遠交近攻の策
今、ファーナリス法王国に近隣国のスイストリア王国とアーメリアス王国、国をまたいで独立国家グレステレンと妖精族領とクアート自治領の代表が集まっている。
「では、始めてもよろしいですかな?」
ファーナリス法王国国王ヨルバ=ファーナリスがスイストリア王ファザードに問いかける。
「盟主としてよろしくお願いします。若輩の私ではどうしても貫目が足りませぬ故。」
ここの集ったのは以下の通りだ。
盟主国としてファーナリス法王国国王ヨルバ=ファーナリス。
発起人であるスイストリア王国国王ファザード=リレファンド=スイストリア。
大陸随一の穀倉地帯を誇る農業国アーメリアス王国王子プリス=アーメリアス。
帝国から一斉蜂起で出来た元奴隷の国、独立国家グレステレン代表ガリムス=グリズラー。
妖精族領を代表して美貌の女エルフ、エルミナ。
クアート自治領からはラギール=ヴァリアット。
以上の六名が集まっている。
ジルベルク帝国の軍事力による大陸制覇を阻止するべく集まったのだ。
ジークはファザードの後ろに控え手応えを感じていた。
(ファーナリスは同盟国として即応してくれた。アーメリアスは先王が病で急逝したため後を十六の小僧が継いだと聞いたが、こいつは中々の傑物だ。将来が楽しみってなもんだ。グレステレンの代表も戦ばかりで脳みそが足りねえかと思いきや帝国とやり合うだけある。この威厳は生半可な事では身に付くもんじゃねぇ。妖精族領を代表してきたこのエルミナの目に宿る知性の輝きも大したもんだ。唯一気がかりなのはクアートのラギールか? 利に聡い商人だけあって実は一番早く新生スイストリアに接触したもんな。侮れん。)
こうしてジルベルク帝国対策が話し合われた。
結論から言えばクアートは自治領故にあくまで中立の立場を取る事。
ただし、現状のようにジルベルクが横暴をするならその限りではない事。
それ以外の国、スイストリア、ファーナリス、アーメリアス、グレステレン、妖精族領はジルベルクの武力進攻に対して共同してこれに当たる。
いくつもの事項を取り決めた。
ここにジルベルク包囲同盟ががなった。
「初めてお目にかかります。プリス=アーメリアスと申します。」
会合が終わった途端各国の代表がジークを仰ぎ見る。
この策がジーク=ペンドラゴン侯爵の献策と知らされていたのだ。
かの有名な邪神討伐の英雄がここに来るという事で各国の代表の集まりもよかった。
否。
ジークは自分が餌となれば各国の集まりが良くなることを期待して共を申し出たのだ。
現にファーナリスまで来る事に異を唱える者が居なかった。
そしてファザード王はファーナリス王と今後の事を話すべく別室に引き上げたのだ。
実際はジークが各国との伝手づくりをするために残して貰ったと言うのが本当の所だ。
そのジークの元に真っ先に挨拶に来たのはこの集いで最年少のアーメリアス王国王子プリス=アーメリアスである。
固く握手を交わす。
剣ダコがある。よほどの修練を重ねている・・・。
若い次の世代が育っていることを嬉しく思った。
次に挨拶に来たのが利に聡いクアートの代表ラギール=ヴァリアットである。
「初めまして、この度クアート自治領の総意として代表を務めさせていただいておりますラギール=ヴァリアットと申します。今後ともよろしくお願い申し上げます。」
「こちらこそ今後ともよろしくお願いします。」
(こういうのを狸の化かし合いっていうのか?)
この中で唯一油断がならないとジークは確信した。
次いで来たのはグレステレンの代表ガリムスである。
「よろしく頼む。」
この一言を言うと自分の席へと戻った。
(武骨な人だ。だが好感は持てる。)
ジークの苦笑いに笑顔を浮かべて妖精族領の代表エルミナが声を掛ける。
「初めまして、ペンドラゴン侯爵。エルミナと申します。卿の名は遠く妖精族領まで届いております。」
そうして軽く会釈する。
ジークもそれに合わせて会釈を返す。
「此度の同盟参加、本当にありがとうございます。」
一通り挨拶を交わし談笑したのちそれぞれの部屋に帰って行った。
「ジーク殿は上手くやるかな?」
ヨルバはからかう様にこの若き盟友ファザードに声を掛ける。
「ジークは政治手腕も確かなものです。正直に言えば宰相あたりを任せたいくらいですが若輩を理由に断られ続けております。」
苦笑いで答えるファザードに思い切って切り出してみる。
「実は家の娘のアーヴィルがジーク殿を恋慕しておる。愛妾の一人に迎え入れることは可能か?」
ジークは今後の付き合いを考えヨルバには自分の事を話している。その時にはファザード王と王妃セラフィアも同席している。
ジークの色魔ぶりを知っての発言である。
「いくら英雄色を好むといえども一国の姫君をそう簡単に貰うわけにはいかないでしょう?」
「やはりそうか・・・。」
何とも残念そうにするヨルバ王である。
「ガリムス様、いかがでしたか?」
ガリムスの腹心ヴェスガン=ギュランドロスが入室してきた主に様子を聞く。
「いかがもクソもない。あのジークとかいう男、とてつもない化け物だぞ。政をやらせればこうして各国を動かす切れ者かと思えばその本質はワシと同じ武人だ。あれは敵に回すべき存在ではない。今後とも仲良くするべき男だ。」
落ち着いた声でジークを評価する。
(それほどの傑物か・・・。)
ヴェスガンは興味を覚えた。
ラギール=ヴァリアットは己が配下のヴァミアンと今後の事を話し合っていた。
「このまま行けばクアートはいずれジルベルク帝国の手に落ちる。その時自治を保てるようにすぐに手を貸して貰えるようスイストリアに最大限恩を売っておくぞ。特にあのジークと言う男は私たち以上に利に聡いと見た。うかうかしているとジルベルク帝国だけではなくスイストリア王国の手が入るかもしれん。クアートの自治が保てなくなる・・・。」
「ならば此度の同盟に賛同して協力を申し出ればよかったのでは? ジルベルク帝国の横暴は日を増すごとに酷くなっております。この機会に一掃するのが宜しかったのでは? そうすればスイストリアには恩を売れてクアートの自治に口を出せなくなるのでは?」
「・・・そんなことをしてみろ。ジルベルクの工芸品が手に入らなくなる。他にも良質な鉱石とかを考えればどれだけの損失となるかわかったもんじゃない。」
(ここで二枚舌を使うとは・・・。)
ヴァミアンは感嘆するとともに不安を覚えた。
「若、此度の同盟はどうでしたか?」
自分の守役が不安そうに聞いてくる。
「実りあるものだったよ。これでジルベルクは家に対しての侵略が容易に出来なくなった。何よりかの有名なジーク=ペンドラゴン侯爵に会えたのが嬉しかった。噂に違わず偉丈夫だったよ。」
「若! 事はアーメリアス王国の存亡にかかわる事ですぞ! いくら憧れた英雄がいるからと言って政務をおざなりにされては困ります!」
「・・・分かっている。ジルベルクは若輩の僕が国を継いだのをいい事に国境を何度も侵してる。この同盟は千載一遇の機会だ! この機会にアーメリアス王国の国境を万全の物にする!」
プリス=アーメリアスの王者の威厳を守役が嬉しそうに見つめる。
部屋に戻ったエルミナは腹心のパティルナに一通り話してからベットに横になった。考えるのはジーク=ペンドラゴン侯爵の事だ。
(邪神討伐を成しているから戦士としては間違いなく一流。その上政治手腕まであるなんてどんだけ化け物なのよ! 絶対に敵に回せない! 事が収着したら私が人質になってもいいから現スイストリア王国とは仲良くすべきね。他の国々はどう思ってるのかしら?)
その後酒宴となり互いに親睦を深めた。
ジルベルク帝国がこの同盟に気づくのはもう少し先である。
「ジルベルク包囲同盟だと!?」
各国に放たれた密偵たちがやっと戻ってきたのだ。
その内容は恐ろしい物だった。
この同盟がなったことでジルベルク帝国は中央大陸で完全に孤立化してしまった。
唯一の救いはクアートが中立を保ってくれたことだ。
「陛下! この同盟を打ち砕くために打って出ましょう!」
「・・・できると思うか?」
「何を弱気な!」
「戯け! 弱気からくる発言では無いわ! おそらくこの絵図面を引いたのはジーク=ペンドラゴン侯爵であろうよ。あれ程の男が策動してこれだけで済むはずが無い。まだきっと何かある。その証拠にクアートの中立を許している。おそらくこのクアート中立が餌よ! これに我らが齧り付くのを待っておるのさ!」
謁見の間に集まった諸将は黙り込む。
正にクアートを狙おうとしていたからだ。そこを押さえればスイストリアの背後を突けると思っていたのだ。
「ふふふふ、さすがは俺のジークだ。たった一手で此処まで追い込むか!」
「陛下! 笑い事ではございませぬ! それに余所の家臣をここまで手放しでお褒めいたすのはどうかと存じます!」
「許せ、許せ。それで妙案のあるものはおるのか?」
「・・・・・・。」
誰も答えられない。
それほどの一手なのだ。
「やはりマテリア平原を取られたのが痛かったか・・・。」
メルキア=ジルベルクの言う通りマテリア平原を取っておけばスイストリアとファーナリスの国境を断つことができ全勢力を持ってスイストリアを超短期決戦で落とせただろう。それもフブカと言う愚王が治めていればの話だ。
だが、ジーク=ペンドラゴンの出現でそれが出来なくなった。
辺境にある辺鄙な一領地からスイストリアの三分の一を占める大領を取得し、最後には王弟を見つけ出しスイストリアと言う国を新生させた。
常人のなせる業ではない。
スイストリアはいつでも落とせるという慢心が招いた結果だ。
「当面の間は内政に尽くす! 決して攻めるな! 一つでも攻込名分を与えればすべての国が動く。特にグレステレンは今か今かと待ち構えてるであろうよ。」
こうしてジルベルク帝国は内政強化に乗り出す。
(ジークよ! 見事な策動だった! 流石は俺のジークだ!)
「ふふふふふ、はははははははは!」
狂ったように笑う皇帝を配下の将は怖気を感じた。




