報酬
ゴブリン共の襲撃から明けて翌日、ジークは巣に向けて朝も早いうちから出立した。なお、蒼薔薇は村の警護にあたっている。
巣の周りに転がっているゴブリン共の死骸から武器類を回収し、焼却処分した後、十分な注意を払いながら巣の探索をジークは始めた。
「予想はついちゃいたが、どうやら的中のようだな・・・。」
巣の中が整理整頓されているのだ。少なくともゴブリンの巣とは思えないぐらいにきれいに片付いている。まるで部屋の主は別な誰かであるように。
ジークは賭けに出た。ここに網を張ることにした。
『おい! 見張りはどうした! なぜ誰も出迎えない!』
男の声が巣の前で響く。網を張ったその日の内に魚がかかったことにジークは嬉しさを噛み締めた。
そして、獰猛な笑みを浮かべながら声の主に返事をしながら出迎える。
「いらっしゃい。ご希望のお出迎えです。お待ちしておりました。」
この返事に男は動揺した。
ここはゴブリンの巣だ。故にゴブリン語で問いかけたところ横から人間の言葉で返事をされたのだ。目の前にいるのは夜陰の如き黒一色の男。フードつきの外套を纏っているため顔までは分からないが男であることは間違いない。一瞬誤魔化そうとも思ったがゴブリン語で話しかけている以上無理と悟り、誰何した。
「キサマ何者だ! ここで何をしているいる!」
「なあに、冒険者って言うゴロツキだよ。ここにいるのはゴブリン共を根切りにしたからさ。」
「根切りということは皆殺しにしたのか? ありえん! あれだけの数をどうやって捌ける! 寡兵しかいないロッツフォードの辺鄙な村もどきで出来るわけがない!」
この言葉にジークの額に青筋が浮かぶ。「寡兵しかいない」「辺鄙な村もどき」の単語に何故か怒りがわいてきたのだ。
「寡兵で悪かったな。辺鄙で悪かったな。村もどきで悪かったな。だが、その台詞で確信したぜ。てめえ、・・・ジルベルク帝国の手の者だな。」
この時自分の発言が失言だったことに気がついた。まるでロッツフォードの村を狙っているように話してしまったのだ。
「まぁ、帝国の手のものだと考えれる理由は他にもあるぜ。例えばゴブリン共が使うにしちゃあ武器が上等すぎることだ。棍棒とか原始的な武器ならいざ知らず、これだけの巨大な群れが剣を主流とする金属製の武器で固めている事は不自然だ。ゴブリン共にあれだけの装備を与えて戦力にしようなんて考えるのはジルベルク帝国ぐらいだからな。後はゴブリンロードが使っていた魔剣だな。」
「魔剣だと?」
「あぁ、あれはな俺が知り合いの傭兵に餞別でくれてやった物だ。そいつは帝国から独立したグレステレンに行くって言ってた。グレステレンは南部未開拓地を開拓するために苛酷な環境におかれた奴隷たちが一斉蜂起して作った独立国家だ。反帝国体制をしいている。そのため戦となると帝国一国に限られてくる。そして戦で帝国に参軍していたゴブリンロードに不覚をっ取って殺されて挙句、魔剣を奪われたんだろ。だからあのゴブリン共が帝国の尖兵だと判断したんだ。他にも色々な可能性を考えたが長いこと戦場に身を置く俺としちゃあこう考えるとしっくりくるのさ。・・・そしてお前らの狙いは監視の目をロッツフォードに向けることだろ。」
男の動揺は混乱に変わっていた。なぜという単語が渦を巻く。
なぜゴブリン共がいない、なぜゴブリン共を殲滅することが出来たのか、なぜ失言してしまったのか、なぜ作戦を言い当てられたのか、なぜ、なぜ、なぜ・・・。
そんな混乱の極みに陥りつつある男の心情など無視してジークは言葉をつむぎ続ける。
「ここロッツフォード領は本国のスイストリア王国、同盟国のファーナリス法王国、緩衝地帯であるマテリア平原、そして北部未開拓地が隣接する場所だ。もしここで妖魔による戦が起こればスイストリアは行軍する。例えわずかでもあれ視線は北へ移る。それと時を同じくしてここにいたゴブリン共のような群れを奇襲と即時離脱を行う少数の幾つもの部隊を未開拓地側からファーナリスに展開し動きを封じる。そのわずかな隙を突きマテリア平原を占拠。スイストリアとファーナリスの隣接する国境部分を分断する。超短期決戦を持ってスイストリを併呑する。そのためには内部からの手引きも必要だろう。内通者や戦になったら帝国側に呼応する謀反人も仕込んであるんだろ。どうだ?」
男の表情は崩れきっていた。
帝国軍部の機密作戦を言い当てられたせいだ。
だが、この夜陰の如き男に作戦が見抜かれている事を本国に伝えねばならない。
特に捕まる訳にはいかない。今日に限って自分が帝国兵であることを示す証拠を持って来てしまったのだ。
武器を構えて殺害の意思を伝えた。
「そっちの方が分かりやすくて助かるぜ。」
そう言ってジークは男に襲い掛かった。剣閃はおろか身のこなしも見えなかったのだろう。男は何も出来ずに、ただ首を宙に舞わさせただけだった。
狙っていたものを求め男の亡骸をジークは漁っていた。
「武器・・・、金・・・、おっ晶貨。ってことはこいつ魔法も使えたのか? 他には・・・密書っと。これだけ手柄があれば十分だろ。」
こうして明け方近くになってジークは下山した。
その下山したジークを待っていたのは騒ぎだった。村を救った英雄が一晩帰ってこなかったのだ。特に瞳いっぱいに涙をためたスィーリアを見せられて文句や言い訳が出来なくなり平謝りする自分を情けなく思っていた・・・。
「流石スィーリアの夫になるだけはあるね。よく持ち帰ってきてくれた。」
平謝りを散々した後、伯爵に事の顛末の報告と密書を渡しに来ていたジークはこの言葉を聞いて更にぐったりとした。
「・・・そういうことばっかり言ってるといずれ信用をなくすぜ、伯爵。」
「大丈夫、大丈夫。聞かれても困らない人の前でしか言わないから。」
昨日公衆の面前で嫁にどうかと発言した奴が何を言うと内心毒づきながら報告を続けた。
「とにかく王家に報告だな。そうすりゃファーナリスにも連絡が行くだろ。今すぐにどうこうは出来ないだろうがいずれ内通者や謀反人を処罰して中央に人事の穴があく。これだけの手柄だ。中央に返り咲けるだろ?」
「あ、それ無理。」
なぜ無理なのだと眉を顰めるジークに伯爵はお気楽に答え始める。
「言ったでしょ? 僕すごく疎まれてるって。今の御世の間には中央へは還れないだろうし還るつもりもないよ。 恐らく要職どころか領地の加増も認められないんじゃないかな? 貴族として当たり前のことを当たり前のようにやったって事でお褒めの言葉とそれなりの報奨金が出て終わりだよ。」
「・・・俺の苦労っていったい・・・。」
「紹介状書いてあげようか? 士爵にどうかって。」
「全力でお断りだよ!!」
「じゃあお待ちかねの報酬の話に移ろうか。」
なんとなく含むものを感じたジークは伯爵に問いただした。
「士爵にしたらスィーリアと結婚させる障害が減るなあとか、報酬にスィーリアが欲しいと言ってくれないかなあとか考えてるんじゃねえだろうな?」
「・・・・・・」
「黙るな伯爵! 何か言ってくれよ!」
「ははは、冗談冗談。出来うる範囲で用意するから遠慮なく言ってよ。蒼薔薇の皆もお金を貰うことで納得しているから。」
徹夜明けや今までのやり取りで疲れやイライラが頂点に達していたジークは本当に遠慮なく要求を出した。
「まず、ゴブリン共の武器の検分は俺がする。そのとき俺が欲しいものは幾つでも貰える事。いつまでも宿屋暮らしはごめんだ。家を建ててくれ、家を。研究とかいろいろしてぇからな。後、報奨金の半分は俺が貰うぞ。」
こうしてかなりの無茶を要求したのだが、
「うん、いいよ。」
と軽く受け入れられてしまいジークの方が怯んでしまった。
「ちょっと、いいのかよ伯爵! これから色々と物入りだぞ? 柵の補強や堀の構築、見張り櫓の建設とか怪我人の治療とか開拓とか・・・。」
そう言いながら頭の仲でこれから村にかかる費用を試算し弱気になるジークに伯爵は言ってのける。
「ゴブリン共の武器は本来なかったものと考えられるよ。使え人も少ないんだから過剰在庫なんていらないよ。それに全部持っていくわけじゃないんでしょ。だったらいいよ。自宅に関しては研究がしたいって言ってたからその成果を地元に落としてくれればいいから別にかまわないよ。先行投資ってやつだね。報奨金に至ってはジーク君がほぼ一人で解決したようなものだから全部貰っても良かったんだよ。」
それでも気を使い言いよどむジークに伯爵はぴしゃりと言い切る。
「武器は好きなだけ漁ってください。お家も建てます。報奨金の半分を報酬として渡します。以上。」
こうしてジークはわずか三日で村一番の資産持ちになるのだった。