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哀は愛となり

ジークの目の前で二人の女性が書物を読み漁っている。

ここはロッツフォード領の天使の輪<エンジェル・ハイロウ>内のジークの書庫である。

女性達の名はミシェル=ファーツとユノ=フローロ。

ジークはジッとこの二人を見ていた。

曇天と言う字を持ち人道の神格位で有りながら堕天したルーフェン=ウェインを討ってから一月が過ぎている。

忙しい中、時間を割いて二人に神格位とは何か、眷属とは何かを教えているのだ。



「・・・復讐に走ると思っていたんだがなぁ・・・。」

このジークの呟きにミシェル=ファーツとユノ=フローロは書物から顔を上げる。

何の事かと思い眉根を寄せるがすぐにルーフェン=ウェインの仇討の事だと悟る。

ミシェルが先に答える。

「・・・いくら好きな相手だったとは言え初体験が強姦では気持ちが一気に冷めてしまったわ。アタシがここまで付き合ったのは仲間しての最後の務めだと思ったからよ。仇討なんてその範疇を超えるわ・・・。」

次いでユノも答える。

「私も同じです。強姦をされた時にルーフェン=ウェインは私の中で男性ではなくなりました。むしろ憎悪の対象になりました。ですがそれは自業自得。私たちの行いの所為でルーフェンが歪んでしまったのですから。」

神格位の歪みは邪神化につながる。

知らなかったでは済ませられない。

大陸が滅びかねないからだ。

そのことを分からせるために教えを開いている。

「・・・今日はここまでだ。」

ジークの宣言で本を閉じる。

「「ありがとうございます。」」

二人一緒に謝辞を述べて席を立つ。

出口まで送るためジークも席を立った。



ミシェル=ファーツとユノ=フローロは一軒の家をあてがわれている。

そこはジークがお忍びとして使う家だ。

小さいながらも風呂もついている。

最初は冒険者として生計を立てると言っていたのだが、ジークが一喝したのだ。

ただでさえ眷属や神格位、霊格について知らないことが多いのにこの上学ぶ時間を削る気か、と怒られ勉学のほかにも生活の面倒も見てもらっているのだ。

勿論、体が鈍らない様に稽古もつけている。

二人はこのあてがわれた家に帰ろうとしていた。



「寒っ!」

「ロッツフォード領の冬は厳しいと聞いていましたが噂以上ですね・・・。」

冬の寒風が二人の間を通り過ぎる。

雪を踏みしめながら家路に着く。

二人は普段は家路に着くまで会話をしない。

それぞれ思うところがあるのだ。

(あんな事があったのにこんなに世話をしていただけるなんて・・・。ルーフェンの事は確かに好きだったけど今ではその思いも無い・・・。強姦されてからずっと無理やり相手をさせられてきたから、思いがどんどん薄れたのね。そして代わりに見せられたのがジーク様の度量の大きさ。無属の眷属化が進む中で安心していられるのはジーク様が傍にいてくれるから余裕がある。眷属になるならジーク様の眷属になりたい・・・。ユノはどう思っているのかしら・・・。)

(ミシェルはきっとジーク様の眷属への道を選ぶでしょうね・・・。それに比べ私はルーフェンに犯された事にまだ整理をつけれないでいる・・・。私はジーク様に癒されたい・・・。)

天使の輪<エンジェル・ハイロウ>の窓から二人を見送ったジークが見ていた。



部屋に戻ると愛妻のスィーリアが待っていた。

お腹もだいぶ大きくなっている。

慈しむようにそっと抱き寄せる。

その後お腹を優しくさすり、耳をつける。

スィーリアは夫のこの行動が愛によるものから来ている事を嬉しく思った。

この人と出会えてよかった。

この人と結婚して良かった。

そう思える瞬間である。

「あの二人の様子はどうですか?」

跪いてお腹に耳をつける愛する夫を立たせて近況を聞く。

「毎日勉強漬けさ。知らないことが多すぎるからこのままじゃよそ様に預ける事ができねぇ。」

「預けるって・・・、一体・・・?」

スィーリアは戸惑っていた。

二人にその気があればジークの眷属として愛妾に迎え入れるつもりだったのだ。

二人にもジークにも話してある。

「戦役大陸にいる神格位を持つ知り合いに預けるつもりだ。」

スィーリアもやっと夫の言動に合点がいった。

「ねぇ、あなた。ひょっとしてあの二人をどう扱っていいか分からないんじゃないの?」

「・・・・・・。」

「なら、遠慮なく自分の眷属にしてしまいなさい。あの二人も喜ぶわ。」

「・・・俺は仇なんだぞ?」

「恨みが有ったらそうでしょうけど、あの二人にそれがあった? 無かったでしょう? なら仇じゃないという事よ。」

「・・・・・・。」

「ジーク?」

「ちょいと出かけて来る・・・。」

行き先にぴんときたスィーリアは上等な酒を一本用意する。

「誰も居ないでしょうがあまり失礼を働かないでくださいね?」

片手でそれを掴み残りの手をヒラヒラさせて分かったという意思を伝える。



ロッツフォードの外れにある墓地にジークは足を運んだ。

しばし歩きある墓の前で止まる。

「よう、勇者様・・・。」

今日はルーフェン=ウェインの月命日だ。



「面倒くせぇ事ばっかり残して逝きやがって。てめぇがもっとしっかりしてりゃああの二人も幸せになれたんだ。お前の嫁としての人生を歩めたんだ。それを女と性交すりゃあ神格位が上がるとか出鱈目信じて強姦なんざかましやがて・・・。あの二人の人生がどれだけ狂ったかお前分かってるのかよ・・・。」

そう言って墓石に酒をかける。

「一番上等な酒だ。飲め。」

雪が降りシンと静まり返った中、酒を注ぐトクトクという音が響く。

注ぎ終わると無言のまましばらくたたずむ。

うっすらと肩に雪が積もる頃、踵を返し帰路に着く。

「じゃあな。」

ただ一言を残して。



「お前らに確認することがある。」

翌日ジークはミシェルとユノに覚悟を聞きに来た。

「俺は当初戦役大陸にいる神格位を持つ知人にお前らを預けるつもりでいた。」

この言葉に二人は慌てる。

「嫌よ! 今更戦役大陸なんて行きたくない!」

「そうです! 何が気に入らないのですか!?」

「行きたくないわよ! 私を眷属にするのはそんなに嫌なの?」

「処女じゃないといけないんですか!?」

「落ち着け、一回。」

興奮し始めた二人をなだめる。

ジーク自らが深呼吸をすることで二人にも一息つかせる。

「当初って言ったろ。だがな、迷ってるってのもほんとだ。」

「・・・・・・?」

「迷うとは何をですか?」

「お前らを俺の眷属にしていいのかどうかという事だ。」

「・・・アタシはなりたい。」

「強姦された心と体の傷をジーク様に癒していただきたいです。」

「・・・俺は仇だぞ?」

「アタシ達の心とルーフェンの心はとっくに切れてた。ジーク様はそれをきっちり目に見える形にしてくれただけよ。恨むなんて筋違いだわ。」

これにユノが頷く。

「それに民を慈しむジーク様のお姿をずっと見て参りました。ジーク様さえよければ眷属として御側に侍りとうございます。」

「それとアタシ、今月の月経が来たから子供を身籠ってはいないよ。」

「ミシェル! ズルい! 私だって来ていません!」

(二人は哀しみを乗り越えたんだな・・・。いつまでも引きずる俺の方が情けねぇか・・・。)

「ミシェル。覚えているか一月前に言ったことを。」

「?」

「スィーリア達に出来ないことをして欲しいと言ったろ。」

「! じゃあ!」

「言っとくが俺の眷属になるという事は性交するという事だぞ。」

「分かってる。」

「分かってます。」

「スィーリア達にしないことをさせるからな。」

「それも分かってる。」

「はい。」

「・・・随分聞き分けが良いな?」

「スィーリア様達に散々話を聞きに行ったもん。」

「伽の仕方を始め色々な事を教えてもらいました。」

「・・・そうか。俺と違ってお前ら暇を持て余してたもんな・・・。」

「そりゃあ勿論。ホントに好きになった人の為だもん。」

「一生懸命覚えましたよ?」

「色々忙しいからな。しっかりついて来い。」

「「はい!」」



ミシェル=ファーツとユノ=フローロは仲間を失うという哀しみを乗り越えた。

その先にジークと周りの人々からの慈愛を受ける事で新しい道を歩きはじめる。

哀は愛となった。


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