不敗の将
「クアート自治領は明日は我が身ということで戦支度は積極的だったけど他の諸侯は応じてくれなかったんだね?」
自宅でジークの報告をソルバテス=ロッツフォードは聞いていた。
「あぁ。裏切りを起こすより見せびらかせた金を略奪すればいいと思ったんだろ。俺らが勝った場合なんて考えちゃいねえ。」
「そうすると後方の兵站部隊を潰す役がいなくなるけど?」
「なあに、これも想定のうちさ。兵站を潰すだけが兵法って訳じゃねえ。戦に勝つには人の利、地の利、天の利が必要だ。俺らはこのうちの二つをもう取っている。慢心しなければ勝ちはつかめる。」
「任せたよ、ペンドラゴン卿。」
「任された、ロッツフォード伯爵。」
ロッツフォード軍の前でジークは演説していた。
「地の利は我々にある! この難攻不落の天使の輪<エンジェル・ハイロウ>がある! ましてや頭数だけそろえたスイストリアは烏合の衆! 工作兵などいない攻城戦の仕方も知らない愚か者達だ! 日々鍛錬を欠かさなかった我らに負ける要素など無い! 皆、迎え撃つぞ! 勝利はすでに我らの手にある!」
握りこぶしを固め天を突くように上げる。
このジークの鬨の声に兵一千が大きく応える。
スイストリア王国軍約六千五百に怯えもせずに勇ましいとジークは思った。
(兵力差という人の利は取られたが士気の高さと地の利がそれを補ってくれる。何より天の利を俺達は得ている。「この時期」に出兵した事を死ぬほど後悔させてやる!)
スイストリア王国軍が国賊と謳うロッツフォードにとうとう攻め入ってきたのだ。
「弓隊構え!」
ジークの指示の元クローディアが声を張る。
「まだ放つなよ! 十分ひきつけてからだ!」
スイストリア軍は隊列を組み盾を構えて徐々に迫ってくる。
弓矢での効果は薄いだろうがやらないよりマシだ。
勿論、フェルアノやアクアーリィを始めとする魔術師達が火球の魔法<ファイヤーボール>を放つことになっているのでかなりの被害を期待できるだろう。
「まだだ! まだだぞ!!」
これ以上は弓隊の死角に入るという限界ギリギリの箇所まで侵入したところで合図を送る。
「放てぇぇぇ!」
矢が空を切る音が辺りを支配する。
その後に魔法による攻撃が放たれる。
火球や雷光、色々な魔法が放たれスイストリア軍を寄せ付けない。
それでもこれらをかいくぐって天使の輪<エンジェル・ハイロウ>に張り付き縄梯子を賭けようとするがそこで絶句する。
(やっと気づいたかよ! この天使の輪<エンジェル・ハイロウ>は壁面が大きく湾曲している。縄梯子を賭けるには弓矢や魔法の効果範囲に入るしかねえ。特別な攻城塔<ブリーチング・タワー>でも持ってこなけりゃこっちには上れねえよ!!)
ジークは会心の笑みを浮かべる。
スイストリア軍も弓矢や魔法で反撃してくるが天使の輪<エンジェル・ハイロウ>の防御力の高さから弓矢による被害は皆無といって良い。流石に魔法による被害は発生したものの術者自身の腕が低い為被害らしい被害にはならなかった。
これはスイストリアが戦場の主力を騎士にして来たがためである。この点はロッツフォードが助かったと言えよう。
こうして六倍以上の兵力差があるにも係わらずロッツフォード軍は善戦していた。
ファーナリス法王国では疑問の声が上がっていた。
民を思い善政をしくロッツフォードに援軍を出すべきではないかと。
だがこれをヒョードル将軍が一蹴している。
「がばばばばばばばばぁぁぁ! 童<わっぱ>がジルベルクに睨みを効かせてくれるだけでいいと言うんじゃぁぁぁ! ワシらはそれをやっとれば良いぃぃぃ! 酔狂で戦役大陸最強の一角に数えられる訳ではないわぁぁぁ! あの不敗の将がそれだけでいいと言うんじゃあぁぁぁ! 間違いなかろうぉぉぉ!」
現にこのおかげでジルベルク帝国はスイストリア王国に援助・援軍が出来ない状態になっている。
ジークのジルベルク帝国対策は当たった。
「六倍の戦力差がありながら何故未だに落ちん!!」
時はすでに二月流れている。
本来、砦や城を攻める事は簡単なものではない。
城や砦を囲うだけでも一苦労なのだ。
城砦の規模次第で三倍から五倍もしくはそれ以上の兵力が必要だ。
加えて連携も無茶苦茶で突撃ばかりを繰り返す、今のスイストリア王国軍では十倍の兵力差があっても落とせはしないだろう。
ましてや戦上手のジークが率いる士気も高いロッツフォード軍である。
何より攻城塔<ブリーチング・タワー>を用意していないぐらいなのだから相当城攻めというものを経験していないのだろう。
否、ある理由により攻城戦が出来るかも怪しい状態なのだ。
全体の指揮を執るスイストリア国王フブカ王は苛立ちが頂点に達していた。
(早く、早く! 美姫で知られるスィーリア嬢だけではない! 「傾国」とまで謳われたフェルアノ嬢までおるのだ! 彼女らならば我が子を設けることが出来るはずだ! ジークなどというどこの馬の骨とも分からん奴の子を宿す前にワシの子を生ませるのだ!)
このフブカ王には子がいない。勿論結婚して正妃はいるし側室もいる。
だが、子が出来ない。
ここまでくれば種無し確定なのだが認めることが出来ずに女のせいにして毎日正妃をなじている。
世継がいないのは問題である。
親族から養子を設けることで後継者とすることも出来るがフブカ王は血筋に強くこだわった。将来も自分が後ろ盾になることで権力を独り占めしたいが為に。
だが、上手くいかない。ロッツフォードの独立を始め何もかもが上手くいかなくなった。王である自分の意思が通じなくなってきている。
この苛立ちをぶつける先としてロッツフォードを選んだのだ。
略奪により財を成すために。
ロッツフォードの産業を己のものにする為に。
我が子を生ませる為のスィーリアを始めとする美女達を手に入れる為に。
その苛立ちで我を失いつつあるフブカ王を宮廷魔術師のガンド=ヘルバーニとその弟にしてスイストリア王国騎士団長アモンデス=ヘルバーニがいさめる。
「陛下、落ち着きください。私ガンドとアモンデスがついております。この兵力差を覆すことなど簡単には出来ません。ゆるりと攻めればよろしいのです。」
「そうですとも。我々がついております。安心してください。」
スイストリア軍に現状を理解しているものなどいなかった。
指揮を執る者達が愚か過ぎた。
だから気づかないでいた。
時は流れ移ろうということを。
「うぅ、寒い! 最近めっきり寒くなってきたな。」
「あぁ、日中はそうでもないが朝晩の冷え込みが酷い。俺らにも天幕をくれってんだ。」
「俺ら兵士にまで天幕くれるのかよ? 無理だろ。」
スイストリア王国軍内部での兵士達の会話である。
「そろそろか・・・。」
朝方、空を見上げ呟くジークの息は白かった。
今日も馬鹿の一つ覚えように突撃を仕掛けてくるスイストリア軍に慢心する事無く対応するロッツフォード軍。
ロッツフォード側は多数の負傷者は出るものの、なんと死者がまだ出ていないのだ。
その理由の一つとして天使の輪<エンジェル・ハイロウ>が非常に堅牢無比である為だ。
対魔法戦の装置が生きている事が何より強みとなった。
堅牢さにより弓矢の効果は無い。対魔法戦の装置によって魔術の効果が上がらない。
さらに出入り口がどこか分からないためスイストリア軍は右往左往して弓矢や魔術の格好の的になる。
スイストリア軍の斥候職たちが懸命になって出入り口を探しているが見つからない。
そのため無駄な突撃ばかりを繰り返している。
(六千五百いた兵が四千五百まで落ちてんだぞ! 二千名の一市民を殺してるんだぞ! いい加減引きやがれ!)
ジークの苛立ちはスイストリア軍以上だった。
無駄な死人を増やしたくなかったからだ。
ロッツフォード側が死者皆無なのはここに最大の理由がある。
今回のスイストリアの軍編成で全体の八割、五千名以上がが緊急に徴兵した一般市民なのだ。練度もへったくれもあったものではないのだ。
(自国民をここまで巻き込んだんだ! 敗軍の将として首級<くび>は必ず貰うぞ! フブカ、ガンド、アモンデス!)
さらに時は半月流れる。
ちらほらと白い雪が舞うようになった。
ロッツフォードの厳しい冬がやってきたのだ。
ここにジークの策が一つなった。




