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外道畜生

本日三度目

「やはりここを選んだか・・・。」

場所はスイストリア王城前の上り坂。

フブカ軍から見れば下り坂になる。

よく見ればフブカが参陣している事がひるがえる旗で分かった。

(願ってもない! 今度こそその首拝んでやる!)

フブカ軍はすでにジークの策の中にいる事に気づいていない。



「いいか! この栄えある戦場にいるのは我ら選ばれし者と下賤な民からなる軍だ! 我ら騎士の恐ろしさを存分に思い知らせてやろうぞ!」

騎士団長アモンデス=ヘルバーニが声を張る。

それに応えるように近衛騎士達も声を張る。

そしてアモンデスはフブカを見る。

突撃の合図をして欲しいと視線を投げかける。

こういった視線の類にはすぐに応じる。

手を高く上げ振り下ろすと同時に号令をかける。

「突撃!」



「敵騎馬隊の突撃が来ます!」

物見の兵が声を張り上げる。これにジークは余裕をもって答える。

「予定通りだ。弓矢を構えろ。」

ロッツフォード軍は恐怖の象徴たる騎馬隊の突撃にも脅える事なく弓矢と槍ぶすまを準備する。

(さぁ来い! 地獄の中へ!)



先頭の近衛騎士はまだ若い。

その若者の父も近衛騎士だった。

後を継いだのだ。

「貴族として」やるべき事をやってきた。

それらを思い出していた。



「お願いです! お止めください! 私は明日には嫁ぐ身なのです!」

この言葉を聞いて口を歪める。

「そうか。では夫君となる方とちゃんと閨が出来る様に色々指導してやろう。」

「! お願いです! 御勘弁してください!」

まどろっこしくなり娘の服を引きちぎる。あらわになる胸。それを隠そうとする娘の手をつかみ胸を揉み、そして押し倒す。

娘の下腹部に強烈な痛みが走る。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



「お待ちください! 若様がお飲みになったお酒は大変貴重なものです。お代をいただかないと・・・。」

「私は物乞いではないぞ! 栄えある騎士であるぞ! この国のために働く身の私が呑んでやったんだぞ! 感謝されてもなじられるいわれはない!」

「! そんな殺生な! 御大尽でもそうそう簡単に呑めるお酒ではないのです! お願いです! お勘定を御払いください! 度々こんなことをされては店が立ち行かなくなります!」

「・・・今日研ぎに出して返って来たこの剣の切れ味を試したいと思っていたところだ。」

「! ・・・分かりました。お勘定は結構です・・・。」

「分かれば良いのだ。分かれば。」



ロッツフォード軍が征伐を開始してから全てが思うようにいかなくなった。

民たちが逆らうようになったのだ。

民を扇動したそのロッツフォード軍を蹴散らせる機会が巡ってきたのだ!

存分に蹂躙<じゅうりん>の限りを尽くしてやる!

黒い情念を胸の中で燃えたぎらせ馬を駆る。

そしてロッツフォード軍を目前にして視界が黒くなる。

体に衝撃が走る。

巨大な何かが落ちてくる。

かわせない。

その巨大な何かに押しつぶされる。

ボキボキボキ。

自分の体から嫌な音がする。

例えようもない痛みが体中に走る。

「がああああああああああ!」



奇怪な光景だった。

フブカの目には近衛騎士隊が消えたようにしか見えなかった。



「敵が落とし穴に次々と落ちております!」

「よし、矢を放て!」

ジークの指示の元一斉に矢が放たれる。



若い近衛騎士は自分の現状を理解した。

落とし穴に落ちたこと。

最初に体中を打った衝撃は落馬したからだ。

そこに自身の乗る馬が転がり落ちてきたのだと。

馬も足を骨折したのか動かない。

そこに矢の雨が降る。

今までの行いの天罰だろうか、それとも生きよという神の思し召しだろうか。

矢はことごとく致命傷を避けた。

耳を削ぎ、頬を貫き、鼻も削がれ、鎧の隙間から腕や鎖骨部分、体中に矢が刺さる。不思議なことに致命傷になる矢傷がない。

(痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 一思いに殺してくれ!)

叫ぼうとしたがコヒュー、コヒューという音しか出せない。

そこに止まることが出来ない、落とし穴を認識できない後続の近衛騎士が落ちてくる。若者の頭に馬の蹄が落ちてきた。反射的に躱した。だが、躱さねばよかったのだ。そうすれば望んだとおりに一思いに死ねたのだ。

先頭を走っていた近衛騎士の若者の顎が踏みつぶされてちぎれる。

痛みでとうとう気がふれた。

頭部を守る兜が吹き飛んだためあらわになった頭に矢が二本突き刺さる。

近衛騎士の若者はやっと絶命した。



ジークは近衛騎士隊が存分にその威力を発揮できる場所を検分して、スイストリア王城前の丘の下り坂を利用して突撃をして来るだろうと読んでいた。

だから闇夜に紛れて穴を掘らせていたのだ。

かがり火をたくさん焚いている一千の軍に気を取られている隙に着工していたのだ。もちろんこれは戦時中で城に誰も訪れるものがない事、またそれだけ人心が離れている事、城に籠もり出陣することをしないフブカ軍だからこそ出来た事、などなど色々と条件が重なったが故の行動だった。

ましてや民に当たり前のように非道な働きをする外道畜生のくせに、戦場には「栄えある」などとのたまう騎士<バカ>は落とし穴の事など考えまい。

野盗の方がまだ頭を働かせるだろう。

だが、突貫工事で作った落とし穴であるため深さはあっても幅はそれほど広くない。

落とし穴に気づいた後続の近衛騎士たちは乗馬の技術でこれを飛び越えロッツフォード軍を蹂躙すべくさらに勢いをつける。

弓矢で命を落とすものもいるが大抵はロッツフォードの前線まで来る。

そして槍ぶすまに突っ込み絶命する。

ロッツフォード軍は弓矢を放つ以外ただ見ているだけだった。



「おのれ! 栄えある戦場にあのような物を作るとは! 卑怯卑劣のそしりを受けるがよい!」

アモンデスは怒り狂っていた。

虎の子の近衛騎士団が落とし穴で死んでいくのを目の当たりにしたためだ。

落とし穴を飛び越えた先に待つのは弓矢の洗礼と槍ぶすまの地獄だ。

とうとう最後の一人が矢が兜の隙間に刺さり落馬して果てた。

これで近衛騎兵隊は全滅した。



「ジーク様、敵騎兵の突撃が終わったようです。」

前線から報告を受けてジークの指示が飛ぶ。

「右軍、左軍に前進せよと伝えよ。この両翼を上げることで騎兵殲滅の憂き目にあったフブカ軍は壊走する! 一兵たりとも逃すな! あそこにいるのはスイストリアの病巣ぞ! 何としても討ち取れ!」

このジークの指示で右軍と左軍は両翼として戦線を押し上げる。

呼吸がピタリとあっている。

十分な訓練を積んだ証拠だ。

狙うは根切り、殲滅する事のみ。



「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

アモンデスは己の主の悲鳴を聞いて何事かと思い振り向く。

そこには両翼を上げるロッツフォード軍を指さし小便を漏らすフブカ=スイストリアの姿があった。



「アモンデス、ガンド、ワシは逃げるぞ! よいな! よいな!」

半狂乱のフブカ=スイストリアはわめき散らす。

「良くはありませぬ!」

ガンドがたしなめる。

だが、この時すでにフブカは走り出していた。

後を追うようにガンドもついていく。

アモンデスもまた同様だ。

残された兵はロッツフォード軍に降伏しようとしたが、弓矢の一斉射撃で黙らされた。理解たのだ。生き残らせるつもりは無いと。

そしてアモンデスの副官が指揮を執る。

「何度もいうが相手は下賤な民からなる軍だ! だからあのような卑怯卑劣な落とし穴を作れるのだ! 選ばれた我らの力存分に見せつけてやれ!」

だが兵は応えない。

指揮官である騎士団長アモンデス、その補助をする宮廷魔術師のガンド、そして君主であるフブカ。三人が城へ逃げたのだ。

士気など無い。

(よりによって兵の前で何たる醜態をさらしてくれるのです!)

心の中で副官は罵りの声を上げた。



ロッツフォード軍本陣。

ジークは得体のしれない焦燥感にかられた。

(なんだ? この感じ? 以前にも経験したことがある?)

どこで経験したのだろうか?

考えて考えた。

戦役大陸ではない。

この中央大陸に渡ってきてからだ。

いつだ。いつこの感覚と遭遇した。

「総司令? どうかしたのですか?」

そこにクローディアとテレスがやってくる。

天啓のように閃くものがあった。

「!!! クローディア! テレス! 決死隊百名を連れて敵陣深くまで切り込む! ついて来い!」

突然の宣言にクローディアもテレスも一瞬慌てたがすぐに気持ちを切り替えジークに付き従う。

両翼を上げているため本陣に残っているほぼすべての兵が決死隊となった。

右軍と左軍の間を縫って決死隊百名が突撃する。

ジークは焦燥感の正体にたどりついていた。

(あの時の感覚だ!!)

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