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一騎当千

「陛下、これでよろしいですか?」

「あぁ、良い。これで盟主のファーナリスは言いなりになる。そうすればこの同盟も瓦解するだろう。」

ジルベルク帝国の密偵が命がけでもたらした情報がファーナリスの喉笛に突き付けられる。



ファーナリス王国軍ジルベルク対策砦。

先の同盟軍同時侵攻で手に入れた元はジルベルクの砦である。

ジルベルク帝国から見て北東部に位置しファーナリス法王国を牽制・侵略する目的で建てられた。

だが、それが今では立場が逆になりファーナリス法王国の支配下にある。

その堅牢ぶりはジルベルク帝国自身が良く知っている。

この対策砦を無視して闇夜に紛れファーナリス法王国に抜けていく一団があった。



ファーナリス法王国の姫君、アーヴィル=ファーナリスは前線で戦った多くの兵たちの慰安のためにこの砦に訪問しようとしていた。

同盟はこの出陣でかなりの戦果を挙げている。特に北部と南部はジルベルク帝国の領土を大きく削った。

侵攻を阻んだのは帝都がある中央部の天然の要害である。

冬を前にしてこれ以上は無益な戦いのなると判断。

一度解散し各国は各々の前線基地に戻っていった。

そしてこの対策砦はファーナリスの最前線基地である。

ヒョードル将軍が在中し聖騎士団団長アブラハムに代わり帝国に睨みを効かせている。

(ジーク様にお会いできるかしら・・・。)

ジルベルク帝国北部のこれからを話し合うためジーク=ペンドラゴン侯爵はこの砦を訪問している。

ジークに会えるのではないかとアーヴィルは淡い期待をしていた。

以前のような子供っぽさは消え淑女としての振る舞いが身についている。

魔の手はここに伸びようとしていた。



「何者です! 答えなさい!」

ただの野盗が聖騎士隊二十名を瞬く間に殺めたのだ。

只者ではないとすぐに分かった。

「ファーナリス法王国のアーヴィル姫とお見受けするがいかが?」

「!! 確かに私はアーヴィルです。」

直観だが帝国の手の者と分かった。



「姫さんがまだ到着してない?」

慰安訪問の為にアーヴィル姫が来ることはジークも聞いていた。

だが日数的にはもう到着していなければならない。

「そうじゃあぁぁぁ! 童<わっぱ>ぁぁぁ! どう思うぅぅぅ!」

「馬車の車軸が折れて立ち往生・・・はねぇか。そんなことが起こったら使いが走る・・・。どうも嫌な予感がする。迎えに行った方が良くねえか?」

「童<わっぱ>ぁぁぁ! どうするぅぅぅ!」

「・・・迎えに行こう。俺もついて行く。」

こうして客分でありながらヒョードル将軍と共に迎えにあがった。



「皆殺しとは恐れ入る・・・。」

二十名もの聖騎士達の亡骸が道端の林の中に隠されていた。

(こりゃあ姫さん誘拐されたな。この時期にこんな事をするのはジルベルク帝国だ。姫さんの慰安訪問を聞きつけて身柄を確保。そしてファーナリスに目的を要求。目的は同盟からの脱却だろう。そうしたら返すとか言うんだろうなぁ。・・・クソふざけやがって!! ファーナリスには家の親父殿を救出する時に最大限の便宜を払ってもらたんだ! 姫さんは何としても救出する! ここで恩を返さず何時返す!)

ジークの闘志に火が点いた。



「お初にお目にかかる。ファーナリス法王国のアーヴィル姫。ジルベルク帝国の皇帝メルキアと言う。」

「貴方が・・・! 私をどうするつもりですか?」

「貴女自身には興味が無い。だからどうもしない。まぁ、政略的には娶るがな。」

「・・・なら目的は何です?」

「ファーナリスの同盟からの脱却。」

「!!」

「! オッと! 舌を噛み切ろうなどとはなかなか気がお強い! しかし貴女には生きていてもらわねば困る! 誰か! この姫君に猿ぐつわをかませ、縛り上げておけ。大事な人質だ!」

(父上、兄上、ジーク様。申し訳ございません・・・。)



ジークは地図を見ていた。

「??? 童<わっぱ>ぁぁぁ! 何が気になるぅぅぅ!」

「この戦域で俺ならどこに軍を展開しておくか考えてる。」

「?・・・?・・・?。」

「普通だったもう帝国に姫さんは運ばれている。だが帝国は今、普通の状態じゃあ無い。この不利な盤面をいかに覆すかを考えてるはずだ。俺が敵の立場なら姫さんを誘拐したら帝国に運ばずにどこかに軍を展開してそこに置く。ファーナリスがジルベルク包囲同盟を離反させる強請に使うために。そして離反を確認後、冬を目前にして電光石火でアーメリアス王国に進撃。領土拡大を東に求める。アーメリアスと国境を接しているがファーナリスは手を出せない。人質がいるからな。姫さんを軍に留めるのはその為さ。いつでもどうにかできるという事を知らしめるために。そして帝国と法王国との同盟の証として参陣しているという証として大々的に発表するだろう。これらの手順を踏んで、進撃が終わったら姫さんはジルベルク帝国とファーナリス法王国の同盟の証としてメルキア=ジルベルクが無理やり娶る。」

「アーヴィル姫はそのどこかに展開された軍にいるという事かぁぁぁ!」

「あぁ、俺だったらそうする。後はどこに展開してるかだ・・・。」

「此処じゃぁぁぁ!」

ヒョードルがある一点を指さす。

「こんな近くかよ。根拠は?」

「無い! カンじゃぁぁぁ!」

「・・・闇雲に探すよりだったらマシか・・・。アーメリアス王国に遣いをを出してくれ。ジルベルクが動くかもしれないと知らせを届けてほしい。」

「了解じゃぁぁぁ!」

「後は俺の読みとヒョードル将軍のカンが当たる事を願おう。」



「ファーナリスへの遣いは出しているのか?」

ジルベルク帝国皇帝メルキア=ジルベルクは側近に確認をしながら天幕に入っていった。

「アーヴィル姫が身に付けていた物を一緒に送りましたので今は苦悩しておることでしょう。」

「急かせろ。」

「御意。」

この一連の会話を視線で射殺せるのではないかと思えるほど睨み付ける者がいた。

ファーナリス法王国の姫君アーヴィルである。

「そのように睨まれるな。折角の美貌が台無しになるぞ?」

(己の様な男に褒められても嬉しくありません!)

猿ぐつわの所為で喋れない分心の中で罵る。

視線はより一層厳しいものを送る。

それを見て鼻を鳴らしメルキアは天幕を出ていく。

アーヴィルはこの時まだ知らなかった。

恋慕の相手であるジークが救出に来てくれる事を。



「・・・ホントに居やがったよ・・・。」

ジークは目の前のジルベルク兵の正規軍約一千の陣容を見ていた。

ある天幕を中心に方円の陣をしいている。

(ヒョードル将軍には悪いが貧乏くじを引いてもらうぜ・・・。)



「何!? ヒョードルがこちらに向かっているとだと!?」

物見の兵からの報告にメルキアは驚く。

(対応が早すぎる! まさか人質の知らせが行き届く前にヒョードルが我らに気づき単独で攻めに来たのではないか!?)

「一段二百の兵で五段の兵壁を作れ! 使者が来たら迎え入れるがそうでない場合は構わん! 討ち取れ!」

ヒョードルはこの五段の陣を見て進軍を止める。

突撃をかけるにしろ受けるにしろやけに中途半端な間合いを取る。

ジークを敵陣に潜入させるために注視の役を買って出たのだ。

そのジークは見事本陣に潜入していた。



(周りが慌ただしい・・・。何かあったんだわ。)

アーヴィルは天幕に一人残されている。

その後は耳が痛くなるほどの静寂に支配された。

その静寂を破る何か物音がした。

天幕に侵入した者がいる。

血糊のついた小剣<ショート・ソード>を持ったジルベルク帝国兵の格好のジークがそこにいた。



「静にしてくれよ? 今、縄と猿ぐつわ外すから。」

ジークは縄を切り、猿ぐつわを外す。

「ありがとうございます、ジーク様。でも一体・・・。」

「詳しい話は後だ。ヒョードル将軍がたった三百で一千の兵を押さえてくれてる。今は逃げるのが先だ。」

このジークの説明にアーヴィルは頷く。

だが、間が悪かった。

「おい! 見張りが倒れてる・・・、いや! 死んでるぞ!」

この声にジークは舌打ちする。

持ってきたマントをアーヴィルにかぶせる。

「姫さん! 走れるか? 気付かれた!」

「走ります!」

この声を聞きジークは天幕の外へ駆け出す。

見張りの死に気づいた者を始末するために。



(三百で千を脅せとは童<わっぱ>はエグイ事を言うのぉぉぉ!)

兵たちも気が気ではない。

(早くせいぃぃぃ! 童<わっぱ>ぁぁぁ! 逃げる気力がなくなるぞぉぉぉ!)



「姫さん! この馬に乗れ!」

近くにいた馬の手綱を引っ張って来た。

その馬に乗りアーヴィルに声をかける。

自分の背にしっかりとしがみ付かせる。

「振り落とされんなよ!」

事ここに至り周りの兵がやっと気づく。

「おい! あれって人質の姫君じゃないか!?」

「チクショウ! もう見付かったか!」

ジークは近くの兵から槍を奪い取ると五段の陣を迂回するようにして早駆けをする。



「あれは何だ?」

メルキアの目にある兵の動きが止まる。

誰かを乗せて早駆けしている。

命令違反甚だしい。

厳重に処罰せねばならないと思ったところ後ろに乗った人のマントが風で飛ぶ。

遠目でも良く分かった。

現れたのは自分が切り札としたアーヴィル姫、その人だ。



「将軍! 待たせた!」

「がばばばばばばばばぁぁぁ!」

こうしてジークたちはアーヴィル姫の奪還に成功した。

だが、これで終わるはずが無い。

アーヴィル姫の逃亡が気付かれた以上追撃がかかる。

ジークたちはこれを躱すためにある場所に向かう。



「じゃあ、ヒョードル将軍! 手筈通り頼む!」

「がばばばばばばばばぁぁぁ! 任されたぁぁぁ!」

「!! ヒョードル将軍! このような隘路にジーク様お一人を残してどこへ行こうと言うのです!?」

「がばばばばばばばばぁぁぁ! これも童<わっぱ>の策じゃあぁぁぁ! 心配御無用ぉぉぉ!」

「ヒョードル将軍の言う通り心配はいらん! それより今は逃げる事を最優先にしてくれ!」

「!! 来たぞぉぉぉ! 童<わっぱ>ぁぁぁ!」

「百人斬りをやったんだ! もう一つ上をやってみるか・・・!」

隘路の坂の上でジークは獰猛に嗤った。



追撃は昼前に始まった。

そして足場の悪い狭く細い坂道の上に自分達と同じジルベルク兵の格好をした男が馬上から睥睨している。

先頭を走っていた一小隊の隊長が誰何する。

「貴様何者だ!」

この誰何にジークは不敵な笑みを浮かべ答える。

「なぁに、冒険者っていう元ゴロツキだよ。」

このふざけた対応が頭に来たのだろう。

「我らの邪魔をするなら死ね!」

槍を構えて襲い掛かってくる。

ジークの持つ槍が霞む。

一瞬で突き殺したのだ。

「さぁ、始めようか。狩りの時間だ。」



メルキア=ジルベルクは坂の上の状況が信じられなかった。

いくら隘路とはいえ一度に三人も四人も相手にして手傷一つ負わせることが出来ずにいる。側近の者に声をかける。

「奴はどこの所属の部隊だ! 軍紀違反の罰と人質逃亡の幇助の罪を取り消すから此処まで来るように説得いたせ! あれだけの剛の者を雑兵のままにしておくには惜しい!」



坂の上は地獄となっていた。三人来れば三人、四人来れば四人、死者が増える。

そうして死者は百をとうに超えた。

隘路とはいえ千の兵がただの一人に押さえられたのだ。



「陛下、だめです! こちらの声に耳を貸しません! 討ち取るようにご指示ください!」

「・・・止むを得ないか・・・。」

「申し上げます! 坂に上で戦っている男に見覚えがあるという兵を連れてまいりました。」

「! 真か! して、どこの誰だ!?」

「あの者は帝国兵ではございません! スイストリアのジーク=ペンドラゴン侯爵でございます!」

「!! あの豪傑がジーク=ペンドラゴン・・・。」

「陛下! 又とない機会でございます! 今こそ討伐の・・・。」

「連れてこい。」

「は?」

「生け捕りにせよ!」

「しかし!」

「何が何でも生け捕りにせよ!」

「・・・御意。」

(やっと会えるぞ! 俺のジークよ!)



(死人が邪魔になり始めたな・・・。)

地獄絵図を作った張本人がさらに無体な事を思う。

気になるのは弓矢での攻撃が一回しかなかったことだ。

その後ぐちゃぐちゃうるさい奴がいたが問答無用で突き殺した。

(殺したのは二百か? 三百か? もしくはそれ以上か?)

そんな中、分かったことがある。

(こいつら俺を生け捕りにしようとしてやがる・・・。それはそれで好都合だ!)

ジークの槍はまだ折れていない。



「陛下! もう限界です! 兵が脅えて近寄ろうともしません!」

「四百もの兵が一人に討ち取られております! 生け捕りどころかこのままでは陛下の首も危のうございます!」

「・・・・・・。」

これらの声を無視してメルキアはただ魅入っていた。

(凄まじい。素晴らしい。俺のジークだ。誰にも渡さん! 俺の幕僚下でその腕を振るえ! ジーク!)

狂気に魅了されたメルキアの目を無粋な邪魔者が醒ます。



「がばばばばばばばばぁぁぁ!」

隘路の上からヒョードル将軍が岩や木を隘路に投げ込みはじめる。

こうして隘路が塞がれる。

メルキアはジークを討ち取る千載一遇の機会を逃したのだ。

だが、それにも気づかない。

ジークを己が幕僚に加えて大陸統一を夢想していた。



「いつ来てくれるのかヒヤヒヤモンだったぜ!」

「がばばばばばばばばぁぁぁ! お主こそ三百で千を脅せなどエグイ事を言ったではないかぁぁぁ!」

「ま、お互い様ってことさ。」

「がばばばばばばばばぁぁぁ! それにしても童<わっぱ>ぁぁぁ! お主ホントに一人で千の兵を押さえたのうぉぉぉ! 見事じゃあぁぁぁ!」

「あんな隘路じゃなけりゃやりゃしない。」

「とにかく姫様に追いつこうぞぉぉぉ!」

「そうだな!」



ジークとヒョードル配下の兵達は先行したアーヴィル姫を追いかけた。

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