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苦界の人

拙作をお読みいただきありがとうございます。

今回のレオノとユーディットの偽帰郷の計略で百人もの遊女を取り仕切る一番遊女のヴァイオレットは迎賓館の一室からロッツフォードの街並みを見ていた。

(縁とは異なもの味なもの。まさかあれ程の英傑を見初めるとは・・・。)

未だ腹の奥に感触が残っている。

臍の周りに魔法陣が刻まれている。

ヴァイオレットは自分達遊女百名を身請けした英傑、ジーク=ペンドラゴン侯爵を思い出していた。



時は遡る。

レオノとユーディットがジルベルク帝国の帝都で中枢の視察を行い情報収集をしている頃、雑兵に扮したスイストリア兵も昼の間に帝都を観光しながら民情を探り、夜はお互いに情報交換をしていた。

交代で息抜きも兼ねて情報収集の為に酒場へも繰り出している。

これはレオノとユーディットが帝国側から許可を得ていたので難なく行う事が出来た。勿論ジルベルクの密偵がついている事も承知の上だ。

そんなある日、雑兵に扮していたジークは冒険者の出で立ちでかなり敷居の高い高級な酒場に足を運んでいた。

ここでジークはヴァイオレットに巡り合った。



「ここ、構わないかしら?」

一人でテーブルの隅で静かに酒を嗜む人物に声をかける。

他の席は満席とはいかないが相席しずらい雰囲気だ。

マントを着てフードを目深に被ってはいるがこの人物なら何故か無体は言わないとカンが告げている。

声をかけたヴァイオレットは遊女として幼い頃から生きて来たためそれ以外の生き方を知らない。

だから借金を返し終わり年季は開けているが妓楼で遊女として生きている。

美貌もさる事ながら口が堅い事で有名で帝国貴族から密かに指名は山ほど来る。

ヴァイオレットはここ帝都の最高級妓楼の一番遊女である。

時間と体力に限りがあるため一日に受け入れる男の数は限られてくる。

今日もまたいけ好かない貴族におべっかを使い伽の相手をした。

その憂さ晴らしの酒を呑むためにこの店をよく利用しているのだ。



相席した男は席に手を指し示しただけで何も言わない。

(辛気臭い・・・。)

そう思って席に座る。

話し相手が欲しいわけではないが一言も無いとそれはそれで寂しい。

声をかけようと目を向けるとギョッとした。

(目が光ってる?)

ヴァイオレットは飲むのもそこそこに店を後にした。



(あの人またいるかしら?)

昨日の今日でまた店に来ている。

どうしても気になる。

思い切って店に入る。

(いた!)

昨日と同じ席に座って静かに酒を嗜む。

フードは相変わらず深く被っている。

気が付くと傍により相席を申し出ていた。

「ここ、よろしいかしら?」

他にも開いている席があるのにヴァイオレットはこの夜陰の如き黒づくめの人物に声をかけた。



結局この日も黒づくめは何も話さなかった。

ヴァイオレットの中に興味が生まれる。

(冒険者なのは間違いない。腕もかなり立つ。なのに一人なのが気になる。理由としては群れるのを嫌っているか群れる事が出来ないか・・・。)

これからヴァイオレットは毎日ここに通う事になる。



「姐さん。最近酒場に入り浸ってるって聞いたけど?」

可愛がってる妹分がヴァイオレットの体を心配してくる。

「大丈夫よ。飲む量はワインをグラスで二杯までって決めてるから。それに通いづめなのは面白そうな男を見つけたからよ。」

「え! 姐さん男が出来たの!?」

「好きな人が出来たんですか! 良かったですね! 姐さん!」

この言葉に周りが騒めく。

この騒ぎに苦笑しながら手をパンパンと鳴らす。

「ほーら! 準備を急ぎな! 早く私みたいに年季を明けて自由になんな!」

こうしてまた苦界の一日が始まる。



ヴァイオレットがジークを見つけてから二十日が過ぎていた。

最近になってやっと自己紹介を経て会話が成立するようになってきた。

「ふーん。じゃあ貴方戦役大陸から来た冒険者なんだ?」

「・・・一応な。」

「何で一人なの? 仲間を作ると分け前が減るから?」

「いや、違う。一人の方が気楽だからだ。それも最近変わり始めて来たけどな。」

「変ったって仲間が出来たの? 折角だから紹介しなさいよ。」

「・・・一人で飲んでるとやけにいい女が相席するようになったんだよ。最近付き纏われて困ってんだ・・・。」

「あら、それはそれは。」

それぞれがどう思うかは知れないが最近になってヴァイオレットはこの会話が楽しみなってきている。

だが、そんなささやかな日々の連なりは横暴と言う力であっけなく壊される。



「ちょっと! 親父! みんなは何処に行ったんだい!」

妓楼に行くと遊女が一人もいない。

親父と呼ばれるこの妓楼の店主は大量の金貨を数えている。

ヴァイオレットの事など無視している。

頭に来たヴァイオレットは金貨の山を足の裏で蹴り飛ばす。

これでやっとヴァイオレットの存在に気付く。

「何をする!」

「やかましいよ! みんなは何処だい!」

「今夜一晩ある傭兵団が貸し切って行ったよ。」

ヴァイオレットの背中に嫌な汗が流れる。

「その傭兵団の名は!」

「猛牛の団とか言ってたな。」

ヴァイオレットの目の前が真っ暗になった。



ヴァイオレットはいつもの酒場に走っていた。

乱暴に扉を開けある人物を探す。

いつもの場所で静かに酒を嗜んでいる。

ヴァイオレットの目から涙があふれる。



「お願い! 助けて!」

「? 藪から棒に何だ?」

「家の店の子が全員猛牛の団っていう傭兵団に貸切られたの!」

「帝国一の妓楼を貸切とは豪勢だな・・・。」

「馬鹿なこと言わないで! あいつらは遊女壊しで有名なのよ! 一人の遊女を全員で代わる代わる犯して楽しむ変態どもよ! まだ、店に上がったばかりの子や初めての子もいるのよ!」

「そんだけ悪名が轟いてるなら普通出入り禁止とかにするだろう?」

「・・・相場の何倍もの金額をおいてかれたのよ・・・。家の親父はそれを受け取った・・・。」

「それじゃあ法に則った事になるから誰も文句は言えねぇだろ。何より俺ンとこに持って来る話じゃねぇ。傭兵組合<マーセナリー・ギルド>に言うんだな。」

「そんな悠長に構えてられないのよ! アタシら苦界の人間は良く分かってるさ! この世の真理ってやつを! 弱い奴が強い奴に食われる! 当然の事さ! でも! でも! それでも救いがあったっていいじゃないか!」

机に両腕を突き項垂れる。

ヴァイオレットの脳裏に妓楼の娘たちの姿が浮かぶ。

涙が溢れてくる。

自分を心配する妹分。

自分の身の回りの世話をするまだ幼い子供たち。

遊女として生きて来た数々の出会いや旅立ち、そして死別。

走馬灯のように脳裏を走る。

何より一番の思い出が脳裏に描かれる。

(好きな人が出来たんですね! 良かったですね! 姐さん!)

ヴァイオレットは涙を流しながら目をカッと見開く。

さながら鬼女のように。

「なら! なら! アタシがあんたを雇うわ!」

「・・・雇うって・・・。」

「五百人もの傭兵団から遊女百人を逃がせなんて無茶は承知よ! でもあんたはそれが出来るでしょ! 戦役大陸なんて地獄から来たんだから何か手だての一つや二つ思いつきなさい! その代りお代は払うわ!」

「・・・そんな大掛かりな仕事を今からこなせってか? こちとら金も女も苦労してねぇ。それを踏まえたうえでお代は何を払うんだ?」

ジークの胸ぐらを両手でグッと掴んで持ち上げる。

「アタシの命を差し出すわ! 戦役大陸なんて地獄にいたぐらいなんだから死んだら間違いなく地獄行きでしょ! そこに付き合ってあげる!」

「死後の世界まで付き纏うつもりかよ・・・。」



「おい、準備は出来てるのか?」

猛牛の団の団長が配下に進捗具合を確かめる。

「逃げれれないように首輪をしてますから大丈夫でさぁ!」

下卑た笑みを男たちが浮かべる。

帝都から大分離れた荒野に天幕をいくつも張り中に十人ずつ遊女が入っている。

皆、涙を流し首を千切れんばかりに振る。

いくつもの助けを求める声が上がる。

猛牛の団はこの声を発する女たちを雌にする事に興奮を覚える異常性癖者の集まりなのだ。

だがその外道どもに鬼神が迫っていた。



「て、敵襲!」

警告を発した傭兵は首を斬り飛ばされる。

ジークの大剣が唸りをあげて次々と人を肉塊へ変えていく。

振るうは滅びの魔剣。

剣風に巻き込まれて何人もの傭兵が塵となる。

ジークは情報を冒険者の店で集めて猛牛の団が天幕を張る場所を割り出したのだ。

その後ジルベルクの密偵を撒くため、ある安宿にヴァイオレットと入り裏口から即座に抜けた。安宿の店主には相当の金を握らせている。

そうしてヴァイオレットを抱えて猛牛の団が天幕を張る荒野に馬を走らせたのだ。

(女は愛でるもんだよ!)

怒りに任せた魔剣がいくつもの命を刈り取り始める。



「てめぇ・・・。何者だ!?」

「口の利き方に気を付けろ青二才!」

ジークの一喝に猛牛の団の団長は腰が引ける。

それに構わず大剣が次々と傭兵の命を刈っていく。

五百人もの傭兵団は百名を切っていた。

逃亡するものが次々と現れた。

最後には猛牛の団の団長のみが残った。



「た、た、助けてくれ!」

「そう言って助けた遊女が今までいたか?」

「あ、あ、当たり前だ! 俺だってその位の事はする!」

「ホント救いようがねぇ。嘘だって分かるっての。遊女の世話をする十にも満たない幼子までこんな場所に連れて来るんだ。その幼子にやる事やってんだろ? 俺も大概畜生だがオメェよりはマシだよ。」

「・・・・・・。」

「くたばれ。」

剣閃一撃。

首がまた一つ宙に舞う。



この光景をヴァイオレットは呆然として見ていた。

(一人で五百人の傭兵団を壊滅させた・・・。)

この時強い風が吹きジークのマントがはためきフードが外れる。

月夜の中長い金色の髪が靡き金色の瞳がヴァイオレットを捉える。

「お望み通り終わらせたぞ。」

何事も無かったように振る舞うその姿にヴァイオレットは心がときめいた。

「金色の髪に金色の瞳・・・。あんたが戦役大陸最強と言われる戦禍を招くもの<ストームブリンガー>・・・。」



翌日ジークは朝早くから妓楼に来ていた。

妓楼の大広間を貸し切って遊女全員を集めて酒宴をしている。

生まれたままの姿のヴァイオレットを侍らせている。

ヴァイオレットは昨夜ジークの相手をしていた。

その為臍を中心に魔法陣が刻まれている。

ヴァイオレットも何も気にせずに酌婦に徹している。

「そこの禿。店主を呼んで来い。」

「はい、ただいま。」



「お呼びとの・・・。」

言葉はそこで止まる。

目の前に金塊の山が積まれているのだ。

「ここの遊女を禿ごと俺が貰い受ける。嫌だなんて言わせねぇ。お代はそこの金塊だ。」

凄みを効かせて発せられた言葉に店主はただ頷くしかなかった。



(アタシらはこうして苦界から抜け出すことが出来た。その代りとしていけ好かない帝国貴族や豪商たちの秘密を喋るだけでこれからの生活の自立を助けてくれるって言うんだかジーク様様よ。)

ヴァイオレットは自のお腹を撫でる。

説明は受けたがだから何だと言い切った。

戦場でもどこでもついて行って伽の相手をする。

今までと変わらない。

相手が雄から男に変わっただけ。

その男の名前がジーク=ペンドラゴンという事が分かればいいのだ。


推敲はしてますが思い込むと誤字脱字に気が付きません。

お話の矛盾等ありましたら併せてご報告ください。

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