愛慕激情
お読みいただきありがとうございます。
サブタイトルは「愛慕」と「激情」を組み合わせた作者の造語です。
四文字熟語ではありませんのでご注意下さい。
アーヴィルはジルベルク帝国対策砦に無事入る事が出来た。
その後、夜遅くに主将であるヒョードル将軍と配下の兵、客分のジークが入って来た。
今回のアーヴィル姫の誘拐事件は無かったことにされ闇に葬られた。
一国の姫君が敵国に誘拐されたなどあってはならないことだ。
ヒョードル将軍配下の兵にも緘口令が敷かれた。
だが、この事件でアーヴィルは自らの運命を決める。
「アーヴィル! よく無事で!」
ファーナリス法王国王都にアーヴィルはジークと共に戻っていた。
そんなアーヴィルにファーナリス法王国ザイン公爵家嫡男カルロスが声をかける。
人の口には戸は立てられない。
アーヴィル姫誘拐事件は知る人には知れ渡っていたのだ。
「御心配をおかけしました。ですが以前から言っておりますが気安くはありませんか?」
素っ気なく挨拶をする。
冷めた目でカルロスを見る。
この挨拶の仕方にカルロスは気を悪くした。
「何だい? その言い方は? 婚約者が心配しているんだ。もうすこ・・・。」
この言葉にアーヴィルは過剰に反応した。
「いつ私が貴方の婚約者になりました!」
女中や城に登っている貴族たち周りの視線を一斉に集める。
「アーヴィル・・・。このファーナリスで僕以上に君に相応しい婚約者はいないよ?」
「止めて下さい! 汚らわしい!」
「けが・・・!」
だが、アーヴィルの過剰反応は更に増す。
「そうやって自称婚約者を周知させる事で私がどれだけ迷惑を被っているか知っているのですか!? 父上も母上も兄上も貴方と婚約させると言われたことは一度もありません! いいですか! 一度もです!」
親の仇を見るが如く見が険しい。
「貴方の妻になるぐらいなら今ここで自害します!」
ここまで言われカルロスも黙っていない。
「ほう、では誰と結婚すると? アーメリアスのプリス王子は婚約者がいる。他に嫁ぎ先は無いよ。僕以外の誰と結婚できると言うんだい? いないよ。僕しか。」
この言葉を聞きアーヴィルは踵を返す。
これ以上話すのは無駄だと判断したのだ。
「どこへ行くんだい?」
そのアーヴィルを追う様にカルロスがついてくる。
アーヴィルは苛立たしげに問い詰める。
「どうしてついて来るのですか?」
「僕も未来の義父に挨拶をしようと思ってね。」
再びアーヴィルは激昂する。
「ついて来ないで下さい! こんなところをジーク様に見られ変に勘ぐられでもしたら私は生きてはいけません!」
「・・・ジーク様ってあの邪神討伐の?」
「そのジーク様です。」
しばし二人は睨み合う。
「ひょっとして懸想してるのかい? あのすけこましに。」
瞬間アーヴィルの平手がカルロスの頬を叩く。
「最低!」
アーヴィルはそのままカルロスを置き去りにして父であるファーナリス法王国国王ヨルバの元へ赴こうとした。
「ジーク殿、此度は本当にありがとうございました。」
ヨルバは愛娘を救ってくれたスイストリア王国侯爵ジーク=ペンドラゴンに丁寧に頭を下げた。
「ヨルバ陛下、面をお上げください。」
ジークの両手を取り、頭を下げて礼を述べるヨルバを起き上がらせる。
「ヨルバ陛下、覚えておいでですか? 我が義父ソルバテスがフブカの手により捕らえられ拷問を受けた時の事を。」
これにヨルバは頷く。
「あの時は戦時中にも係わらずファーナリス法王国に大変な負担を強いたのです。その御恩を忘れたことなど一度もありません。やっとその御恩返しが出来たのです。ですのでそのように畏まられてはこちらが困ります。」
「・・・そうか。そうであったな。」
ヨルバは内心ではそんな事は無いと思っていたが、これ以上礼を述べるとジークが本当に困ると判断しこれで手打ちとする様を取ったのだ。
ジークも勿論分かっている。
そして軽く談笑したのち本題に入った。
「ジーク殿、ジルベルクは今後どのような手を打って来るだろうか?」
「ジルベルクの被害は甚大なものです。当面は動きたくても動けないでしょう。何よりこれから冬が始まりますので戦などできません。諜報戦となります。少なくとも一年は大人しくなるでしょう。だからと言って油断はできません。必ず何某かの策を用いてきます。我々も先の同盟同時侵攻で少なくない被害を出しております。特に激戦を繰り広げたグレステレンの被害が馬鹿に出来ません。しばらくはこちらも国力の回復に努めねばなりません。」
「・・・国力の回復か・・・。」
「はい。」
話し合いは夕刻まで続いた。
「いい加減にしてください!」
カルロスのあまりの執着にアーヴィルは再び怒声を発する。
その執着ぶりは女中達すら眉をひそめるほどだ。
「私が誰に愛慕の情を抱こうと貴方には関係ないはずです! いい加減付きまとわないでください! 何度も言う様にこんな所をジーク様に見られて変に勘ぐられたくありません! 非常に迷惑です!」
「先ほどからジーク、ジークと! どこが良いんだ! あんな元ごろつきの!」
とうとうアーヴィルの我慢が限界を超えた。
スッと表情が消える。
「私はまだ少女の頃からジーク様をお慕い申しておりました。そして今回の一件でジーク様は敵の本陣深くまで潜入して私を助けてくれたのです。そこからさらに私の逃亡の時間を稼ぐために一人で一千の兵の前に立ったのです。私の為にここまでしてくれた殿方を恋い慕うなと言う方が無理です。」
「分かっているのかい? いくら英雄と言われても所詮は侯爵だ。何よりすでにロッツフォード公爵の御令嬢を正室として貰っている。アーヴィルが正室になることは出来ないよ。ペンドラゴン侯爵とロッツフォード公爵の仲は水魚の交わり。愛娘であるスィーリア様を差し置いてファーナリス法王国の姫君を貰うとなればその関係にも・・・。」
「ふふふふふふふ。」
アーヴィルは突然笑い出した。
「何が可笑しいんだい?」
「これが笑わずにいられますか。貴方はそんな勘違いで私と結婚できると本気で思っていたのですか?」
「・・・勘違い?」
「例え安娼婦のように扱われてもジーク様の愛妾になれるなら本望です。」
胸を張りカルロスの目を真っ直ぐに見つめる。
「ましてや姉と慕うスィーリア様を差し置いて正室の座に就こうなどとは思っていません。分かっていないようですのではっきり申します。私はジーク=ペンドラゴン侯爵以外の殿方に身も心も許すつもりはありません。」
この毅然とした態度にカルロスはようやくたじろいだ。
「晩餐会の前だというのに何の騒ぎだ?」
とうとうヨルバの耳のもアーヴィルとカルロスのやり取りが聞こえる様になった。
「アーヴィル、淑女としての嗜みが足らんぞ。そんな事でジーク殿の御側に侍る事が出来ると思っておるのか?」
「!! 申し訳ございません!」
このやり取りに重大な言葉が隠されていることにカルロスは気づいた。
「・・・陛下、その言い様ではまるでアーヴィル姫がジーク=ペンドラゴン侯爵の元に嫁ぐように感じられますが・・・?」
カルロスの声が震える。
「その通りだが。」
ヨルバはあっさりと認める。
これに狂喜乱舞したのはアーヴィルである。
「では、スイストリアでも御認めいただいたのですね!」
「我が盟友、ファザード王も是非にとの事だ。お前が姉と慕うスィーリア=ペンドラゴン侯爵夫人も準備をしてお待ちしてる。」
これらの言葉を聞いてアーヴィルはジークに歩み寄る。
喜色満面である。
「ジーク様、本当に? 嘘ではありませんよね?」
ジークはそっとアーヴィルの頬を撫でる。
「アーヴィル・・・。」
この一言でアーヴィルは色艶を醸し出す恍惚とした表情をする。
ジークの胸の中に飛び込み首に手を回し抱き付く。
「やっと・・・やっと夢が叶いました。ジーク様・・・ジーク様・・・。」
ジークの胸に頬ずりする。
このアーヴィルの豹変を見てカルロスは慌てる。
「何故です!!」
一番納得いかなかったのはファーナリス法王国のザイン公爵家嫡男カルロスである。家柄から何まで全てに至るまで自分以外いないと思っていたのだ。
ヨルバの目に冷酷さが宿る。
「また己か、カルロス。いい加減お主も結婚せよ。」
ジークとアーヴィルが顔を見合わせる。
「ヨルバ陛下。・・・その・・・結婚とは?」
おずおずとジークが質問する。
ヨルバが呆れながら説明する。
「こやつにはザイン家が決めた許嫁がおる。その許嫁がかなりの恐妻でな。結婚しないのは自分には王族のアーヴィルと言う相思相愛の女性がいると嘘を申して逃れておるからだ。この国で王族のアーヴィルと言えば我が娘しかいない。下手なことをしようものなら取り潰しの憂き目にあうと思ってザイン公爵家でも相手の家でも文句を言わんのだ。そうして有耶無耶の内に既成事実を作ろうと本気で我が娘を誑かそうとしたのだろうが既に想い人がいるとは思っていなかったのだろう。口説き落とせなんだ。」
これを聞いたジークは呆れた。
アーヴィルは虫けらを見る様にカルロスを見る。
「ザイン家の面目を立ててきたがこれ以上の我が儘は許さん。改心が見られなければ王命によりザイン家の嫡子変更を命じる。」
「・・・。」
カルロス=ザインはとうとう床にへたり込んだ。
深夜、アーヴィルはあてがわれたジークの寝室にいた。
先ほどまで激しく互いの体を求め合った。
ベットのシーツには破瓜の跡が生々しく残っている。
だが、ジークはまだ満足していない。
「ジーク様・・・。」
それを察したアーヴィルはジークに馬乗りになる。
「上手くできるか分かりませんが一生懸命に努めます・・・。」
そうして淫らに腰を振る。
ジークは明け方までアーヴィルを貪った。
アーヴィルがジークの部屋に入り浸るのは周知の事実となっている。
王族が側室となることに眉をひそめる者もいたが相手が邪神討伐を成したジーク=ペンドラゴン侯爵と知るとむしろ喜ばれた。
産業開発を始めとして内政手腕をスイストリアで発揮したのだ。
将来客将としてこのファーナリスにも富をもたらす事が見えるからだ。
そうしてジークの帰還が迫るとアーヴィルも支度を始めた。
この数日だけでやけに色艶が増している。
アーヴィルにとってロッツフォードでの新しい生活が待っている。




