それぞれの道
拙作をお読みいただきありがとうございます。
いつもサブタイトルで悩みます。
グレステレン領内のある館でジークのあてがわれた一室にて一人の女性が嬌声を上げ続ける。
珠の様な汗を柔肌に浮かべて荒く息をつく。
永遠とも思える長く続くそれは次第に落ち着き静寂をもたらす。
舌を絡める様に濃厚な口づけをする。
その女性の腹部には臍を中心に魔法陣が描かれ額には紋章が刻まれている。
ジーク付きの銀の乙女の証である。
ここ数日、何度もジークの獣欲を受け止めている。
女性の名は相原つぐみ。
この世界に渡って来た異世界の住人。
こちらの世界に渡って来てから早くも半年の年月が経っている。
今では流暢に異世界の言葉で話をして、綺麗な文字を書くことが出来る様になった。
人の何倍ものやる気を持って臨んでいる為覚えが早い。
今では母国の日本語よりこちらの世界の言葉を普段から好んで使っている。
つぐみは日頃からジークの館に入り浸り政務の手伝いまでするまでになっている。
「つぐみ、ちょっと話があるの。」
今日もジークの元で手伝いをするつもりで荷物を纏めて出かけようとしていると姉のひばりに呼び止められた。
『何か用なの?』
未だにこちらの異世界の言葉を片言でしか話せない姉ひばりに対して嫌味を込めて異世界の言葉でかたりかける。
「・・・日本語で話をして。」
『一生懸命に覚えないから未だに会話すら出来ないのよ。同じ半年という年月を過ごしてるのにこの差は何かしら?』
艶然たる微笑みを浮かべて自分の姉を見下す様な視線を放つ。
最近になって色気が増してきた自分の妹に若干たじろぐが気を持ち直して会話を試みる。
『話し。ある。時間。ちょうだい。』
片言の異世界の会話に付き合うとその分時間が取られて結局ジークの傍に居る時間が減る事になると考え、つぐみは日本語の会話に切り替える。
「で、何の用なの? 私、早くジーク様の元に行かなきゃいけないんだから手短に話をして。」
気が付けば姉の相原ひばりの傍にはいつの間にか年上の幼馴染、剣崎麗もいる。
「最近、昼も夜も問わずにジークさんの部屋に入り浸ってるって本当なの?」
この問いをつぐみは鼻で笑う。
「ふん。だったらどうしたっていうの? 私の人生よ、選択肢は私にあるわ。」
瓜二つの顔。
ひばりとつぐみ。
だが、今ではその顔も明と暗に分かれている。
自らの生きる道を明確に決めた妹のつぐみの顔と不安に潰された姉のひばりの顔。
このままではまた喧嘩になると思い剣崎麗が間に入る。
「勿論だ。選択肢は各個人が持っている。それをふまえて話を聞いてほしい。」
つぐみは年上の幼馴染にチラリと視線を向けると盛大に溜息をつく。
「言いたい事の想像はつくわ。倫理的に若い女性が男性の所に入り浸るのは良くないって事でしょ? でも、私はこの世界で生きていくって決めたの。ジーク様の御正室であるスィーリア様の御了解を得てジーク様の傍に侍る事を許されてるのよ? ジーク様は体を張って命がけでこの地を守ってるのよ? 私達の為に貴重な時間を割いてくださってるのよ? その上で政務までこなしておられる。心身ともに疲れ切っているのよ? 癒してあげたいと思って何が悪いの?」
「つぐみ! そういう言い方は止めなさい!」
教室中の視線はとっくに相原つぐみに集まっている。
言い方からして分かってしまう。
認めたくなかった。
信じるわけにはいかなかった。
だが、つぐみの口は動き続ける。
『姉さん?』
「止めなさい。」
『私ね?』
「止めなさい!」
『経験済みなの。』
「止めて!」
「いい機会だからはっきり答えて上げる。私はもうヴァージンじゃないわ。御想像の通りジーク様と何度もセックスしてるわ。ここで勉強することが無くなってきたから私は次のステップに進むわ。お先に失礼。」
そう言って教室を後にしようとすると正義感の塊<トラブルメーカー>である天川大河<アマノガワタイガ>が会話に乱入してくる。
「僕たちはまだ未成年なのにそんな事していいはずないだろう!」
(引っ掻き回すな! 天川!)
内心で罵倒の言葉を吐きながら剣崎麗は年下の幼馴染、つぐみを捕まえる。
「こっちだ!」
兎に角人気の無いところでじっくり話を聞きたくて麗はつぐみとひばりを連れて教室を飛び出した。
「ここまでくればいいか・・・。」
グレステレンの郊外にある池のほとりにまで逃げて来た。
麗もひばりも肩で息をしている中でつぐみはケロリとしている。
(私達はナマッていてもつぐみが何ともないのはこういった鍛錬をしているからかしら?)
自分を見る剣崎麗の視線に気づいたつぐみは答えを述べる。
「語学の学習が一通り済んだ頃に剣術を教えて貰う為に基礎体力を付け始めたからよ。まぁ、教えて貰うのは小太刀の技だけど。」
これに驚いたのは剣崎麗である。
「ジークさんは日本の剣術まで修めているのか!?」
つぐみは冷ややかに幼馴染と姉を見下す。
「・・・ホントに未だ気づいていないのね。因みに私はすぐに気付いたわ。」
「つぐみ?」
「何を言ってるんだ?」
「いつまでもジークさん、ジークさんって他人行儀なのね? 私が何でこんなに語学の習得に身を入れたと思ってるの? 貴女達がジークさんと呼ぶ人の正体にすぐに気付いたからよ。だからヴァージンをあげる事に抵抗が無かったのよ。毎日のようにセックスする事が苦じゃないのよ。」
「その言い方じゃつぐみは以前からジークさんを知ってる事になる! いや、私達も知っている事になる! 彼の正体は誰なんだ!?」
「聞いてどうするの? 今まで散々私を無視してきて都合の良いときだけ姉や幼馴染の顔をするの? 随分とズルい考えね?」
「そんなつもりは無い!」
「つぐみ・・・。」
これ以上話す事は無いと言わんばかりにつぐみはさっさと踵を返す。
そして背中越しで会話する。
「こちらの世界では十五歳から成人として扱われるわ。五つ六つの子供じゃないのよ。自分の嫁ぎ先位自分で決めるわ。」
この言葉を残された二人に叩き付けてつぐみはジークの執務室に向かった。
教室は異様な熱気に包まれている。
幾つもの興味本位の視線が自分に向いている事にジークは気づいている。
その中でも天敵、タイガは自分を睨んでいる。
(何があった? つぐみとひばりがいねえのが関係している? と言う事はつぐみが俺の女になった事がとうとう知られたか?)
実際はつぐみの方からのカミングアウトなのだがこの際大差はない。
そしてとうとう休憩時間になると異世界から来た異邦人たちは一斉にジークの元に駆け寄ってきた。
しかし、彼らを抑える者が現れた。
ジークの天敵。
タイガである。
「アンタ大人だろ! もう少し良識ある行動を心がけろよ!」
相変わらずの噛み付きように顔をしかめてジークは応対する。
「主語、述語をキチンと使って話せ。それだけだと何の事か分からん。」
「とぼけるな! 未成年の女子生徒と淫行するなんて! それでも大人か!」
「・・・つぐみの事か?」
「分かってるじゃないか!」
「何が問題だ。」
「何がだって・・・!?」
「こっちの世界じゃ十五歳は立派に大人の扱いを受けるべき存在だ。結婚も出来る年齢だ。それにこの教室にいる間は差別はしちゃいねぇ。平等に扱っている。その上で何が問題だ? 言ってみろ。」
「そんなの詭弁だ!」
ジークとタイガを中心に人だかりが出来てる教室に一人の女性の声が響く。
「馬ッ鹿じゃないの。」
一斉にその声の主に視線が集まる。
声の主は相原つぐみ。
ジークの五番目の銀の乙女である。
タイガはいつも見ていた。
一人でいる相原つぐみを。
周りからどれほど無視されても決して自分を見失わないその姿にいつしか惹かれた。
間違いなく美少女に分類される。
だけど嘘吐きとして常に周りから無視と言うイジメに遭っている。
声をかけようとすると必ず誰かが邪魔をする。
結局いつも遠くから見ているだけだった。
それはこっちの世界に来てからも同じだった。
だが、今日になって青天の霹靂ともいうべき事が判明した。
思いを寄せている相原つぐみは日頃からお世話になっているジークと付き合っているというのだ。それも肉体関係にまで発展しているという。
確かにここ最近、妙に色気が増している。
特に胸のあたりには自然に視線がいってしまう。
E、ひょっとしたらFぐらいの大きさがあるだろうか?
信じたくなかった。
思いを寄せている女性がとっくに他の男とくっ付いているなんて・・・。
つぐみは冷ややかな視線を天川大河に向ける。
気付けばいつも自分を見ている「だけ」のこの男をつぐみは蛇蝎の如く嫌っていた。
特に最近は愛する人に揉まれたせいかここ半年で非常に豊かに育った自分の胸を見る様になった。
CからおそらくFにまで大きくなった。
胸元を大きく開けているわけじゃない。
キッチリ喉元までボタンをしめている。
にも拘らず自分を見るだけで何もしないこの男はこっちの世界に来ても変わっていない。
それどころか自分に都合の良い事だけを並べて愛する人の手を常に煩わせるこの男を死んで欲しいとさえ思っている。
今日も今日とてまた騒ぎを起こしている。
銀の乙女として最初の務めはこの馬鹿を黙らせることと自分に課した。
「天川さん。話をしたいのでちょっと付き合ってください。」
「つぐみ! 僕も話があるんだ! とても大事な話が!」
この機を逃せば告白の機会は永遠に失われる様な気がしてタイガは食らいつく。
だが、それとは裏腹につぐみの顔はけわしい。
否、怒りに染まっている。
それでも何も言わずにつぐみは教室を出る。
タイガは必死にその後を追った。
「つぐみ! 俺は・・・!」
やっと二人ッきりになれたことでタイガは浮かれていた。
パン
だからつぐみに頬を叩かれる事に反応できなかった。
「気安く名前で呼ばないでください。」
冷ややかに、されど怒りを込めてつぐみは拒絶の意思を表した。
戸惑ったのはタイガの方である。
「あ、え、あの・・・。」
「私が損得勘定だけで肉体関係をジーク様と結んだと思ってるの? だとしたらとんだ侮辱だわ! 私はジーク様の事を愛してるのよ。そしてジーク様は私を愛してくれる。貴方にして欲しい事は二つ。とりあえず私の事をつぐみと気安く呼ばないでください。まだ式は上げていませんがこう見えても人妻です。そしてイチイチ騒ぎを起こさないでください。理解してますか? 貴方が風紀と秩序を一番乱してると。以上の事をジーク様付きの銀の乙女の一人として厳命します。」
「な・・・に・・・を・・・。」
「貴方の視線には向こうにいた時から気づいてました。」
「!」
この言葉にタイガは浮かれる。
(気付いていてくれてた!)
だが、この思いも次の言葉でバッサリ切られる。
「今も続くそのイヤらしい視線。吐き気がします。」
(何? 何だって?)
「ジークさんに! いや! あの男に何か吹き込まれたのか!? 大丈夫! 俺が守るから! 安心して何でも言ってくれ!」
勢い込んでつぐみの肩に手をかける。
その瞬間タイガは投げ飛ばされる。
(な!)
ドスン
そんな擬音が聞こえてきそうなほど勢いよく地面に叩き付けられる。
「気安いと先ほど言ったはずです! これ以上風紀と秩序を乱すようなら多数決を取り貴方の処遇を決めさせてもらいます! もう一度言います。気安く呼ばないでください。イチイチ騒ぎを起こさないでください。とりあえず守って欲しいのはこの二点です。いいですね。」
颯爽とつぐみは立ち去った。
麗とひばりも教室に戻ってきていた。
二人とも気が気ではない。
「天川を相原妹が連れ出した。」
こう教えられたからだ。
そんな心配をよそにつぐみは教室に戻ってきた。
「「つぐみ!」」
「何? その心配そうな顔は?」
何事も無かったような顔でつぐみは休憩中のジークに視線だけで挨拶をする。
ジークもそれを受けて頷くだけである。
「何か・・・、熟練の夫婦の様なやり取りを見せられたような気もするんだけど・・・。」
「やり手の社長と女秘書にも見えるが・・・。」
つぐみは麗とひばりに視線を戻す。
「それで、事の顛末を話せばいいのよね?」
タイガは呆然としていた。
投げ飛ばされたまま地べたに横になっている。
女性に不自由したことは無い。
より正確に言うのであれば自分が好意を抱いていない女性に不自由したことは無い。
だからこのような目に遭うことも無かった。
だが、今はそうでは無い。
思いを寄せている女性に拒絶された。
自分の意志に沿わない女性などいなかった。
ホンの少し微笑んで頭を撫でるだけでどう言う訳か女性に言い寄られた。
そういう事は小学校から何回もあった。
だが、高校生になって初めて恋をした。
その初恋の人には既に相手がいた。
(どう考えたって俺の方がいいのに!)
(あの男がきっと魔法か何かでつぐみを縛り付けてるんだ!)
(俺の手でつぐみを救う!)
天川大河の眼に狂気が宿った。
そんなタイガに近づく者がいる。
『もしよければお力をお貸ししましょうか?』
それはタイガの母国の言葉。
日本語だった。
誤字脱字ありましたら教えてください。




