想いは募り
本日二度目の投稿です。
お読みいただきありがとうございます。
スイストリアに人質として来ているレオノとユーディットは王都にある迎賓館の一つに居を移している。
スイストリア王国の重臣達が機密が手に入りやすい王城内を闊歩されるのを嫌ったのだ。
だからと言って四六時中見張りを付けっ放しにする訳にもいかない。
そこで周囲の見張りがやりやすい迎賓館を選びそこに移したのだ。
迎賓館内部であれば自由はきく。
それは籠の鳥を意味した。
レオノはあてがわれた私室で頭を抱えていた。
ユーディットの事である。
明らかに一目惚れをしている。
必死にその感情を殺そうとしているが恐らく無理だろう。
ジルベルクから来た二人は厳しい冬のスイストリアでの生活をこうして始めた。
「寒くはないか?」
雪が降る中、この日もジークが訪ねに来た。
ユーディットは具合が悪いと言って会おうともしない。
仕方なくレオノだけで会う事にする。
様子を見に行ったレオノが帰ってくるまでの間にジークがお茶を淹れる準備をしていた。
レオノにとって殿方の手でお茶を入れてもらうなど初めての事だ。
口元に運ぶと非常に豊な香りがする。
(美味しい!)
お茶など高級品である。
そのお茶の葉をどれほど使ったのだろう。
そう思うと二口目が躊躇われる。
「気に入らなかったか?」
それを見てジークが入れなおそうとするのを止める。
「違います! とても美味しいので驚いているのです! スイストリアではこのように茶葉を贅沢に使っているのですか?」
「来年からお茶の生産に取り組む。それほど上等でなければ一般市民でも飲めるようにするつもりだ。」
「!? 一市民がお茶を飲む!?」
レオノには信じられなかった。
ジルベルク帝国では貴族でさえお茶は高級品なのだ。
それを一般市民にまで広めようと言うのだ。
驚くなと言う方が無理があった。
その驚きを無視してジークはレオノに視線を向ける。
ジッと見る。
何だろうと思い声をかける。
「私の顔に何か?」
ジークは目を閉じ深くため息をつく。
「ユーディット嬢の具合はどうなんだ?」
「! まだ健やかとはいきません。もう少し養生すれば元気になるかと・・・。」
「・・・医者も要らない薬も要らない。気の病か?」
「・・・。」
レオノは答えられなくなる。
誑し込みに来て逆に誑し込まれたなど口が裂けても言えない。
ジークが目を静かに開ける。
「明後日、街を案内する。その際はユーディット嬢も連れて行く。」
レオノの頭痛の種がまた増える。
「ユーディ、いつまでも会わない訳にはいかないわ。明後日、ペンドラゴン卿が自ら街の案内をしてくれるそうよ。その時には必ず付いてきなさい。」
「・・・はい。」
陰りのある表情の自分の妹がどのような反応をするかレオノは試したくなった。
「ユーディ、貴女お茶は好き?」
「? 嗜む程度です。そもそもお茶のような貴重な品が容易に手に入る訳がありません。」
自分と同じ考えのユーディットに今日の事を伝える。
「そのお茶が近い将来、一市民でも楽しめるとしたらどうする?」
「!? お茶などと言う高価な品をどうして一市民が手に入れられるのです!?」
「・・・ペンドラゴン卿が言うにはお茶の生産が始まるらしいの。その生産が軌道に乗れば一市民でも貴族でもお茶を楽しむ事が出来る様になるそうよ・・・。」
「・・・ペンドラゴン卿が・・・。」
「今日なんか茶葉をふんだんに使って美味しいお茶を自ら淹れてくれたわ。」
「え!? ペンドラゴン卿自らお茶を淹れられたのですか!?」
「普通女中にさせるわよね・・・。」
「・・・そのお茶をレオノ姉様はお飲みになられたのです?」
「えぇ、飲んだわ。香り豊かでとても澄んだ色で美味しかったわ。」
「・・・ズルい・・・。」
「仮病を使うあなたが悪いのよ。とにかくそう思うなら明後日の視察には必ずペンドラゴン卿のお供をしなさい。」
「・・・はい。」
レオノはようやく妹と約束を取り付けた。
視察当日、ジークは迎賓館を訪れた。
寒くない様に冬支度をしたレオノとユーディットが待っていた。
「待たせたか?」
「私達も今準備が出来た所です。ただ、・・・」
「疑問があります。」
「疑問? 何だ?」
ジークが首をかしげるのでレオノはその疑問をぶつける。
「私達はジルベルク帝国の貴族です。スイストリアの街並みを見せてもよろしいのですか?」
ジークはこの疑問を一言で斬り捨てる。
「構わん。」
レオノとユーディットは顔を見合わせる。
今度はユーディットが疑問をぶつける。
「何故です? 何故構わないのです?」
ジークは目を閉じる。
どう説明すべきか言葉を選ぶが正直に言う事にした。
「お前たちからは偽物の臭いがする。」
「偽物の・・・?」
「におい・・・?」
「あぁ、そうだ。民を考えてるって言うが、じゃあその民をどの位知っている? 税を納めるのにどの位働いているか理解しているか? 俺たちが口にしているパンや野菜などはどうやって俺たちの口まで運ばれてくるか知ってるか?」
「そ、それ位は知ってます!」
「馬鹿にしているのですか!」
レオノもユーディットは気色ばむ。
それをジークは真っ向から否定する。
「いや。分かってない。その証拠に食事を当たり前のように取る。感謝が無い。」
「食事に感謝?」
「食べられるって事がどれだけありがたいか今日の視察で分かってもらう。」
そう言ってジークは護衛の者達と歩き出す。
レオノとユーディットが呆然としているとジークに声をかけられる。
「ボサッとしてるとおいてくぞ。」
レオノとユーディットは穀物の備蓄庫に案内された。
「ここは主に稗<ひえ>や粟<あわ>や黍<きび>などが保管されている。こいつらは冷害に強いからロッツフォードではよく栽培されている。ここにあるのは万が一に備えて民が飢えない様にするための保管庫だ。ちょうど昼時だ。ここで昼を取る。おやっさん! 準備できてるか!」
奥の方に向かいジークが声を張る。
それに何者かが答える。
「あぁ! 侯爵! こっちに来てくれ!」
ジークが二人を振り返る。
「行くぞ。」
出された食事は貴族が食べるような器に乗っていない。
質素なものだ。
それを指さしながらジークが指示する。
「食べてみろ。お世辞にも美味しいとは言えないから。」
レオノとユーディットは恐る恐る口に運ぶ。
食べられなくはないがジークが言う通りお世辞にも美味しいとは言えない。
「これらを食して何が分かると言うのですか?」
レオノがジークに問いかける。
ユーディットもレオノの隣で頷く。
「このお世辞にも美味しくねぇものを民が腹を満たすために食してる姿を思い浮かべる事が出来るか? 一市民が俺らと同じものを常に食することが出来るなんて思ってねぇか? ましてや戦場ではまともに飯にありつけなぇ事なんざザラだ。その味を忘れんな。それが民が必死になって食べてるものだ。」
「・・・・・・。」
レオノとユーディットは無言のまま最後までちゃんと食した。
「お前らホント民情に明るくねえのな・・・。」
レオノもユーディットも言葉を返せない。
あの後、王都を巡り色々質問をぶつけて二人の貴族としての知識不足を指摘した。
露店一つに至るまで商売とは何かを問うたのだ。
民はジークが来ると快く教えてくれる。
(日ごろからいかに民と接しているかが良くわかるわ・・・。)
レオノは脱帽した。
何せジークが一人一人の名前やあだ名を言ってるのだ。
日ごろからの付き合いが無いと覚える事など難しい。
そのジークが空を見る。
「そろそろ帰るぞ。」
十分回ったのだろうか?
そう思っているとジーク一行に声をかける者がいる。
「侯爵様、今日はえらい別嬪さんをお連れのようですねぇ。」
見ると露店の店主らしき老人が声をかけて来た。
「何だ、泥棒爺さんかよ。」
「ひでぇあだ名を付けられたもんだ。」
そう言って露店の店主は笑う。
「爺さんは片付けたのか?」
「いんや、これからさ。侯爵様は?」
「これから帰る。」
「なら、早めに帰った方が良いよ。」
「あぁ、そうする。」
レオノとユーディットをそっちのけで話を進める。
「あの、まだ日は高いし天気も良いのに帰られるんですか?」
ユーディットが割って入る。
一つぐらい褒められてから帰路に付きたかった。
だが、ジークと泥棒爺さんと呼ばれた人物があっさり否定する。
「これから天気が崩れる。」
「吹雪くだろうねぇ。」
レオノもユーディットも信じられなかったが言う通りに帰路に付いた。
迎賓館近くになると空が曇りだす。
案の定吹雪となった。
「今日は俺もここに泊るから。」
レオノもユーディット目を丸くして驚いた。
ユーディットは私室で落胆していた。
何一つ敵うものが無かった。
特に食事の事情を言われた時は恥ずかしかった。
ジークに言われた通り感謝という事をしたことが無かった。
民が何を食してるかなど考えたことも無かった。
同じものを食べてるとばかり思っていた。
あの雑穀類の味がまだ舌に残っている。
(私は貴族と言えるのかしら・・・。)
(上は天文に通じ、下は民情にまで至る。あれを貴族の手本にされたらどの貴族も偽物になるわ・・・。)
レオノも自室でうなだれていた。
誑し込むなどとんでもない。
逆に説法を説かれそうな気がする。
(これだけの男がなぜ女癖だけが悪いのか気になるわ。ジルベルクにまで聞こえてくるのだからスイストリアでも当然話になっているはず。なのに民は積極的に話しかけて来る。忌避感が無さすぎる。きっと何かあるんだわ・・・。)
レオノは晩餐後に思い切ってジークの噂話をぶつける事にした。
「・・・・・・。」
レオノもユーディットも緊張の中にいた。
ジーク=ペンドラゴン侯爵が厨房に入り自ら料理を作っていると聞かされた。
「レオノ姉様・・・。」
「何? ユーディ。」
「まともな物が出て来ると思いますか?」
「私はどちらかと言うと凄く美味しい物が出てきそうな気がするわ・・・。」
「・・・・・・。」
そうして二人揃って黙っているとジークが部屋に入って来た。
「? ペンドラゴン卿? 料理は?」
「今運ばせてる。」
その言葉と共に料理が運ばれてくる。
「まずは魚の白子と鶏肉の詰め物、後は貝柱だ。」
見たことが無い盛り付けに二人は恐る恐るナイフとフォークを入れるて口に運ぶ。
「! まあ! まあ! まあ! まあ!」
レオノは驚く。
ユーディットも同様だ。
「いかなる味付けをしたのですか!?」
「妙なる味とはまさにこの事です・・・。」
皿をあっという間に平らげると次の料理が出て来た。
「次はイモを使ったスープだ。」
二人とももう躊躇いはない。
スプーンですくい口に運ぶ。
一言も発しない。
「次の料理を運んでくれ。」
運ばれて来た料理を見てレオノもユーディットも眉をしかめる。
「これは何ですか?」
「豆を使った調味料で味付けした穀物の焼飯だ。」
聞いたことが無い言葉がいくつも並ぶ。
「あの、豆から作る調味料なんて聞いたことがありません。それにやきめしとは何ですか?」
「ロッツフォードでは麦のほかに陸稲っていうのを育ててる。その陸稲を使った料理だ。」
皿に半球状で盛り付けされた料理が運ばれる。
「この味付けは・・・。塩と・・・。」
「まさか・・・。まさか! 胡椒ですか!?」
「まあな。」
あっさりとジークは認める。
「香辛料なんてそんな貴重な品を使うなんて・・・!?」
「ここまで味付けに使うなんて貴方は頭が狂ってるのですか!?」
「だって俺、樽で三つ胡椒持ってるもん。」
レオノもユーディットも信じられないという顔になる。
「冷めると美味くなくなるぞ?」
そう言ってジークはスプーンで食べ始める。
レオノもユーディットも食べる。
「じゃあ、最後に木の実を使ったお菓子だ。」
「!? 木の実!?」
「た、食べれるんですか?」
「嫌なら食うな。」
そう言って女中たちがお菓子を運んでくる。
「み、見た目は美味しそうですわね・・・。」
「・・・。」
レオノもユーディットも食べるのを躊躇ってるとジークが止めを刺す。
「お前らが躊躇っているその食いモンを民が食べているんだ。」
「!」
「俺たちは食べさせて貰っている側だ。グダグダ言わずに食え。」
そう言ってジークはさっさと食べてしまう。
「レオノ姉様。食しましょう。」
「! そ、そうね。」
勇気を持ってスプーンを口に運ぶと頬が緩む。
「「美味しい!」」
二人同時に叫ぶ。
「正に甘露とはこの事よ!」
「えぇ! 美味しいです! ホントに木の実から出来てるなんて信じられない!」
最後に女中が茶を淹れて〆にする。
「満足いただけたようで何よりだ。」
「気になっていたことがあります。」
食後のお茶を楽しんでるとユーディットが手を挙げて質問する。
「口の利き方が随分と乱暴になっていますが何故ですか?」
お茶を一口すすり唇を湿らせてからジークは答える。
「お前さんらが尊ぶに値しないと分かったからだ。」
「な!」
「・・・。」
「昼も言ったがお前さんらからは偽物の臭いしかしない。以前のスイストリアの貴族共と同じ官尊民卑の臭いだ。俺ら貴族は先憂後楽でなければならないのに。」
そう言ってまた一口茶をすする。
「かんそんみんぴ?」
「せんゆうこうらく?」
「そこからかよ・・・。いいか、官尊民卑は官を尊び民を軽視するという事だ。以前の貴族至上主義のスイストリアが正にこれだった。先憂後楽は天下の安危を民より先に憂い民より後に楽しむという意味だ。今のスイストリアがこれのに当たる。お前ら、帝国最古の貴族筋とか謳っているがどれ程のものなんだ?」
「それは・・・。」
昼間散々に知識不足を指摘された手前何も言い出せない。
「・・・お前らがこれからしなけりゃいけない事は貴族としてどう過ごすかだ。」
ジークの言い分に二人は眉をしかめる。
「政に女の身で口を出すなと言われます。」
「その政で女を使ってるのは何処のどいつだ?」
ジークの目が険しくなる。
「都合の良いときには女にするくせに都合が悪くなれば女のくせにと言う。女の行く行く末を軽んずるなと俺は言いたい。」
この言葉にユーディットよりレオノが過剰に反応する。
「なら! なら、貴方はどうなの! 何人もの女性を囲っておいて良く言えるわ! もうすぐ子供まで生まれるのに貴方の女癖の悪さはどうなのよ!? 私が知らないとでも思っているの!? ミシェル=ファーツとユノ=フローロを愛妾にした事ぐらい知ってるのよ!」
ユーディットは姉の剣幕にある事を悟る。
(レオノ姉様。貴女も・・・。)
「痛いとこを突いて来たな・・・。それも理由があるんだがな・・・。」
「理由ですって!?」
「・・・俺はある事情で姦淫の神格位を持っている。」
「!」
「神格位を持つ・・・。」
レオノもユーディットもジークを見る。
「そのせいで常に女を侍らせにゃならん。スィーリアが出来た女でな、奥の事をマリアンヌと一緒に取り仕切ってくれている。今思えば俺も限界ギリギリだったはずだ。スィーリアと出会わなければ俺は堕天して邪神になっていたかもしれねぇ。」
「邪神・・・。」
レオノの喉がゴクリとなる。
「俺が何人もの女性を囲うのは堕天して邪神にならない様に眷属を従えておかねばならないからだ。その為だ。ただ、誰でも彼でも無茶苦茶に求めてる訳じゃない。少なくともお互いに理解しあい、納得したうえで俺の女にしている。他にも色々と事情があるがそれはお前さんらに関係は無い。」
「関係ないですって!?」
ユーディットは何も言わない。
喋っているのはレオノだけだ。
そのレオノにジークが止めの言葉を発する。
「美女連環の計。」
「!!」
「俺が気付いて無かったと思っているのか? 気づいてたよ。お前らを使って俺を誑し込もうって魂胆だろ。もしくはファザード王の側室になり主従関係をズタズタにするつもりだったんだろ?」
レオノは崩れ落ちた。
(とっくに見破られていたなんて・・・。)
だが、ジークは気楽に構える。
「まぁ、ここスイストリアでまともな男でも見つけるんだな。」
「! 私たちを帝国に返さないのですか?」
「一応人質と言う名目があるしな。それに今のスイストリアにはまともな貴族しかいないから、お婿さん選び放題だぞ? 嫌な政略結婚よりはいくらかマシだと思うが?」
「・・・・・・。」
何も言わない二人を残しジークは部屋を辞した。
(ペンドラゴン卿は私たちの意思を尊重してくれている・・・。)
ユーディットは父に言われた言葉を思い出していた。
簡潔にジーク=ペンドラゴン侯爵を誑し込んで来いと言われた。
スイストリアに来る前日は大いに泣いた。
だが、こちらに来てからは穏やかに過ごさせてもらっている。
一目見た時から惹かれたあの澄み切った金色の瞳を思い出す。
(綺麗だったなぁ・・・。)
誑し込む相手に懸想したなど知れたらあの父は何を言うだろうか?
貶すだろうか?
はたまた政争の道具のままにするだろうか?
姉のレオノも恋慕してるのが今日分かった。
ジークが言う美女連環の計は最早破られている。
その上でユーディット達の意思を尊重し自由恋愛を謳歌させようと言うのだ。
(敵わないなぁ・・・。)
考えに耽っていると何やら耳触りのよい音色が聞こえてくる。
(姦淫の神格位・・・。そんな理由があるから女性を何人も囲っているのね・・・。でも、女性の方がそれを許容するなんて信じられないわ。それに他にも色々と事情があると言っていた。その事情とは何なの? はぁ、考えれば考えるほど分からない。何より一番分からないのが自分の事。なんであんなにも感情的になったの? スイストリアに来てから私、変よ!?)
考えに行き詰まったレオノの耳に心地良い音色が聞こえてくる。
「レオノ姉様!」
「ユーディ!」
帝国二大美姫が揃ってある一室の前に来ていた。
「貴女もこの音色に惹かれて?」
「レオノ姉様もですか?」
場所は酒宴の席を設ける開けっ放しの会場。
そこから聞こえる。
そっと中を見てみるとジークが弦楽器を奏でている。
琵琶と呼ばれるものだがレオノとユーディットは知らない。
流れて来る音の旋律は時に哀しく、時に優しく流れて来る。
聞き入ってると声をかけられる。
「どうせ聞くなら傍で聞け。隠れて立ちっぱなしより椅子にちゃんと座った方が楽だぞ。」
盗み聞きはばれていた様だ。
二人揃って入り、椅子に腰かける。
「楽器も弾けるのですね。」
「手慰み程度さ・・・。」
二人して聞き惚れているとジークが唐突に言い出した。
「やってみるか?」
何を? まさか演奏を?
「私経験ないです!」
あの見事な演奏を手慰みなどと言われれば自分の技量など取るに足らない。
そう思いユーディットは遠慮する。
「お前らが使うのはリュートって弦楽器だろ? こいつとは別モンだから変な音がしても笑わねえよ。」
そう言ってジークは琵琶をユーディットに持たせる。
「触るぞ。」
そう断ってからユーディットの手を持つ。
琵琶から音が流れる。
先ほどジークが弾いていた時よりはぎこちないが一応は旋律になっている。
ただ、ユーディットはそれどころではなかった。
(近い! 近い! 顔近い!)
胸が痛い。
顔を真っ赤にして見たことが無い弦楽器を嬉しそうに弾く妹を見るとイライラする。
爪が掌に食い込むほど握りしめる。
レオノは自分の感情の正体にやっと気づいた。
「次、お姉ちゃんの方な。」
「え?」
「ホイ、これ。」
そうして後ろから抱き付くように琵琶を持たせる。
自分の顔が熱くなるのが分かる。
(やるなどと言ってません!)
この一言が出てこない。
体が本心を体現している。
ジークの成すがまま琵琶を弾く。
ペンドラゴン卿が姉を後ろから抱きかかえるような格好で琵琶を弾かせる。
(私もそっちの方が良かった・・・。)
ユーディットはもう自分の心が誰に向かっているのかはっきりと認識した。
「ちゃんと旋律になっている・・・。」
「言っただろ、笑わねぇって。誰だって何をするにも初めてなんだから笑わねぇよ・・・。」
「貴方はこの楽器を演奏するときに失敗は?」
「手を切った。」
「まぁ。」
レオノは久しぶりに自然な笑みを浮かべる事が出来た。
妹を見ると見事に膨れっ面をしている。
ペンドラゴン卿と密着する格好が羨ましいのね。
・・・え? 密着?
今の自分の姿を思い浮かべて大混乱する。
その際に琵琶を支える手がずれてジークの手を切ってしまう。
「! 御免なさい!」
慌てて血が流れるジークの手を口に含む。
「あー!」
ユーディットが淑女にあるまじき大声を上げる。
それに驚くレオノは思わず口からジークの指を外す。
「ユーディット! 大声を出すなどはしたないですよ!」
「いや、どちらかと言えばお姉ちゃんの方がはしたない。」
「! 私の何がはしたないと言うのですか!?」
そういうレオノに自分の指を見やりジークはのたまう。
「普通、指咥えるか?」
やっと自分の行動に自覚が出たのだろう。
ミルミル顔が真っ赤に染まる。
その後はああでもない、こうでもないと姉妹で言い争う。
だがそれも傍から見れば喋喋喃喃、男女の楽しい会話である。
レオノとユーディットは認めるしかない。
自分たちが誰に思いを寄せているか。
ジーク=ペンドラゴン侯爵。
想いは募り愛となっていた。
推敲はしてますがやはり誤字脱字があります。
自分でも修正しますが、思い込みで気づかないものは気づきませんのでもしよろしければご報告ください。