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後始末

 ジークの獅子奮迅の奮闘によりロッツフォードの村は救われた。

 騎士や領民たちはその一方的と呼べる殲滅戦を呆然として眺めていた。

 築かれる屍の山と血溜まりの中に佇んでいるジークの姿は偉容として皆に映っていた。そして誰かが口ずさむ。

「助かった・・・のか・・・?」

「助かったんだ・・・。」

「・・・助かったんだ! 俺たちは助かったんだ! 村を守れたんだ!」

先ほどまでの絶望感は払拭され村は歓声に包まれた。

 


その頃 蒼薔薇の面々はやっと村が見えるところまで来ていた。

巣にいたゴブリン共を駆除した後、呼吸が整うのを待たずに彼女たちも下山をしたのだ。休憩をほとんどとっていない状況で強行軍をしいたのだ。

「あいつ何処まで先に行ってるんだい! ちっとも見えないじゃないか!」

肩で息をしながら吐き出されたサンドラの言葉にはどこか苛立ちが込められていた。さっきまでタメ口をきいていた相手が自分よりも圧倒的な強さを持つ存在だということを思い知らされたせいだ。そんなサンドラにヴィッシュが返答をした。

「あの速さで駆け下りたのならもう村に着いている筈だな。」

「いくらなんでも無理です! あの重装備で山間部を駆け下りるなんて自殺行為です! それに村の近くとは言えどもかなりの距離があります。それをあの重装備で走りきるなんて不可能です! 何処にそんな体力があるんですか!」

ミーナの反論は悲鳴じみていた。だが、ジークはそれをやってのけたのだ。

「とにかく村へ急ごう。」

ヴィッシュの言葉に全員が頷いた。



(何とか間に合ったが・・・。)

屍山血河の中、ジークはそれでもまだ緊張を緩めないでいた。ゴブリンが茂みに隠れていたりする可能性を考慮し、念入りに周囲の気配を探っているのだ。加えて技術魔道法<テクニック>も使った。

{我が魔力よ! 大気の魔力と呼応し我が意に沿わぬものを探し出せ!}

結果として自分が殲滅戦を成功させたという事が分かりやっと緊張をといた。

そして、歓声が上がる村の中へと歩みを進めた。



「ジーク!」

一番最初に声をかけたのはスィーリアだった。

公衆の面前であるにも係わらずなんとジークに抱きついたのだ。

「凄い! 凄いぞ! ジーク! 戦役大陸にいる者達は皆あんな真似が出来るのか? とにかく村が救われた! ありがとう、ジーク!」

 満面の笑みを浮かべて興奮状態にあるスィーリアを引き剥がし、綺麗な手ぬぐいでスィーリアの顔を拭き始める。何せ悪臭のするゴブリンの返り血をお互い浴びている上に泥まみれなのだ。これによりスィーリアは嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にした。

「誰もが出来るって訳じゃねえよ。条件次第さ。それより、年頃の娘がしかも伯爵令嬢ともあろうものが公衆の面前で身元もよく判らねえゴロツキに抱きつくな! そこら辺はどうなんだよ、伯爵。」

そう言って顔を向けた先にはソルバテス=ロッツフォード伯爵の姿があった。

自らも剣を取り戦ったのだろう。スィーリアと同様に衣服のあちこちや顔が返り血や泥で汚れていた。

その傍らには長子、エドワードの姿もあった。

そして(何度も語るが)公衆の面前でトンでもないことを言い出した。

「え? 僕はちゃんと言ったじゃないか。家のスィーリア貰ってくれって。」

この言葉を聞いて周りがざわめき始めた。

「おぉ」とか「婿殿が決まったか!」や「いや嫁ぎ先だろ」、「相応しくない!」などなど、ジークの内に怒りを溜め込ませる言葉が次々と吐き出された。最初はうんざりとしてうな垂れて聞き流していたが、ドンドン放たれる無責任な言葉や罵詈雑言に我慢しきれずに怒鳴り散らそうとした時、エドワードから声がかけられた。

「失礼します、ジーク殿。昨日は挨拶できずに申し訳ございませんでした。私の名はエドワード=ロッツフォード、ソルバテスの一子です。皆、悪気が有る訳ではないのです。ただ、今は興奮している状況ですので何も考えもせずに口走っているだけです。御気になさらずにいてください。」

「・・・裏を返せば本音をただ漏らしにしているって事じゃねえか。」

場をとりなそうとするエドワードに毒のある言葉を吐きながら、

(この人も家族や領民に振り回される苦労人なんだろうなあ)

と当たりをつけて今後のことを考え始めた。



 怪我人の治療を優先させることや、万が一に備え動ける者達で見張りをすること等を決めてソルバテスは今回の被害の確認報告も頼み、今後の指針を相談するためエドワードやスィーリアと共に伯爵宅へ引きあげてきた。なお、現場の指揮は騎士隊長に一任してきた。

「で、何で俺まで村の指針に関する相談に呼んだんだ?」

ジークの目はすわっていた。少々気になることがあるためそれを確認して、汚れを落とし装備の手入れをしてさっさと休みたいのに呼ばれたのだ。

非常に機嫌が悪いのだがロッツフォード伯は気にもせずにいる。もっと言えば頼み込めば働いてくれるという確信があって呼びつけていたのだ。

「頼りにしている証拠だと思って欲しいな。ジーク君なら何から手をつける?」

「悪いことは何一つしていないよ」という邪気のない笑顔で話を振られてジークも諦めた。言い争っても何故か負けるような気がして観念したのだ。

エドワードとスィーリアは非常に申し訳ない顔をして頭を下げた。

「私達も教科書通りの処理は出来ますが何もかもがはじめての経験なんです。どこに落とし穴があるか分からないのでジーク殿に助言していただきたいのです。」

「本当にすまないと思っている。だが兄上が言うように何が不備となって領民を苦しめるか分からないんだ。協力してほしい、ジーク」

「・・・分かった。分かったから頭を上げろ。取り合えず思いつくことから言うぞ?」

そうして話し合いが始まった。



話し合いの結果、当たり障りのないことから順次決まっていった。

怪我人の治療、見張り櫓の建設、柵の補強、堀の構築、鋳潰して再利用するために労力は要するがゴブリン共が使っていた武器の収集、ゴブリン共の死体の処分、巣の内部探索を行う事など幾多にわたる項目を決めていった。

「まだ昼を過ぎたぐらいだから男手を集めれば武器の収集は何とかなると思うよ。だけど死体の処分はどうしよう。血の臭いに誘われて獣や魔獣とかが現れるかもしれない。何よりあのままじゃ疫病が発生しかねないよ。あれほどの死体を前にしたら灰をまく程度じゃ疫病の発生を防ぎ切れないだろうし・・・。」

ソルバテス=ロッツフォードの危惧は当然であった。小さな村だ。流行出したらあっという間に広がるだろう。そうなればこの村を訪れるものは皆無となり滅びるしかなくなる。そんな思いをジークの一言が吹き飛ばした。

「武器の収集がてら死体を山済みにしてくれれば俺が火炎旋風<ファイヤーストーム>の魔術で骨も残さず焼き尽くす。」

この発言に驚いたのは自身が古代語魔法の術者であるエドワードだった。

「貴方は精霊魔法がつかえるのですか! 火炎旋風<ファイヤーストーム>は上位の精霊の力を借りるかなり高位の魔術です! そういえば戦いの最中に群れの中心部で爆発が起こりました。あれは火球の魔術と思われますがひょっとして貴方が? でもどうやって・・・。 その重装備では古代語魔法の行使の邪魔になるはずです。何より魔術の発動体となる杖<スタッフ>が・・・。」

古代語魔法は魔術の発動体となる杖<スタッフ>等を装備し呪文を唱えながら身振り手振りで術を完成させなければならない。そのため硬い革鎧<ハードレザーアーマー>でも精緻な動きを阻害するため魔術の行使が出来ない。ましてや金属鎧はもっての外だ。布製の鎧<クロースアーマー>やせいぜいが柔らかくなめした革鎧<ソフトレザーアーマー>だ。

精霊魔法も古代語魔法同様に制限がある。例えば精霊がいなければ魔術が発動しない。そのため精霊と契約せねばならない事。精霊は元来、この世あらざる存在である。金属鎧は意思を伝える妨げになるので身に着けていると精霊の力を顕現させることが出来ない。だから布製の鎧や革の鎧ぐらいしか身に着けることが出来ない。

例外としては意思伝播能力を備えている銀で出来た防具である。

 ジークは硬い革鎧<ハードレザーアーマー>を身に着けているので精霊魔法の行使には問題はないだろう。だが、エドワードとしては年齢的には自分とそう変わらないジークが手練の戦士であるにも拘らず高位の精霊魔法の使い手というのが信じられなかったのだ。

「言いたいことは分かるが、今のご時勢何が切り札になるか分からねえから情報は秘匿させてもらう。その質問は無しだ。・・・後は周辺の領主に今回の一件を知らせるために国への報告ぐらいか?」

「うん、それぐらいでしょう。後は臨機応変に対応しましょう。」

このスィーリアの言葉を持って話し合いは終了となった。

だだ、ジークがある手伝いの申し出をしてきた。

「気になることがあるから死体の焼却処分だけじゃなく武器の収集と死体を山済みにすることも手伝おう」

「気になること?」

首を傾げるスィーリアに対しジークは答えた。

「やつらの装備についてなんだが、防具はともかくとして武器がゴブリン共が使うにしちゃあちょいと上等すぎるんだよ。」



柵越しに蒼薔薇の面々は信じられない光景を目前にしていた。

ジークの手により斬り捨てられたゴブリン共の大量の死体である。

「これ・・・、ホントに一人でやったの?」

リンの口から自然と言葉が漏れる。

「騎士や領民の皆さんの話にもたいした差異がありませんでしたし、・・・本当のことなんでしょう。」

ジュリシスが呆然としながら答えた。

「戦役大陸から来るやつらは皆尋常じゃないって聞いてたけど、これはいくらなんでも凄すぎるだろ・・・。」

サンドラの呟きには最早誰も答えることが出来なかった。

(ゴブリン一匹一匹自体はそれほど脅威ではない。注意は要るが私達のような駆け出しでも十分対応できる。 だがそれが群れなると脅威の度合いが増す。対応の仕方も限られてくる。ましてやこれほどの群れにになれば軍隊が必要になる。にも拘らず一人で全てを切り伏せただと! いくら戦役大陸から来たといえどもこの強さは普通ではない。彼はいったい何者なのだ?)

一人思考の海に沈むヴィッシュにそのジークが声をかけた。



「意外と早く帰ってきたな。その様子だとろくに休憩も取らずにきたろ。ミーナの嬢ちゃんとジュリシスの嬢ちゃんは疲労困憊状態で限界だろ? 他の面子だって似たようなもんだろ? 一応、炊き出しみてえなもんやってるからそこで一息入れて来い。」

「こんなモン見せられて黙って休憩なんか出来るか!」

屍の山を指差しながらサンドラが声を荒げた。ジークは幾人かの男手を引き連れていた。この声に皆驚いてしまった。それに気づいてサンドラは慌てて謝罪した。

「・・・いや、すまない。声を荒げるつもりはなかったんだ。ただ、こうも実力の差ってものを見せつけられると悔しくってさ・・・。」

「・・・俺だって最初っからこんな事ができた訳じゃねえよ。何べんも血反吐はいて、何べんも敗北を繰り返して、それでもしぶとく生き残ってやっとこさ手に入れた強さなんだよ。お前らが最初ッから同じことをされたら俺の立場がねえよ。」

 そう言って男衆に武器の収集と死体を山済みにすることの指示を出し始めた。

「これから何を始めるのですか?」

 ゴブリンの死体に用が有るのだとは見当がついたが、真意までは分からないためヴィッシュがは問いを発した。

「スィーリアにも言ったが、ゴブリン共の装備が気になるんだよ」

「装備?」

「あぁ。気がつかなかったか? 防具はともかく使っている武器は剣が主流だった。本来は棍棒とか原始的な武器を主にしているはずなのにだ。これだけの規模の群れでだぞ? 因みに、この群れを率いていたのはゴブリンロードだったんだが魔法の剣を武器として使っていた。」

「!!」

「恐らくどこかの小規模な軍勢か幾人もの冒険者が返り討ちにあったんだろ。もしくはその両方か。ゴブリン程度と侮ったら出てきたのはロード種が率いる軍団ときたらそりゃあ殺される。とにかく今俺達にとっては「使えるものは使う」「使えねえ物は鋳潰して使う」だ。あと、死体を山済みにするのは俺が焼却処分するためだ。」

「焼却?」

「このまま放っておくと疫病の元になりそうだろ? 灰を撒く程度じゃあ防ぎきれねえだろうから火炎旋風<ファイヤーストーム>の魔術で消し炭にする。」

「! 今日は幾つも驚かされましたが私としては今の発言が今日一番の驚きです。その魔術が使えるということは火の上位精霊、いえ、火の精霊王、火の魔神<イフリート>と契約しているのですね?」

精霊使いとして鍛錬を積んでいるヴィッシュは知っている。

精霊王とはこの世とは在らざる世界、精霊界を統べる存在である。つまりこの世の神に等しい存在なのだ。その神のごとき存在と契約を果たしているということは神格を有する勇者や英雄と同等の存在なのである。

「私達は幼馴染のスィーリアやロッツフォード伯の人柄を見込んでここにきました。ですが、今日は別な意味でここに来て良かったと思います。」

「・・・何も教えねえからな。」

「えぇ、見事盗んで見せます。」

何かを吹っ切ったように笑顔を浮かべるヴィッシュにジークは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。



 夜の帳が下り、辺りは静けさに包まれていた。否、ロッツフォードの村を見下ろす丘が静かなのだ。そこに向けてジークは歩いていた。しかめっ面で。光源を確保するため手にはランタンを持っている。明かりのせいかそれとも気配のせいか、とにかく先客がジークに気づいた。

「ジーク! どうしてここに?」

先客とはロッツフォード伯のご令嬢スィーリア嬢だ。

「お前さんがいないんで騎士連中が慌てふためいているんだよ。ここに来るって言ってきたか?」

ハタと自分の落ち度に気づき申し訳ない気持ちになった。

「それでジークが迎えに来てくれたのか。すまない。」

「ランタンとか持ってねえトコ見ると夕刻からずっとここに居たんだろ。・・・宝物の数は無事だったか?」

「あぁ、今日もキチンと灯っているよ。」

そして二人は村を見下ろす。

「正直死人が出ててもおかしくない状況だった。よく持ちこたえたな。」

「・・・ジークが来てくれると信じてたから。そしたら本当に疾風のように駆けつけるんだもの。驚いたわ。」

「・・・俺も死人は出したくなかった。間に合ってくれと願いながら走り続けたよ。そしたら、持ちこたえてるんだもん。驚いたぜ。」

二人して暫し笑いあった後帰ることになった。

「明日はゴブリン共の巣を確認しに行ってくる。村の農作業だけじゃなく防衛設備も整えなきゃならねえから忙しくなるぞ。」

「そうだな。お互いがんばろう。」

そして、振り向きざまにスィーリアにジークが話しかける。

「明日も宝物の数が無事だといな。」

それはとても無邪気な子供みたいな笑顔だった。


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