叙任式
「今更か? 必要ねえだろう。」
ジークが眉をしかめながら言う。
その間も手は止まっていない。
河川の護岸工事について色々やらねばならないことが山積みなのだ。
イライラも頂点になりつつある。
王妃セラフィアが自らお越しにもかかわらず顔も上げずに仕事をこなしている。
「しかし、ペンドラゴン士爵は正式には貴族ではありませんよ? 後にこれが問題と成るかもしれないのです。ですので、正式に叙任式を行い勲功爵を用い騎士にしようというのです。これで名実ともに騎士であり、貴族となります。大手を振ってスィーリア様を御正室として紹介できますよ?」
王妃セラフィアが説明した。
一瞬ジークの手が止まる。
スィーリアを大手を振って紹介できるという言葉が琴線に触れた。
(まぁ、今更手間でもねぇか?)
こうしてファザード王が画策した悪戯の初手が刻まれた。
「ジーク! おめでとう!」
「おめでとう、ジーク。」
「おめでとうございます! ご主人様!」
「御目出度き事です。」
スィーリア、フェルアノ、エリーゼ、クローゼ、銀の乙女全員が祝辞を述べる。
四人を閨に呼び共にしたのだ。
夜の生活は相も変わらず色魔である。
一通り事が済んでから叙任式を受ける事を伝えた。
だが、引っ掛かりを覚える。
(なんで今頃なんだ?)
大粒の雨が降っている。
また河川の氾濫が起きなければ良いが・・・。
王妃の教育係を仰せつかったマリアンヌは空を見ていた。
この教育係も間もなく終わる。
教える事がなくなってきたのだ。
暇乞いを願い出ている。
まだ若いのだから相談役として残って欲しいと王妃セラフィアに言われたのだが、尼僧になるつもりでいる。フブカの圧政の元、犠牲になった者達を慰霊するためである。だが胸に棘が刺さったように痛い。
(この痛みはいったい何・・・?)
マリアンヌは自分の事が分からなくなっていた。
「では、此度の叙任式は・・・!」
スィーリア=ペンドラゴンは王妃セラフィアから相談を受けていた。
「貴女にはご迷惑かもしれませんがよしなに取り計らっていただきたのです。」
スィーリアに否は無い。
それどころか、マリアンヌの出自が「そういう事」ならば色々な意味で打って付けである。
(今はまだ私一人で取り仕切れるけど、いずれ右腕たる存在が必要になるわ。フェルアノはジークにとことん甘いし、アクアーリィは否など言わないし。)
「夫には私から話します。」
「マリアンヌの出自?」
「えぇ、知ってる?」
夜、ジークの閨の共を存分にしたスィーリアはジークの体に指を口を舌を這わせながら質問した。
「知るわけねぇよ。最近なんか避けられてるようだし・・・。」
「先王の血に繋がるそうよ。」
「! それって!」
「えぇ、王族よ。フブカとはいとこ同士なんですって。それで王妃セラフィア様が悪い虫がつくか心配してるの。」
「? 今のスイストリアにはまともな貴族しかいねえじゃねぇか。いくらでも嫁ぎ先があるだろ?」
「もう! この鈍感! マリアンヌ様が今無意識に懸想している相手がいるの!」
「! おい、まさか!」
「そのまさかよ! マリアンヌ様の思い人はジーク! あなたよ! 本人は気づいてないけど無意識にジークを探してるみたいなの。あなたの姿を見つけると嬉しそうにしているそうだから間違いないわ。ヴィヴィアンお義母様もマリアンヌ様は苦しんでると言っていたわ。この苦しみから解放できるのはジーク、あなただけよ! 責任持ってマリアンヌ様をお嫁の一人として貰ってきなさい。これは妻の命令です!」
「ちょっと待て! 正室のおまえがそれでいいのか!? 正直に言ってこれ以上愛妾が増えるのは困りごとだろ!?」
「困りごとねぇ・・・。ジーク、あなた我慢してるでしょ?」
「!!」
「やっぱり! 本当は私たちが動けなくなるまで伽をさせたいんでしょ! 何人も閨に呼んで相手をさせたいんでしょ! 何で我慢するの! いい加減認めなさい! 底なしだって! 連れてきなさい大手を振って! ジークとの初夜の時言ったわよね! 奥を取り仕切って見せるって! マリアンヌ様は私の右腕として奥の取り仕切りを手伝って貰うつもりよ。だからあなたが責任もって連れて来て欲しいの。それにマリアンヌ様にも女の幸せを知ってほしいの。ジークお願い。マリアンヌ様を救って。」
(救ってって言われてもよぉ・・・。)
自分から言い出すならともかく妻から愛人囲って来いと言われるとは思っていなかった。
(俺、前世でなんかすんげぇ悪ぃ事したのかなぁ。特に女性関係で。それとも先祖の供養が足りねぇのかなぁ。)
話すことなく目の前のマリアンヌは泣きながらジークを拒絶した。
最早いつも通りには過ごす事が出来なかった。
暇乞いを出してからなぜかジークの事を思い浮かべる。
そのジークが目の前に現れて胸に刺さる棘がジークだとやっとわかった。
涙がこぼれてきた。
ジークを見るだけで辛かった。
「もう、ここには来ないで下さい・・・。」
胸に刺さった棘がより一層深く食い込んだのか痛みが増した。
「マリアンヌ様、おいでですか?」
扉の向こうから慣れ親しんだ声が聞こえる。ヴィヴィアンだ。
喜んで迎え入れる。
手土産にロッツフォードの特産品をいくつか持ってきている。
おそらく試作の品だろう。
「結婚式以来かしら? ロッツフォードでの生活はどう?」
「噂以上に発展しておりました。こちらでもジーク様の指導で公衆浴場を作っておりますが、ロッツフォードでは最早当たり前のように民が頻繁に使えるようになっております。それに夫も優しいですし。」
「まぁ! 御馳走様。」
お互い笑いあう。
だが、その笑顔を先に引っこめたのはマリアンヌだ。
「さて、ヴィヴィアン。今日はどのような用件なの?」
「では、単刀直入に。ジーク様の事が好きなら好きと認めてさっさと側室になられるがよろしいと存じます。」
「!! 何を馬鹿な! 私はあのような何人も女性を囲う色魔の元には嫁ぎません!」
「マリアンヌ様、何を意地になっておられるのですか?」
「意地など・・・!」
「私には意地を張ってるようにしか見えません。本当はこう思ってるのではないのですか? 相応しくないと。」
「!!」
「分かりますわ。私も同じでしたから。ですがマリアンヌ様をはじめとする多くの方々の御助力で思いを遂げ、夫ソルバテスと結婚し後妻となる事が出来ました。」
マリアンヌは何も言えなかった。
言われて初めて気づいたのだ。
自分の事なのに。
「私たちは日々フブカから出来損ないとなじられておりました。子が出来ぬからと。ですがそれはフブカが種無しだからです。その証拠に私は身ごもりました。夫の、ソルバテスの子です。」
この発言は雷が如くマリアンヌの体を走り抜けた。
子供ができる・・・。
マリアンヌにとって何とも甘美な言葉となった。
「マリアンヌ様はスイストリアの生きた宝石とたたえられ未だその美貌と美しい体を保たれてるではありませんか。金声玉振のジーク様の元に嫁がれるのを何を躊躇われます。」
「それでも女遊びが酷過ぎます! 二十人を超ええる女性を囲っていると言うではありませんか!」
「フブカとは違いお手つきした女性は必ず面倒を見ているのですから問題になりません。それにはきちんとした理由がございます。その理由をまず知るべきです。
そうすれば沢山の女性を囲う事も白壁の微瑕となりましょう。」
「・・・・・・あなたはその理由を知っているのですね。」
「はい。」
しばしヴィヴィアンと見つめ合う。
とうとうマリアンヌが目を伏せた。
「・・・ジーク様と面会の場を設けてくださいますか?」
「ジーク様でしたら先ほどから部屋の前におります。」
しれっと答えるヴィヴィアンだった。
慌てたのはマリアンヌの方だ。
心の準備が整ってないところでジークと会ったらきっと取り乱す。
(そんなみっともない姿見せられない!)
はたと気付く。
何で取り乱すのか。
以前など突然の訪問にも余裕を持って応じられたではないか。
それが出来ないのは心の整理が出来ていないから。
何故みっともない姿なのか。
きちんと着飾っていないからだ。
(あぁ、私は恋をしているのね。)
やっと気づいた。自分の初恋に。
やっと認める事が出来る。自分の思いを。
ジーク=ペンドラゴン士爵を懸想しているという事。
自分が子を産めない体だと思い込んでいた事。
ジークが囲う数多の女性と比べられることが怖いという事。
自分の血筋をジークなら悪用しないという事。
そこから導かれる答えも・・・。
「・・・。ジーク様。お入りください。」
こうしてジークはやっとマリアンヌと話す場を設ける事が出来た。
ジークはスィーリア達にも話をした自分の出自について語った。
マリアンヌは目を見開き何も言えない状態にされた。
金色の民、銀の乙女、神格位の眷属、何もかもが驚くべき事だったが何よりジークの出自に驚いた。
「どんな気分だ? 化け物を目の前にして。」
瞬間的に手が出た。
部屋にジークの頬を叩く音が響く。
「そのような卑屈な態度を取ってはいけません! 好きででなりたくてなったわけではないでしょう! 今後誰にもそのような態度を取らせません! 私には素敵な男性にしか見えませんもの! 自信を持ってください! あなたはスイストリアの生きた宝石が懸想するほどの金声玉振の大人<たいじん>だと!」
途端、ジークの手が伸びジークの胸のに飛び込む形で引き寄せられる。
「欲しい。」
「え?」
「今すぐ欲しい。」
「ま、待ってください! せめて湯浴みをしてから・・・。」
無理やり口で口をふさがれる。必死に暴れたがビクともしない。ドンドン熱がこもり舌を絡め合うようになった。
「気づいてるか?」
何の事だろうか? 頭が霞む。
マリアンヌは思ったが考えがまとまらない。
「俺はもうお前を押さえていねぇ。必死にしがみ付いてきてるのはマリアンヌ、お前の方だ。」
「!!」
「マリアンヌ、俺はもっとお前が欲しい。お前はどうだ?」
「ゆ、湯浴みを・・・。」
また口づけで言葉を遮る。ねっとりと舌を絡ませる。
そんなことを三度繰り替えしてやっと素直にさせる。
「このままベットに連れて行って・・・。」
マリアンヌとの伽が始まった。
マリアンヌは肩で息をしている。
(し、し、知らない! こんなにも営みが凄いなんて・・・! フブカとは比べ物にならない! こんなの知ったらもう戻れない!)
そんなマリアンヌにジークはもう一度覆いかぶさる。
「! まだなさるの!?」
「しっかり刻まないとな。」
「か、堪忍して!」
この言葉はむしろジークの欲情に火をつける。
明け方になってからやっと解放された。
ジークが。
火がマリアンヌの方にもつき何度もねだってきたのだ。
結局ジークは一睡もせずに自分の執務室に向かった。
「いってらっしゃい。」
新しく眷属になった愛妾の一人の声を聞きながら。
これがファザード王の仕掛けた悪戯の完成の第二段階だとジークは知らなかった。
「では!」
「はい! ジークに輿入れすることを承諾しました。」
「これでジーク様も逃げる事が出来なくなりましたね。」
「おっしゃる通りです。」
「よろしくお願いしますよ、ペンドラゴン侯爵夫人。」
「お任せ下さいセラフィア王妃様。」
「ジーク=ペンドラゴンよ。汝を騎士に叙任する。」
「ありがたき幸せ。」
叙任式はつつがなく終わった。多くの貴族が見守る中で一人きりの騎士の叙任式だ。早く終わる。
そう、早く終わるはずだった。
「ところで皆に聞きたい。邪神討伐と言う偉業をなし得たこの英雄の結婚式を見てみたいと思わんか?」
はぁ、何言ってんだこいつ!?
ジークは慌てて仕える王、ファザードを見上げる。
悪戯が成功した子供のように笑みを浮かべている。
(なんかやらかしてる!?)
ジークの背に冷汗が流れる。
嫌な予感しかしない。
「まずはペンドラゴン卿、こちらの武具一式を受け取っておくれ。そして身に纏ってくれないか? 今ここで。」
そうして運ばれてくるのは魔法の武具一式。ただし純白の。
(何この辱め!?)
周りに助けを求めても、生暖かく見られている。全員承諾済みなのだ。知らぬはジークばかりなのだ。
(何か謀られてる!?)
義父ソルバテス=ロッツフォード公爵に助けを求め視線を向けるとサッと逸らされる。
(親父殿!?)
ここにはもうジークの味方はいない。
観念して武具一式を身に纏う。
鎧の下に着る綿入れも白一色だ。
(俺の趣味じゃねぇ・・・。)
それでも身にまとうは賢者として性かはたまた戦士としての性か。
周りからは感嘆の声が上がる。
元々美丈夫・偉丈夫なジークだ。
安物とは違うため、見事に着こなしている。
これらは鎧も剣もどれもこれもが強力な魔法の武具だ。
この武具は本来スイストリア王家の家宝の武具。
知っている。
事ここにおよびやっとジークも狙いが分かった。
(こんな家宝貸し与えるならともかく下賜するってことは大功を上げて国に尽くしたか王族に連なったかした場合だ。俺、その両方持ってる・・・。)
ジークはこのスイストリア王国に無くては成らない存在になっている。
ファザード王は何としてもこの国に留めたい。だから鎖をつけたのだ。
マリアンヌと言う鎖を。
ジークはもう逃げられない。
スィーリアを始め、フェルアノ、エリーゼ、クローゼ、ジーク付きの銀の乙女とアクアーリィを筆頭に神格位の眷属たちが謁見の間に入ってきた。
全員ドレスや宝石で着飾っている。
その中にマリアンヌがいる。情熱的な赤のドレスを見事に着こなしている。
全員美女なのだ。謁見の間が華やぐ。そんな華やかになったところにファザード王が宣誓する。
「これより叙任式を行う。ジーク=ペンドラゴン卿、前へ。」
「・・・はい。」
もういう事を聞くしかなくなった。
「卿はロッツフォードを中心にこのスイストリアに多くの産業をもたらしてくれた。治水工事に至っては見事の一言に尽きる。さらには西部の飢餓を救う術を授けてもくれた。お主が居なければどれだけの民が死んでおったか想像もつかん。何よりこの国からフブカ一派を追放し私が即位できたのはロッツフォード公爵と卿のおかげだ。聞くところによると私の縁戚に当たるマリアンヌとは恋仲とのこと。今までの大功と我が縁戚のマリアンヌを娶ったことを祝し、ここに卿を爵位第二位、侯爵に任ずる。」
「・・・ありがたき幸せ。」
「うむ! 喜んでもらえて何よりだ。皆もこの若き英雄の着任を喜んでくれ!」
謁見の間が拍手で満たされる。
そしてこのままスィーリアを始め数多の女性との結婚式となった。
前代未聞である。
スイストリア王国に新しい貴族が生まれた。
ジーク=ペンドラゴン侯爵。
スイストリア王国では救国の英雄として持て囃される。
戦場の鬼神、戦鬼、剣鬼、剣魔、簒奪者など色々な字を持つ英雄はスイストリア王国に忠義を尽くす誓いを立てた。
愛する妻達と精一杯生きるために。




