静か……いや静か過ぎることだった。
いつものようにテンポのいい会話ではなく、少し途切れ途切れの会話。
それが何とも妙な雰囲気を作り出していて、もわもわした気持ちをくすぶらせた。
「…………」
彼女が顔を上げると、頬は紅潮していた。トロンとした眼で俺を無言で見据える。
「しないの……?」
衝撃の一言だった。
雷に撃たれたかのように俺の身体中に潜む本能的なものを一瞬にして沸き上がらせていく。
俺の理性を瞬時に吹き飛ばし、俺は彼女の肩へと手をかけた。
すると、彼女が軽く眼を閉じる。
彼女が何を求めているのかと迷う暇もなく、彼女に顔を近付け、自分の唇と彼女のそれとを重ね合わせた。
熱い唇は甘いゼリーのようで柔らかく解けていく。
少し唇は離し、息を垂れる。そして、また重ね合わせる。
何度か繰り返して、俺は舌を彼女の口内へと入れた。
彼女も舌を私の口内へと入れ、互いに絡み合っていく。
絡んだ舌先を離せば、ツーッと銀の糸が垂れる。それ見た彼女は、恥ずかしさからか、顔を少し赤らめて、上目遣いにこちらを見つめてくる。
ここまでしてこの先を止められるはずがなかった。
俺は空いたもう片方の手を、彼女の胸元へと伸ばす。
手が彼女の胸に触れる。
円を描くようにして弄っていくにつれ、彼女の息遣いが荒くなっていく。
それはとても甘く、脳髄を蕩けさせるように淫らで、私の欲求を掻き立てていった……。
◇◇◇
この後俺は彼女を抱いた。つまり童貞を卒業したということになる。
俺のはじめては、心の底から好きと断言できる人にいったのではなく、曖昧な気持ちのまま、己の性欲を満たす為だけに利用した人にいったのだった。
そしてはじめてを終えた俺に待っていたのは彼女からの告白。
彼女はずっと俺のことを好きだったらしい。俺が彼女にしていた何気ないことを彼女は特別と思っていたのだ。
断れるはずがなかった。
俺が彼女のことが好きだったからではない。付き合う前に既に身体の関係を持ち、その後で告白されたからだ。
しかも俺はこれを好都合だと思った。
なぜなら彼女と付き合えば、またヤレる、思う存分性欲を満たせる、というメリットがあるからだ。
つくづく最低だ。
と今更言っても、意味はない。もはや過ぎてしまったことなのだから。
ファンタジーじゃあるまいし、時間が巻き戻すことが出来るなんていうそんなトンデモ能力は俺には備わっていない。
机にある時計を一瞥。針は午後三時半を刺していた。書き始めたのが午後一時ぐらいであったので、二時間半経ったことになる。
年賀状を書いたことはあっても、手紙を書くことは初めてだったので、こんなにも時間がかかるものなのかと思いながら俺は部屋から出た。
棚からコップを取り出して、冷蔵庫から牛乳を取り出すと、それをコップに注ぎ込む。
喉を鳴らしながらあっという間に飲み干すと、さっさと片付けをして俺は部屋へと戻った。
「…………さてと」
イスにどっぷりと腰を掛け、俺は再び手紙を書こうとペンを執った。
外界の空気に冷やされたペンは冷たい。
まるで彼女と付き合っていた当初の俺のようでやけに親しみを覚えた。
◇◇◇
結局それからというものの手紙を書く手は進まなかった。それから既に一週間は経ってしまった。
独りでボーっとすることが多くなり、最近どうしたんだ? お前おかしいぞ、と普段親しくしている奴に言われたぐらいだ。
おかしい。そんなことはとっくに分かってる。
今まで見てみぬふりをしていただけだ。
それが俺をこんなにも苛ませるにまで成長したというのだから……。
気がつくと俺は鳴川という駅で降りていた。
意識しなくとも足は勝手に進む。
どこに向かっているのかはおおよそ検討がついていた。
彼女の──綾乃の家だ。
俺は何をしたいのだろう……と思ったが、進む足は止められなかった。
彼女の家の前に着くと俺は何やら背筋にヒヤリとするものを感じ、隠れる場所はないかと辺りを見回す。しかし、隠れるのに適した場所はなさそうなので、俺は彼女の家だけを見て踵を返した。
◇◇◇
自分の家に帰る為、切符を買った俺はホームで電車を待っていた。
すると、向かい側の電車が着たようで、何人か降りていく。
その内の一人は紛れもなく彼女であった。
俺は彼女に自分の好みの髪型を告げたことがある。
長く伸ばした黒髪。
それが俺の好みの髪型だった。今になって気付いたことのだが、彼女は髪を切らずに綺麗に整えて伸ばしていた。
ひょっとして俺のためだったのだろうか?
今はもうバッサリと切って短くなった彼女の髪を見て、俺はそう思った。
◇◇◇
帰路に着くと、俺は机の上に置いてある手紙を持って家の外へと出た。
手紙を砂利が敷き詰められている地面に置き、俺は用意したマッチに火を付け、手紙の上に落とす。
あっという間に火は燃え広がり、手紙は黒く焦げ付き、しまいには跡形も無くなってしまった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
お手数ですが、感想等をお寄せいただければ幸いです。