疑心暗鬼を生ず
アーメリアス王国では連日会議が行われていた。
スイストリア王国から急使が来たからだ。
「ジルベルク帝国の離間の策に注意されたし。」
この一報がアーメリアスを真っ二つに割っているのだ。
アーメリアス王国の若き王、プリス=アーメリアスはこの急使が持って来た知らせの対策の為に国内の結束を固める動きを取った。
賛同する者が大半だが、反対派がいるのだ。
曰く、
「これはスイストリアが仕掛けた策である。これによりアーメリアスはジルベルクとの溝が深まり修復は困難になる。そうするとスイストリアとの交易がますます盛んになり結果、スイストリアの国力が増す。アーメリアスにとって損は無いが得も無い。ならば、この機会に人質を返還して弱体化しているジルベルクに攻込み領土を奪い取るべきである。」
と開戦派が出始めたのだ。
同盟各国の同時侵攻時の兵の消耗が回復していない以上それはならんと言ってプリスは開戦派を抑えている。
だが、プリス自身にも疑惑の念が生まれていた。
(彼の英雄ならばこの位はするのではないか?)
プリスは自らの疑念を晴らす為、宰相カカロ=モーリタと騎士団長ミーチェ=ハシュハルトを呼び出した。
プリスの執務室に宰相のカカロ=モーリタと女ながら騎士団長を務めるミーチェ=ハシュハルトが入室してきた。
プリスは正直に自分の気持ちを打ち明けて二人の意見を求めた。
この二人の意見はさらにプリスの気持ちに迷いを生じさせた。
カカロはこの機会にワザと策に乗り不穏分子を排除しようと提言してきた。
ミーチェはそれに反対する。
敵を害してもいないのに味方を害するのは愚策だと言い切ったのだ。
「ここはスイストリアを見習い国内の充実を優先させていずれ来るジルベルク帝国との決戦に備えるべきです!」
同盟同時侵攻戦で大きな功績があるのに慎重な行動を心がけるようにミーチェ=ハシュハルトが言葉を紡ぐ。
纏まらない意見にプリスは全てが疑わしくなった。
スイストリア王城、謁見の間にロッツフォード公爵を始めとする重臣たちが集められた。勿論、ジーク=ペンドラゴン侯爵もその列に並んでいる。
案件はアーメリアスの軍事行動についてだ。
「プリス王はまだ若輩の身、全てが疑わしく思えるのでしょう。ですがこのままだとアーメリアスが第二のジルベルクになりかねません。ここは誰か特使として赴き説き伏せるのが賢明かと存じます。」
スイストリアの重臣の一人、ラブラ=バシュウが意見を述べる。
「何でもプリス王はペンドラゴン侯爵を憧憬しているとか。そのペンドラゴン侯爵の言い分なら考えを改めると思われます。」
「ふむ、ペンドラゴン。どう思う?」
ファザード王に意見を求められ前に進み出る。
「このままでは折角の値千金の情報が無になります。ジルベルクに利する事ばかりになりますので自粛するように諫めてまいります。」
ジークはアーメリアスに特使として赴くことになった。
「スィーリア、ただいま。リウイもただいま。」
スィーリアは無事男の子を出産していた。
ジークは昼寝をする我が子と添い寝する愛妻に帰宅を静かに告げる。
自然と顔がほころぶ。
同じく妊婦だったマリアンヌも無事男の子キリーと女の子ジェシカを出産している。
それどころかフェルアノ、アクアーリィ、エリーゼ、ファニス、カティアと何人もの女性が懐妊している事が分かり天使の輪<エンジェル・ハイロウ>は大騒ぎになっている。
それをスィーリアが「めでたき事」として泰然と構え奥の事をあれこれと指示し取り仕切っていた。
なお、マリアンヌが来てから妊娠しやすくなったので彼女を妊娠出産の神と崇める者まで出てきている。
そんな賑やかになっている天使の輪<エンジェル・ハイロウ>をまた仕事で留守にする事を告げねばならないジークは暗澹とした思いだった。
「仕事ですもの、しょうがないわよ?」
我が子と遊ぶ時間を取られたと愚痴るジークをスィーリアは宥める。
ジークはフェルアノ達妊婦の身も心配なのだ。
愛妻スィーリアに尻を叩かれやっと重い腰をあげてアーメリアスに赴く事にした。
この時ジークはアーメリアスで待つ運命をまだ知らない。
半鷲半獅子<グリフォン>に乗り単身アーメリアスに乗り込む。
「スイストリア王国のジーク=ペンドラゴン侯爵来る」
この知らせはアーメリアス王城を揺るがした。
彼の英雄が自ら来るとは只事ではない。
策を自らの手で弄しに来た。
アーメリアスの行く末を慮りプリス王に提言しに来た。
色々な意見が飛び交ったが、とにかく城内に招き入れる事になった。
入城を許され時、謁見の間ではなくプリス王の執務室に通された。
城内の雰囲気から只事ではない気配をジークは感じ取っている。
(こりゃあ一筋縄じゃ行きそうもねぇな・・・。)
執務室には予想通り、苦悩に疲れ果てたアーメリアスの若き王プリスが座していた。
「突然の訪問、平にご容赦ください。しかし、このように急な訪問をするのには訳がございます。」
疲労の色が強く滲み出ているプリスはすがる様にジークを見る。
「ペンドラゴン卿、どうしたら良いのでしょうか?」
ジークは訪問理由を、今回の軍事練習騒動の経緯をまず聞き出す事にした。
「プリス王はなぜこの時期に軍事練習を大々的に行うのですか?」
「・・・分からないのです。」
「分からない?」
「今まで出来たことが出来なくなりすべてに迷いが生じてしまいとにかく軍事練習は行っても損は無いと判断したのです。」
(ギリギリ間に合ったか? ここまで自信を無くして疑心暗鬼に陥っているとは・・・。)
「プリス王、此度の知らせは私が策謀を巡らしてジルベルク帝国の裏の裏をかいて手に入れた情報です。裏付けも取っており確固たる情報です。お気持ちは察することは出来ますがお迷い召されますな。」
「・・・・・・。」
それでもまだ迷うプリス王にジークはスイストリアを例に取り国家とは何か、王とは何かを懇懇と諭す。
プリス王はまるで一筋の光明を得たように晴れ晴れとした顔になっていく。
「ペンドラゴン卿、やはり貴方は偉大だ・・・。それに比べて私は何と不甲斐無い事か・・・。国のかじ取りをしなければならないのに自らの疑念に囚われて国家とは何か、王とは何かを見落とすなど・・・。重臣達すら纏める事も出来ない・・・。何と情けない王か・・・。」
「・・・人必ず自ら侮りて然る後に人これを侮る。」
「? ペンドラゴン卿・・・?」
「・・・自分で自分を侮るようでは必ず世人からも侮られます。今までは今までとしてこれからを考え自信をお持ちください。」
「!!」
「まずは混迷し始めている国の行く末を重臣達と共に良くお考えください。」
「ペンドラゴン卿! 是非、是非、客将としてこのアーメリアスに留まり下さい! その英知でどうか私をお助け下さい!」
プリスはジークの両手を取り膝をつき頭を垂れ願い申し出て来る。
「そのような事をされてもこのジークの心は動きませぬ。それにそのような行動はこのアーメリアスに人がいないと言っているようなもの。そうではありますまい。先王の時代からお仕えする忠義者が揃っておいでのはず。宰相のカカロ様や騎士団長のミーチェ様など良い例でしょう。」
「ですがペンドラゴン卿の様な綺羅星はおりませぬ!」
「・・・プリス王、その失言は聞かなかった事にします。」
「何が失言なのですか!? 本当の事ではありませんか!」
「忠義を持ってお仕えする者達が今の言葉を聞いたらなんと思われます? プリス王は家臣に幻滅の悲哀を味をお教えするおつもりですか。」
「!? そのようなつもりなどありません! ただ、お力をお借りしたいのです!」
「主君ファザード王の許しも得ずにそのような事など出来ません。」
「・・・あぁ、なぜ貴方はスイストリアに居られるのですか・・・。なぜ、ここアーメリアスに居られなかったのですか・・・。天は無常だ・・・。何故これ程の綺羅星をたった一つだけこの地に遣わすなどしたのか・・・。」
「陛下がペンドラゴン卿に心酔しているだと!?」
一連のやり取りを聞いていた者がいたのだ。
この知らせを受けて重臣たちは主君の執務室に急いだ。
この国がジークの手で属国となることを危ぶんでの行動だ。
彼らもまた暗鬼を生じていた。