民の怒り
昨日は更新できずすみませんでした。
使っていたパソコンがご臨終しました。
今日新しいパソコンを買ってきましたので更新開始です。
スイストリア軍の降伏兵約二千四百名とグリズール領からの疎開してきた民たちはロッツフォード領内に留まっていた。グリズールの領民は冬支度ができていない状況での疎開であったためこのままでは越冬できないと判断されたからだ。
それほどスイストリア北部の冬は厳しいのだ。
降伏兵たちも雪で帰るに帰れないためロッツフォードに留まっている。
ただ、問題が無い訳でもない。
グリズールでは雪害が心配された。
これは有志を募りグリズールで過ごしてもらう事で片付けることにした。
それ相応の給金を支払うことにしたためすんなりと事が進んだ。
もちろんどうしても帰りたいと言う者は越冬の準備を十分にさせることで帰還させた。
ただ、ほとんどの者はロッツフォードで越冬することにしている。
現状のグリズールに比べてロッツフォードは食糧事情が非常に良く、冬期の内職もあり給金を稼げるためである。
降伏兵たちも捕虜ではなく移民として扱われているため筵<むしろ>を編むなどの内職をして少ないながらも給金を稼いでいた。
ジークが元を辿れば同じ国民であると宣言したおかげである。
ロッツフォードは天使の輪<エンジェル・ハイロウ>のおかげで戦に関係なく秋の実りを十分に収穫できていた。
特に稗<ひえ>や粟<あわ>や黍<きび>などの雑穀類や豆類やイモ類が十分に備蓄できていたためこれほどの人数であるにも係わらず食糧困難にはならずにいる。
これだけロッツフォードは「国力」をつけているのだ。
ロッツフォードの長い冬間まだ始まったばかりだった。
対してスイストリア王都とほかの領地では暗い日々となった。
何せ強制徴兵により若者をはじめとする働き盛りの者達五千名が帰ってこなかったのだ。残された家族たちはロッツフォードにいる降伏兵の中に身内が生き残っていることを願うばかりであった。
他にも秋の実りを前にしての徴兵であったため十分な収穫ができなかったこともあり、食糧事情があまり良くなかった。
何より王家に対する不信感が高まっていた。
戦場に二千名を超える兵を残してフブカ王は逃亡してきたのだ。
この情報はもちろんロッツフォードの密偵たちが流したものだ。
今後の事で王城も暗雲に包まれていた。
「誰か妙案のある者はおらんのか!」
会議室ではスイストリア王フブカの怒声が響いていた。
今日まで甘い汁を吸うことと保身のことしか考えて来なかった者たちだ。
妙案を出せるものなどフブカを含め誰もいなかった。
度重なる戦とそれに付随するように重ねられる連敗。
何より今回の総戦力戦で負けたことが痛恨事だった。
現に集っている貴族たちの数が少ない。
集っていない者たちはジークの懐刀の一人である闇の軍刀<ダークセイバー>、クローゼの急襲部隊の襲撃で討ち取られたのだ。
その数は参軍した貴族の数の半分を超えている。
誰も面を上げれない。
そんな中、王妃マリアンヌが会議室に入ってきた。
「! 何用だ! 出来損ない! 今は国政について話し合っておるところだ! 出ていくがいい!」
苛立ちを己が妻にぶつけるが王妃マリアンヌは一歩も引かぬ決意で此処に来ている。フブカ王を真っ直ぐ見つめ発言する。
「その国政について申し上げます。ロッツフォードと和睦なさいませ。」
「! 何を言うかと思いきや! 出来損ないはやはり出来損ないか!」
「大きく譲歩することになる・・・。」
「黙らぬか! ワシの子を産めぬ出来損ない! 衛兵! その出来損ないを摘み出せ!」
「陛下! もう一度よくお考えください! 今・・・。」
「黙れと申した! ロッツフォードという国賊を討ち我ら貴族による盤石な政治の礎をどうすれば築けるか皆で知恵を出し合っておるところだ! 女の身で、しかもワシの子を産めぬ者がヌケヌケと! その国賊と手を組めなどできるか!」
「・・・・・・。」
今度こそマリアンヌは黙り込んだ。
(国賊ではない者を自分勝手に国賊にした者が何を言う! そのような一挙両得を考えずに一つ一つ功績を積み上げることを考えなさいませ!)
のど元まで出かかった言葉をかろうじて飲み込む。
最早何を言っても聞かないと諦め衛兵に連れられ会議室を辞した。
王妃マリアンヌが自室に戻ると来客が来た。
側室のヴィヴィアンである。
会議室に乗り込んだと聞いて心配になり様子を見に来たのだ。
「王妃様、陛下はどうでしたか?」
これにマリアンヌは首を横に振ることで答える。
「王妃様の言葉にすら耳を貸さないなんて・・・。」
ヴィヴィアンの顔も曇る。
冬の厚い雲がまるでスイストリア王国を覆う暗雲のようにマリアンヌには思えてならなかった。
(国民が納得する明確な指針を示さねば暴動となる。フブカ王ではこれを御しきれまい・・・。)
このマリアンヌの心配は現実のものとなる。
長い冬が明けた。
春が来たのだ。
だが、その麗らかな日を踏みにじるような事が王家から発表された。
先の総力戦で大敗を喫したにも係わらず民に兵役を課すことを決めたのである。
そのうえやっと収めている税を更に増やすと言われたのだ。
これがとうとう民の怒りに火をつけた。
スイストリア王国各地で一斉蜂起が起こった。
「とうとうこんな事態になっちゃったねえ・・・。」
「暢気に構えてるわけにゃいかねえよ? 伯爵、これこそ千載一遇の機会だぜ?」
一斉蜂起の知らせを受けてジークは伯爵宅で話し合いの場を設けていた。
「家のロッツフォード領内と隣のグリズール領は大丈夫だろ。かなりテコ入れしたからな。問題はロッツフォードに流れてくる流民だ。こいつらを無制限には入れられねえ。先の降伏兵の家族は無条件だとしてもだ。」
「? それのどこが千載一遇の機会なんだい?」
「・・・今度はこちらから攻める。」
「!! そんなことして大丈夫なの!? というかなんで!?」
「今回の蜂起に呼応する形で進行する。これ以上民を犠牲にする王家には任せちゃおけねえ。まずはロッツフォードとマテリア平原に隣接するスハイル領をはじめとする五つの領地を平らげる。」
「・・・理由は?」
「この五つの領地はロッツフォードの地質とほぼ同じだから農業の発展が見込める。他にも麻が採れる事が分かった。」
「あさ?」
「一年草の植物でな、皮から繊維を取り出すと夏に適した織物ができる。他にも養蚕<ようさん>をやりたい。蚕<かいこ>って言う虫の繭から糸が採れるんだ。こいつは絹糸って呼ばれる物になる。気持ち悪い虫としか取られてねえから誰も手を付けちゃいねえ。上等な絹織物ができたら特産品として売り出せる。」
「なるほど、農業の拡大と紡績業の種類が増えるんだね。」
「あぁ。こうして流民の受け入れ体制を作っとかにゃロッツフォードが立ち行かなくなる。ロッツフォードで全てまかなう事ができりゃいいんだが、いかんせん、場所がない。」
「だから、その場所として近隣の領地を攻め取ると?」
「あぁ、そうだ。このままだと粛清という形で王家が割を食った民を殺しにかかる。その前に家が攻め取る。そしてロッツフォードの領地とする。その新しく出来た領地に民を受け入れる。またぞろ忙しくなるがこれ以上フブカのせいで民が血を流すことは避けたい。」
「分かったよ。僕も腹を括るよ。大義名分はないけどね。」
「いーや。大義名分ならある。」
「?」
「スイストリア王家とその腰巾着共のせいでファーナリス法王国との同盟がめちゃくちゃにされた。これは国家の指針じゃねえ。独断だ。おかげでファーナリス法王国はマテリア平原でジルベルク帝国と戦する羽目になった。しかも敵方のジルベルク帝国への寝返りと来たもんだ。これは明確な裏切り行為だ。さらにいうなら先の総力戦での兵や民の扱いだ。貴族の、王のすることじゃねえ。これ以上王家討つべしの理由が必要か? 何よりこのまま放っておけばスイストリアは保身に走った貴族同士で争う群雄割拠の乱世に突入してしまうだろう。その火は大陸中に飛び火する。そして国家間の大戦に発展する。ジルベルク帝国はそれを狙っているはずだ。その証拠に総力戦が終わった後、スイストリア王家に援助の申し入れはおろか受け付けもしていねえ。」
この説明をソルバテス=ロッツフォードはぽかんとして聞いていた。
「・・・大義名分はともかくジルベルク帝国云々は穿ち過ぎじゃない?」
「ここまでやるから軍事国家なのさ。」
「・・・分かった。ここロッツフォードを中心に王家打倒の軍を編成しよう。これ以上フブカの好きにさせてはスイストリアは滅亡してしまう。スイストリア王国打倒ではなくあくまで現政権のフブカの失脚が目的だよ。」
「それで構わない。これ以上の、必要以上の死人はいらねえよ。」
こうしてロッツフォードにおいて大きな炎が巻き上がろうとしていた。
スイストリア王国打倒ではなく、民を顧みないフブカ打倒という旗印を掲げて。