多蔵厚亡
(スイストリアの本陣から火の手が上がった! クローゼ、でかした!)
ジークは心の中で喝采を送った。
これはロッツフォード軍全てが見ていて、勝ち鬨の声となった。
スイストリア軍は不審に思った。戦の最中に何をしていると。
そしてやっと気づく。
「おい、あれ・・・。」
「本陣が落ちた・・・。」
「あぁ、終わったんだ・・・。」
スイストリア軍にはどこか安堵の雰囲気が漂っていた。
「スイストリア軍の残存兵は二千四百よ・・・。」
フェルアノからの報告にジークは愕然とした。
(四千名の命がここで散ったって言うのかよ! 殆どが強制連行されてきた一般人だぞ! クソッタレが!)
「あなたが悪い訳じゃ無いわ。全てはスイストリア王フブカの責任よ。」
フェルアノの言葉に助けられる。
「分かっている。これは戦だ。・・・あとは首の検分だ。」
そのジークに急報がもたらされる。
「クローゼ様が逃亡部隊に追撃をかけております! ご指示を!」
「!」
(追撃命令は出していない。クローゼが命を破るとは思えない。何かあったんだ!)
「仔細は?」
「フブカ王とその側近が本陣を捨てて逃亡したとのことです。」
この報せに一同愕然とする。
「これだけ無茶な行軍をして自分達だけ逃げたのか!?」
「クローゼ様も怒り狂い追撃しております!」
「フェルアノ! アクア! 事後処理を頼む! クローディア! テレス! 俺について来い! 追撃する!」
(ここまで来てその首拝まずにおられるか!)
ジークも怒り狂った。
「ここは今どこじゃ!?」
「もうまもなくグリズールに入るところです。」
フブカ王たちはロッツフォードの隣領グリズールを目指した。
共のものは側近のガンド、アモンデスと騎士四名だ。
(何故だ!? 何故こうも全てに見放される!?)
六千五百の兵は今や目の前のわずか数名しかいない。
スイストリア王フブカは全てを失った。
その体で王都まで帰らねばならない。
後に闇の軍刀<ダークセイバー>といわれるジークの六神妃の一人であるクローゼがその首を狙い追撃していることも知らずに。
そして怒り狂うジークも猛追撃していることも知らずに。
「逃げた先が分からないのにどう追撃するのよ!?」
クローディアが悲鳴を上げる。
「このまま王都直行ならスハイル領だ! もう一つ可能性があるのがグリズールだ! あそこは今人がいねえから通り放題だ。クローゼはスハイル領へ向かったらしい。俺達はグリズールへ向かう!」
「ジーク様、追撃の準備が出来ました!」
テレスの声に一同騎乗する。
「フブカの首をなんとしても取るぞ!」
「フブカ様、そろそろ出立いたしましょう。」
「! もうか!? 先ほどグリズールについたばかりじゃぞ!?」
アモンデスの言葉にフブカは悲鳴を上げる。
「! 陛下お静かに願います。万が一追撃の者がいたら気づかれます。」
息を潜めてガンドが注進する。
「! そ、そうであったな。すまぬ。しかしもう少し休まぬか?」
「陛下、そうもしておれませぬ。日が暮れる前に少しでもロッツフォードから遠ざかりましょう。・・・いえ、夜を徹して王都へ帰還しましょう。」
このアモンデスの言葉にフブカの頬が引きつる。
「徹夜で行軍せよと申すか!? それが王に対して・・・。」
「陛下! 敵は陛下の首級を狙っておいでなのですぞ! ここで時間を取れば取るほど陛下の首が飛ぶことになるのですぞ!」
「!! ・・・分かった。・・・行こう・・・。」
こうしてフブカ王の初めての夜間行軍が始まった。
まもなく日が暮れる。
スハイル領への道で追いつけなかった事から、グリズールへ逃げたと判断したクローゼ達と合流しジークはグリズール領へ向かっていた。
だが、日が暮れる。そうなれば追撃は難しくなる。夜の闇に紛れて当然逃げるだろう。夜間の乗馬は危険すぎる。
ジークは決断を迫られた。危険を冒してまで追撃するか、引き上げるか。
(クソッタレ! こんな戦をしでかした戦犯共を逃したままでおかにゃあならんとは!!)
「全員止まれ!」
この指示の元に追撃隊が停止する。
「まもなく夜となる。追撃はここまでとする・・・。」
「ジーク様!」
「・・・ジーク様。」
クローディアとテレスが声をかけて来る。
あれほどフブカの首級を欲していたのだ。
悔しいことだろう。
「申し訳ございません! 私の手落ちです! 私があの時討ち取っていればこんなことにはなっていなかったものを!」
下馬し片膝を付きクローゼが謝ってくる。
「いい。クローゼに責は無い。何が起こるか分からんのが戦だ。もし責があるとしたらフブカの性根を読みきれなかった俺にある。」
「・・・ジーク様・・・。」
血が出るのではないかと思うほどクローゼは己の唇を噛み締める。
目の前で逃げられたのだ。悔しさはジークの比では無いだろう。
全身の緊張を解くためジークは深呼吸する。
そしておもむろに呟く。
「多蔵厚亡。」
「? ジーク様? タゾウコウボウとは?」
「・・・古い言葉でな欲の皮を突っ張りすぎると全部失うって意味さ。」
そしてふと笑う。
「俺達は戦に勝った。事後処理やらで忙しくなるんだ。帰るぞ皆。」
(フブカ! まだその首は預けといてやる! だが、必ず俺が斬り飛ばす!)
こうしてジーク達はロッツフォードへの道を帰りはじめた。
さらに数日後、ぼろぼろの様でフブカ一行は帰還した。
「陛下、無事なご帰還嬉しく存じます。」
「無事なものか!!」
パン。
フブカの平手が王妃マリアンヌの頬を打つ。
「! 陛下!」
驚きと痛みで口が効けなくなった王妃に代わり側室のヴィヴィアンが声を荒げる。
「どこが無事に見える!? 言ってみろ!? この出来損ないが! 俺の子を産めぬ出来そこないが!!」
「陛下! おやめください!」
王妃マリアンヌを足蹴にし続けるスイストリア王フブカをヴィヴィアンが止めに入るが止まらない。それどころかヴィヴィアンにも当り散らす。
「お前もだ! この出来損ない!」
流石に周りの者達が止めに入る。
「陛下、湯浴みをしてゆっくりお休みください。そうすれば今後の妙案も浮かびましょう。」
「・・・ふん!」
鼻を鳴らし湯浴み場へ向かう。
兵達も付いて行く。
王妃と側室が取り残された。
「マリアンヌ様、大丈夫ですか?」
「・・・えぇ、大丈夫よ。ヴィヴィアンこそ大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」
「陛下のひどい仕打ちを許してください。」
「頭を下げないでください! マリアンヌ様は何も悪くは無いのです!」
「そう言ってくれると助かるわ・・・。」
だが、このわずかな時間で憔悴の色が見える。
「・・・この国はどうなってしまうのでしょうか・・・。」
王妃マリアンヌには答えることが出来なかった。
滅びるしかない等とは言えなかった。
多蔵厚亡。
まさにスイストリア王フブカの為にあるような言葉である。
金と女と産業を欲しすぎた為に多くのものを失った。




