鎧袖一触
(間に合ってくれよ!)
ジークは山間部を凄まじい勢いで駆け下りていた。
一歩間違えれば転がり落ちて死んでしまう可能性があるのに速度は落とさない。
ジークの脳裏には一人の少女の笑顔が浮かんでいた。
小さな灯火を宝物と言った少女の笑顔。
守りたいという思いが更に駆け下りる速度を上げた。
黒い疾風となってジークは山を下り続けた。
「何としても持ちこたえろ!」
騎士隊長の怒号が辺りに響いた。現場は柵を挟んでゴブリン共と騎士達とで対峙していた。武器の扱いに心得がある領民達と一緒に剣や槍で、柵を壊そうとしたりよじ登ろうとするゴブリンを柵の隙間から突き殺し続けている。だがそれも時間の問題である。度重なるゴブリンの突撃に柵の耐久度が限界に来ていた。先ほどまではエドワードの魔法の支援があったため、何とか持ちこたえることが出来ていた。それも疲労困憊いの状態になったため打ち止めである。幸いにしてまだ死者は出ていないがこの状態が続くのであれば死者が出るどころか殲滅の憂き目に遭う。
(このままでは突破されてしまう!)
ギコリと歯軋りをする騎士隊長は更なる悲劇に見舞われた。
火矢が飛んでいたのだ。鎧で弾けると判断した騎士隊長は防御姿勢をとり受け止めたが、想像以上の衝撃を受けて吹き飛ばされてしまった。
(な、な、何が起こったんだ?)
それを見てエドワードが叫んだ。
「今のは炎の矢の魔法です! 気をつけて下さい! 敵に魔術師が、ゴブリンシャーマンがいます!」
魔法の支援を受けることが出来るようになったゴブリン共の勢いは増し、ロッツフォードの村は絶望感に包まれ始めた。
(・・・視えた!!)
その群れは余に大きくもはや軍団と呼んで差し支えなかった。
ジークが到着したのは側面に位置する場所だった。
(これだけの規模の群れを率いるのがホブゴブリンな訳がねえ。ゴブリンシャーマンやゴブリンプリーストでも無理だ。更に上位の存在がいるに違いねえ!)
ジークは走りこむ速度を抑えもせず、大剣を構えながら黒い疾風となってそのまま側面に切り込んだ。
「我が物顔でのさばるな!!」
ジークの裂帛の声が木魂した。
(まだよ! まだやれる!)
スィーリアは柵の傍に陣取って奮戦していた。
折角の美貌もゴブリン共の悪臭を放つ返り血や土泥で汚れてしまっていた。
剣も刃こぼれや血糊で切れ味などとうに無くなっていた。
先ほどのゴブリンからの魔法で味方の士気が落ちているのも解っていた。
(だからって、諦めるわけにはいかない!!)
味方を鼓舞しようと声を上げようとした時に視界に群れの側面からゴブリンに切り込む黒い何かが見えた。彼女にはその正体が何故かすぐに解った。
(ジーク!)
魔法のオーラを放ちながら大剣が恐ろしいほどの唸りをあげて三匹のゴブリンを纏めて盛大に斬り飛ばした。だが、ここからが尋常ではなかった。斬り飛ばされた頭部や胴体部が凄まじい勢いをつけて他のゴブリンに衝突したのだ。
そのため肉や骨を断ち切る音と共に破裂音や衝突音が辺りに響いた。
それを三度、四度と繰りかえしているとゴブリン達の標的がジークに変わった。
(普通これだけやられたら恐慌状態になるのにそれがねえ。やはり、この群れを率いているのはホブゴブリン<上位種>じゃねえ! ロード種<最高位>だ! ならば、ここで根切りにする!!)
大剣はその大きさと重さのため連続攻撃を繰り出しにくいものだ。だがジークの持つ大剣は斬撃が強力になる魔法が込められた上に、軽量化の魔法まで込められている。そのため驚くほどの連撃を幾つも繰り出してあっという間に十匹以上のゴブリン共を葬ってしまった。そして、出来上がった「間」に魔道銃<スタッフガン>を抜き構える。
{我が魔力よ、炎と破裂の力となって、その威を示せ!}
途端に群れの中央部から強力な爆発が起こった。
(今のは火球の魔術? 一体誰が・・・?)
エドワードは困惑していた。
今の爆発で現況が好転したと思えた。
だがこの場に魔術師は自分しかいない。ましてや火球の魔術はまだ使え無い。
先ほど群れに突入した人物以外に援軍が来たとは思えない。
エドワードが理解できないのも無理は無い。
重装備の戦士は鎧や武器が邪魔をするため普通は魔法を使えない。
軽装であれば精霊魔法を使うことが出来るだろう。
神聖魔法にはこのような破壊の魔法は無い。
だがジークは使って見せた。
それは条件さえ満たせば重装備の戦士でも使用できる、故あって廃れてしまった技術魔導法<テクニック>なのだから。
その後、恐慌状態になった群れをジークは冷静に、冷酷に狩り続けた。
そのためゴブリンの恐慌状態に拍車がかかった。
群れとなっていれば驚異ではあるが、ここまで混乱した状況になれば有象無象となる。だが、ジークは慢心せずに狩り続けた。後顧の憂いを絶つためこれらのゴブリンを一匹たりとも逃すわけにはいかない。手の届かないところで逃げようとしているゴブリンは魔術やナイフ等の投擲武器で次々と始末された。逃げることが叶わないと悟ったゴブリン共はジークに襲いかかったが剛剣一閃の元に切り捨てられた。ゴブリンシャーマンやゴブリンプリーストを優先しながら何匹かのホブゴブリンと何匹ものゴブリンを切り伏せ、他より一際体躯の大きいゴブリン、ロード種であるゴブリンロードを残すのみとなった。
ゴブリンロードは混乱していた。自分の群れが瞬く間に殲滅されたからだ。
自分は強いはずだ。だから自分の群れも強いはずだ。今までも人間達を家畜としてきた。自分を倒そうとする人間を何人も殺してきた。今身に着けている淡い光を放つ魔法の剣もそういった人間の死体から奪ったものだ。邪魔者は殺し、雌は子作りにつかう。これからもそうなるはずだった。だが、今目の前にいる黒い人間は自分の群れを皆殺しにした。きっと自分も殺そうとするだろう。嫌だ!
自分は死なない。この黒い人間を殺し村から雌を奪いまた群れを造ればいい。
雄たけびを上げながらジークに襲い掛かった。
「ガアアアア!!!」
耳障りの悪い声を上げながらゴブリンロードはジークに肉薄しようと距離をつめてきた。だが、役者があまりにも違いすぎた。いくらロード種とは言えども、相手は戦役大陸でも最強の一角に数えられる戦禍を招く者<ストームブリンガー>である。
一合も交える事無く凄まじい斬撃により切り捨てられた。