侮蔑と祝福
(ご覧になって! 来ましてよ!)
(ようも来れるものだ・・・。)
(恥知らずもここまでくると才能の一つだな。)
ジルベルク帝国の宮殿にてフブカを侮る発言をする者達がそこらかしこにいる。
勿論、聞こえる様に言っているのだ。
貴族だけでなく女中にも馬鹿にされれている。
(ワシが一体何をした!)
そして見かねた心あるものが声をかけ場所を移す。
「一体なのがあったのだ! 皆、ワシに侮蔑の眼差しを向けおる!」
ジルベルク帝国の貴族の一人は盛大なため息をつく。
この様な男が曲がりなりにも王であったなど信じられないのだ。
「フブカ殿、しばらくは自宅で大人しくしてるのが宜しいでしょう。」
この言い分にフブカは腹を立てる。
(ワシはスイストリアの国王ぞ! 尊称をせぬか!)
最早自称でしかなくなった国王と言う肩書にすがっている。
それも知った上でこの貴族は声を掛けたのだ。
憐れみ故に。
だが、フブカの次の一言で貴族は侮蔑のする側へ仲間入りをする。
「まあ良い。それで何だ? ワシはジルベルク帝国の皇帝メルキア=ジルベルクに用があって来たのだ。さっさと用件を話せ。」
この横柄な態度。
何より仕える主を居候の分際で呼び捨てにしたのだ。
怒って当然である。
「黙れ! この胤無しが!」
周りに聞こえるほどの怒声を放つ。
「貴様、いったい何様のつもりだ! ただ椅子にふんぞり返るしかない能のない愚か者のくせに我らの陛下を呼び捨てにするとは何事だ! そんなだから王妃と側室を寝取られるのだ!」
「! あ、あんな出来損ないなど・・・。」
「ふん! 知らんとみえる! その出来損ないは新生スイストリア王国で再婚し子を儲けたぞ! 王妃殿は邪神討伐で有名なあのジーク=ペンドラゴン侯爵の愛妾の一人として、側室殿はペンドラゴン侯爵の主家に当たるロッツフォード公爵の後妻として。二人とも懐妊したとの事だ。」
「!!」
「出来損ないはお主の方よ! この胤無しが! 皆はそれを笑っておるのよ!」
(違う・・・。ワシは胤無しなどではない・・・。それにこうしゃく? 何だそれは? 誰がそのような高位を与える事が出来る? ワシ以外の誰が・・・。まさかワシの異母弟とかいう下賤の身が王位に就いたと? 有りえぬ! 城の普請に時間がかるからその間にスイストリア奪還の兵を準備してくれると・・・。)
思考がぐちゃぐちゃのフブカに侮蔑の視線を向けたまま貴族は言葉を重ねる。
「その様子ではスイストリアの現状など知らんだろう。ペンドラゴン侯爵が城を数日で作ったそうだ。どんな方法を使ったかは分からんがな。他にも色々な改革により貴様が居た頃とは比べ物にならない程素晴らしい国になったそうだ。今ではこの中央大陸で随一の産業国となったのだぞ。貴様は在位中に何をしていた? まぁ、貴様のような胤無しという出来損ないではスイストリア王国筆頭貴族ロッツフォード公爵を始め、英雄ペンドラゴン侯爵には遠く及ぶまい。それこそ影すら踏めんほどに。」
こう言い捨ててフブカを置き去りにする。
フブカはこのままあてがわれた自宅に帰った。
ロッツフォードではお祝いで騒ぎになっていた。
ソルバテス=ロッツフォード公爵の後妻、ヴィヴィアンの懐妊。
ジーク=ペンドラゴン侯爵の御正室、スィーリア=ペンドラゴン侯爵夫人と新しく愛妾の一人として神格位の眷属となったマリアンヌが一緒に懐妊している事が分かったのだ。
月の物が来ないことから判明した。
天使の輪<エンジェル・ハイロウ>では女中たちが大騒ぎしている。
特にジークは右往左往している。
「えっと、俺、なんかする事無いのか?」
「ジーク・・・、落ち着いて?」
「そうですよ。まだつわりも酷くないですし落ち着いてください。」
この慌てぶりに様子を見に来たエドワードとエヴァンが呆れる。
「ジーク、今すぐ生まれるわけではないのですから落ち着いてください。」
「先生でもこんな風になるんだな・・・。」
「ンなこと言ったって俺にとっちゃ初めての子だぞ! 初めての子なんだよ! 慌てるに決まってるだろ!」
この発言に女中たちも苦笑する。
ここ、天使の輪<エンジェル・ハイロウ>にいる女中たちは以前盗賊から助け出した移民の女性たちを中心に構成されている。ジークを若様と呼び慕う者達だ。
主人の事もある程度知っている。
出自は伏せられているが金色の民と銀の乙女、神格位の眷属。その権能により常に女性を求めている事。これぐらいの事は知っている。そしてここの女中たちはスィーリア達が厳選した「ジーク好み」でまとめている。全員ジークのお手つき済みであり、正室・側室から子が出来ないか期待されていたのだが自分たちが先に子を儲ける事が出来た。
特にロッツフォード領では寒村のころからジーク様様だった為に領民が寺院に毎日無事出産出来る様にお祈りするものまで現れている。
自分のお腹をさすりながらジークにスィーリアとマリアンヌは声を掛ける。
「私たち二人だけじゃ不公平だから皆ちゃんと相手してね? あ・な・た。」
「私は日々、フブカに出来損ないと言われました。子が出来ぬからと。ですがジーク様の子をこうして儲ける事が出来ました! 愛する人の子をこうして儲ける事が出来るなんて! こんな幸せなことはありません! 是非他の皆様にも御胤をお与えください!」
(勿論! 今夜も頑張ろう。)
ジークの鼻の下が伸びた。
(違う! ワシは胤無しではない! 畑が、女が悪いのだ! それを証明する!!)
ひどくやる気のない出迎えを女中達にされた。
(こやつら!!)
そして聞こえる様にわざと言う。
「あ〜あ、かの有名なペンドラゴン侯爵に会ってみたいわ!」
「無理無理! 胤無しのお世話で忙しいんだから。」
「あいつなんで帝国に来てあんなに偉そうなのかしら。穀潰しのくせに。」
怒りで震えるフブカを見てワザとらしく挨拶をする。
「「「お帰りなさいませ。」」」
「今の話は聞いておったわ!」
「え? 何の事です?」
「私たちはキチンと立ってお待ちしておりましたが?」
「フブカ様、どこか御加減でも悪いのでは?」
このふざけた態度に顔を真っ赤にして怒りを爆発させる。
「貴様ら!」
(女中で練習すればいい! 帝国貴族の令嬢と良い仲になる前の練習だ!)
愚かなフブカは気づかない。
これこそが女中たちの目的だと。
「では、無事に胤は採れたのだな?」
ジルベルク帝国宮殿、執務室。
三人の女性がいる。
メルキア=ジルベルクは色事担当の密偵から報告を受けていた。
「はい、確かに。この腹の中にあの愚物の胤を収めました。」
「しかし、噂が本当なれば我らは子を儲けることが出来ませんが?」
「その時はその時。別な誰かの胤を貰いあの愚物の子という事にすればいいわ。」
「その通りだ!」
執務室の主、ジルベルク帝国の皇帝メルキア=ジルベルクは頷く。
「これでスイストリアの王位継承権を我がジルベルクも持つことができる。戦に割って入れる。例え血が繋がっていなくても名目上はあの男の嫡子だ。」
「長期の活動となるのですね?」
「今やスイストリアは一枚岩として民の為にと邁進している。今、あの国を攻める事は出来ないが十年後ではどうだ? きっと世の中が様変わりしているはずだ。その時にお前らが産んだ子を王位継承者として名乗らせスイストリアを我がものにしてくれる!」
(そしてジーク! その時こそお前を我が幕僚に加えよう!)
このジークに対する異様な執着の狂気は大陸全土を巻き込むことになる。