暴走する独立 招かれる悲劇
グレステレンが南部未開拓地の開発を始める。
この知らせは密偵の手ですぐにスイストリアに届けられた。
他国の事ながら共に同盟を組みジルベルクと戦った仲である。
ジルベルク同時侵攻で兵力の回復がまだ済んでおらず、国力もまだ乏しいグレステレンでは大々的に開拓することは難しい。
失敗すると分かっていて見過ごす訳にはいかない。
その為にスイストリア王国から信頼がおけて尚且つ弁もたち、未開拓地の開拓がいかに難しいかを知る男爵オレオル=ザードが説き伏せる特使として出向いた。
しかしこれは無駄に終わった。
グレステレンでは注意としても受け取らなかったのだ。
これ以上は内政干渉になる。
止む無くオレオル=ザード男爵は帰国した。
「ジーク。グレステレンの動きをどう見る?」
主君ファザードと義父であるソルバテス公爵の三人で密会中である。
互いに信頼の証として話し方はいつもの通りである。
「どうもこうもねぇよ! あいつら同盟からの独立まで目論んでる! 南部を開拓してロッツフォード領のようにしようとしてるんだろうが、あれは俺が戦役大陸で未開拓地の踏破という事を成し遂げて色々と知識をため込んでるから出来たことだ! おいそれと簡単に出来るモンじゃあねえよ! 自滅するぞ!」
「だけどこれ以上は内政干渉になるよ。そうなればジルベルク包囲同盟そのものが崩壊しかねない・・・。」
ソルバテスの言葉にジークは歯軋りをする。
「ファーナリス法王国の失敗例を見習えってんだ!」
スイストリアの心配を他所にグレステレンの南部未開拓地の開発は始まっている。
「またスイストリアからの特使か?」
独立国家グレステレンの代表ガリムス=グリズラーはウンザリしていた。
スイストリアは再三に渡り南部未開拓地の開発を今は見合わせろと言ってきている。
ガリムスは内心でグレステレンがこの開拓によりロッツフォードを超える富を得る事を良しとしないと邪推していた。
(いずれはグレステレン一国でジルベルクを降してみせる!)
確かに南部未開拓地の開発を成功させれば莫大な富を得ることが出来るかもしれない。
ジルベルク帝国を一国で降すことも可能かもしれない。
だがこれは暴挙と言えた。
なにもが『かも』尽くしなのだ。
これに気付かない為グレステレンの独立は暴走し始める。
南部未開拓地の開発をグレステレンが始めたことは当然ジルベルク帝国も知るところとなった。
ジルベルク帝国皇帝メルキア=ジルベルクは謁見の間に重臣たちを集めて意見を求めた。
「此度の奴隷どもの動きをどう見る? 俺は失敗するとみている。」
この発言を受けて宰相オーネストが邪悪な笑みを浮かべて賛同する。
「陛下の仰る通り失敗するでしょう。さすがは奴隷。考えが足らない為ファーナリス法王国の前例を踏まえる事が出来ないと見えます。他にも理由は幾つかございますが最たる理由は北部未開拓地の開発を成功させたジーク=ペンドラゴンの存在を完全に失念している事です。自分達にも出来ると錯覚しております。」
この言葉を聞きメルキアの口が歪む。
「では、打って出るか?」
「それはなりませぬ。今は和睦したばかり。侵攻すればグレステレンを救済するという理由で再度包囲され今度こそ帝都まで同盟軍の手が伸びます。ここは静観するのです。そしていよいよグレステレンが危なくなった時を狙います。これ以上見過ごすと南部未開拓地の開発による被害が我が国に及ぶのでやむおえずグレステレンの領土に侵攻したと名目を上げるのです。そうして治安が落ち着けばグレステレンの独立を援助するとして同盟に上手く取り入ってグレステレンを属国とするのです。」
「火事は下火になってから消すという事か・・・。」
「左様でございます。」
「そのころにはレオノとユーディットの手で骨抜きにしたジークが我が幕僚に配置されるか?」
「はい。そうして南部未開拓地の開発をペンドラゴン卿の指示で行うのです。グレステレンは本当に良い動きをしてくれます。」
「ふふふふふふ。本当に良い事尽くめだ!」
当のレオノとユーディットは逆にスイストリアの為に働いているとは露とも知らない。
帝国の重要施設の詳細な見取り図は既に出来上がっている。
スイストリア王国はジルベルク帝国への攻込名分が出来るのを今か今かと待ちわびているのだ。
一方、南部未開拓地の開発を任され領域に入った一行は怪訝に思っていた。
「おい、未開拓地って妖魔の巣窟って話じゃなかったか?」
「あぁ、俺もそう聞いている。」
「なのに何でこうも毎日静かなんだ?」
「俺が知るかよ・・・。」
「そりゃあ、そうだけどさ。逆に気味が悪くねぇか?」
南部未開拓地の妖魔のほとんどはジルベルク帝国で兵力に換算される。
だから『弱い者』はジルベルク帝国に『逃げ込む』。
では、南部未開拓地に『残る者』は一体何であるか。
その答えが分かった時、グレステレンだけでなく妖精族領とジルベルク帝国は滅亡の危機の瀕することになる。
シーディッシュ中央大陸の南部未開拓地の開発が始まってから三月が過ぎた。
そのころになると流石に異常に気付くものが出始める。
妖魔はおろか獣すらいないのだ。
異様な静けさに気味の悪さが増す。
兵の中には怖気づく者達が続々と出始めた。
(一度帰還すべきか?)
兵糧もつき始めている。
食べれるか食べれないか分からない野生の果物を手にそんな事を考えていると斥候の兵が飛んできた。
「ここから目と鼻の先に平原が広がっております!」
「おぉ!」
辺り一面に広がる大地を見て指揮官は声を上げる。
(間違いなく豊かな穀倉地帯になる!)
確信があった。
ここに都市を作ればグレステレンはアーメリアス王国に匹敵する農業国家になるだろう。
地質の調査の為にここに基地を作る事にした。
至急の使者も国に送る。
(ここを中心に南部未開拓地を平らげれば大陸随一の国家も夢ではない! こうしてみると北部の未開拓地の開発に時間がかかったジーク=ペンドラゴンも大したことがないな・・・。それとも運が無かったか?)
もし、ジークがここに居たらすぐに撤退の指示を出しただろう。
彼らはあまりにも探索の仕方を心得ていなかった。
何もいないという事がどれほど恐ろしい事を示しているのか。
不幸が訪れようとしていた。
「南部未開拓地にそのような大草原があったか!」
ガリムス=グリズラーは狂喜した。
(見ていろ! ジルベルク! 今度はお前たちが俺たちにひれ伏す番だ!)
「出陣の準備を急がせろ! 俺自らが視察に行く! 人足も出来るだけ用意しろ!」
こうしてガリムス=グリズラーは大平原へ向けて出陣する。
留守を腹心のヴェスガン=ギュランドロスに預けて。
留守を預かる事になったヴェスガン=ギュランドロスは不安しかなかった。
理由は無い。
強いて言うならカンである。
密かにスイストリアに密使を送る。
(国内の状況を知らせる事になるが彼の英雄ならば何か心当たりがあるかもしれない・・・。助言を乞わねば・・・。)
だが、これはあまりに遅すぎた。
シーディッシュ中央大陸南部は地獄になろうとしていた。
「・・・何だ? これは?」
ガリムスは使者を務めた兵の案内で南部未開拓地に存在する大草原に来ていた。
そこには焼野原が広がっていた。
天幕も焼かれ、何かに食いちぎられたような死体が散乱する。
呆然とする中で巨大な影がガリムスを包む。
風が巻き起こる。
腕で顔を覆いながら見上げると生態系で世界最強の存在が浮遊していた。
「ド、ドラゴン・・・。」
不愉快だった。
眠りから覚めたとたんに忌々しい人間の臭いがした。
百年以上も前に負わされた傷が疼きだす。
何百年もの時を生きた誇り高き竜である自分の財宝を狙う不届き物を思い出した。
返り討ちにはしたものの手ひどい傷を負ったのだ。
自慢の鱗を傷物にした冒険者と言う愚か者達。
臭いでわかる。
かなりの人数だ。
すぐ傍に居る。
腹を満たす為に翼を広げる。
餌はすぐそこにいる。
またかと思った。
先日大地を焼き、幾人もの人間を食った。
食い足りなかったがまずは良しとした。
そうして巣でのんびりしていると汚らしい人間の臭いがまた漂って来た。
はらわたが煮えくり返った。
今一度翼を広げて空に舞う。
再び人間を食い殺すために。
大平原は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
炎に焼かれる者。
ドラゴンの口で食い殺される者。
踏み潰される者。
そして響き渡る咆哮。
独立国家グレステレンは犯してはいけない領域を犯してしまったのだ。
長き眠りから覚め、活力が最もみなぎっている活動期のドラゴンを怒らせてしまったのだ。
これ程恐ろしい者は無い。
独立を暴走させたが故にグレステレンのみならず妖精族領やジルベルク帝国も滅亡の危機に晒された。
中央大陸は地獄となった。




