親殺し
グリズールが戦支度をしていることを知らされたジークはすぐに軍を編成。
グリズール軍総力六百より少ない五百の兵でわざと挑んだ。
「ロッツフォードとの境に近いところに小さな砦があります。攻め込まれればグリズールはおそらくそこに篭城するでしょう。」
このカティアの追加の報告を受けてジークは迅速に行動に移った。
一部の兵を先行させて辺り一体の兵糧の買占めを行ったのだ。
何せ金だけはある。
戦で兵糧はあって困ることは無い。
多少金がかかってもかまわんと指示を下している。
そして本隊はゆっくり行軍させた。行き先はグリズールの砦。
グリズール軍はロッツフォードの遅い行軍をおかしいと思いながらも先遣隊として兵二百をこの砦に迅速に入り込ませ篭城の構えを見せた。
これを確認した後、ジークは風の如く本隊を砦まで移動させて動きを封じた。
こうしてジークは戦が始まる前から兵糧攻めを行ったのだ。
兵糧攻めを行ってから一月。
本来であれば攻城戦を行い砦を落とすべきだがジークはそれをしなかった。
グリズール軍本隊四百はまだ動けないことを読んでいた。
十分な準備が出来ないように虚報をいたるところに流したせいである。
特に兵糧に関してはロッツフォード軍が高く買ってくれるとの情報を流した。
そして兵糧の買占めを続行させたのだ。
これで食料の値段が急激に上がりグリズールは兵糧を入手しにくくなった。
内情が火の車であるグリズールは金も無い状態。
故に兵糧の準備が進まないという悪循環に陥っていた。
情報を完全に制していたジークの勝ちと言えよう。
ジークは砦に対して次のように降伏勧告を行った。
今降伏すれば将はおろか兵一兵に至るまで捕虜として丁重に扱うことを約束する。
ジークの神速の行動によってろくな準備が出来ぬまま砦に入った。
兵糧は現地で調達しようとしたところすでに買占められていることを知らされ兵の士気は大きく落ちていた。食うに困り戦どころではなったのだ。
そこにこの勧告である。
こうしてジークは戦わずしてグリズール領攻略の足掛かりとなる砦を手に入れた。
ジークは約束通り兵一兵に至るまで丁重に扱った。
特に徴兵された一般市民はその場で解放した。
これらの扱い感銘を受けた兵達はロッツフォードに降る者が続出した。
ここにロッツフォード兵約七百、グリズール兵約四百と倍近くの戦力差が出来た。
それからわずか十日後。
ジーク達ロッツフォード軍はある町の側でグリズール軍と対峙していた。
町の名はグリズール。
名前からも分かるようにグリズール領主館がある町である。
その対陣しているロッツフォード軍の中にフェルアノの姿があった。
己が故郷を滅ぼす為に。
ロッツフォード軍の精強さは知れ渡っている。そのためグリズール兵の士気は低いなどというものではなかった。
対陣しているだけで壊走しそうなほど、兵が怯えきっているのだ。
「誰か何とかできんのか!」
グリズールの本陣が置かれている天幕でフォルキスの怒声が響く。
もしこれをどうにかできる人材がいるとしたらそれはロッツフォードへ行った娘のフェルアノだろうとフォルキスも分かっている。
フェルアノがいなくなってから全てが上手くいかなくなった。
特に領地運営に関しては致命的だった。
娘が出来るのだから自分にも出来ると思っていたのだ。
だが、出来なかった。娘の注進が本当であると思い知らされたのだ。
最早グリズールは破綻寸前。そこで兵を起こしロッツフォードを乗っ取ろうとしたが先に行動に移された。
フォルキスは勘当した時の娘の言葉を思い出していた。
(ありがとうございます。これで敵となった暁には遠慮なく叩き潰せるというものです。)
(泣きついて来るのは果たしてどちらでしょう?)
フォルキスは寒気を覚えた。
(こうなる事を予見していたとでも言うのか!?)
戦にはならなかった。
ロッツフォード軍が突撃すると同時にグリズール軍は壊走したのだ。
一合すら交えていない。
フォルキス=グリズールがすでに逃走していたからである。
「ライラ! 早く逃げる支度をするのだ!」
フォルキスは領主館で自分の妻を急かした。
「事の次第を陛下に打ち明けロッツフォード討伐軍を編成してもらいそこからこのグリズールを取り返そう!」
だが、なんら反応すらしない。
ただ、微笑んでいるだけである。
気がふれたかと思っていると涼やかな声で応じられる。
「何をおっしゃってるの? 私はロッツフォードのジーク様の愛妾になるので逃げるなら御一人でお逃げください。」
未だ衰える事無い美貌を誇る妻の言葉に己の耳を疑った。
「正気か!? どこの馬の骨とも分からぬ輩に身も心も許すというのか!?」
フォルキスは自分の妻ライラ=グリズールに詰め寄った。
「正気ですとも。私がこういう女だということは貴方が一番ご存知のはずですよ? いずれは侯爵辺りを誑し込もうと思っていたのに貴方ったら全然中央に繋がりを作ろうとしないんですもの。こんな地方で老いさらばえるよりならロッツフォードに行きますわ。何でもジーク様はとても美丈夫で夜の営みでは何人もの女性を虜にするほどの精力絶倫の精豪との事。貴方のようにただ腰を振るだけの営みは正直うんざりしておりました。ありていに言えば貴方は下手くそなのよ。女の渇きを癒すことも出来ない役立たず。それが貴方よ。その証拠にこうやって惨めに逃げようとしておいでではありませんか。」
「それとこれとは関係ない! 良いから・・・。」
「ですから御一人で・・・。」
この二人の言い争いを制する者が来ていた。
何時からいたのかは分からない。
だが、氷のように冷たい視線を実の両親に投げかける。
「案の定ね。醜い事この上ないわ・・・。」
「「フェルアノ!」」
フェルアノはナイフを一本、二人に投げて寄越した。
「自害するか、私に殺されるか、選びなさい。」
「何を言っているんだ! それが父に向かって言う言葉か!」
「フェルアノ! 良いところにきてくれたわ! 私をジーク様に紹介してちょうだい!」
「黙れ!!」
このフェルアノの剣幕に二人は押された。
「私は勘当された身よ! もう親でも子でも無いわ! それにお前のような売女をジークに紹介しようと考えるだけで寒気がする! ジークに懸想なんてしないでちょうだい! ジークが穢れるわ!」
フェルアノの眼は怒りに燃えていた。
「ライラ=グリズール。貴方は本当にどうしようもない女ね。覚えている? ラクリールとその父、ブリア様を!」
「・・・・・・。」
「忘れたとは言わせないわ! 伯爵であったのに妻である貴女の放蕩が過ぎて没落して市井に落ちた方よ! それを見て貴女はあっさりそこのフォルキスに乗り換えた! その後商人として大成したブリア様が未だ自分に懸想している事を知って財を絞れるだけ絞りまた捨てた! その時出来たのがラクリールよ! 知らないとは言わせないわ!」
「「・・・・・・。」」
フェルアノの怒りに飲まれ二人は声が出ない。
「フォルキス、貴方は貴族同士の繋がりを作る為にいつも家を開けていたわ。ライラ、貴女はいつも権力という力を持つ男を漁っていたわ。だからいつも私は一人だった。そんなある日一人の領民が助けを求めてきたのわ。父を助けてくださいと。」
「・・・ラクリールでしょ・・・。」
ライラが答える。だがこれでフェルアノの怒りは収まりはしない。むしろより大きくなった。
「ええ! そうよ! まだ十歳にもならない子供が痩せ細ろいぼろを着て! 見た瞬間驚いたわ! 貴女の面影があるんですもの! 子供ながら貴女が男漁りをしているのを知っていた私はすぐに分かったわ! 自分の妹だと! その子の家に行ったら病床で頬のこけた人物を見せられたわ! それがブリア様よ! 子供ながらに死期が近いと分かったわ! 当時の私には出来ることなんか無かった! なのにブリア様はありがとうと言って逝かれたわ! 何も出来なかった私に対してよ! 領民を守る為にいるはずなのに! そのための貴族なのに! 何も出来なかった!」
フェルアノは肩で息をしている。興奮の頂点にいるのだ。目からは涙もこぼれている。
「その後は出来ることをしようと頑張ったわ! 私にとってたった一人の妹を守る為の闘いが! 人目を忍んで何度も会いに行ったわ! ブリア様を守れなかった私を姉と慕ってくれるのが嬉しかったわ。領地の経営に携わろうとしたのはこのためよ! どれ程破綻寸前でも妹のラクリールがここにいる限り頑張れた! ライラ=グリズールのように体だけは売るまいと心に誓った! でもお前達はその妹を政争の道具に使った!」
「・・・・・・。」
「独立派で裏切らない為の人質? 忠誠の証? なによそれ! そんなふざけた理由でラクリールを王家に差し出した貴方達を私が許すと思っているの!?」
「・・・・・・。」
フォルキスもライラも何も言わない。
フェルアノの怒りが本気だとやっと分かったのだ。
「・・・私が本気だということがやっと分かったようね。もう一度言うわ。選びなさい! 自害するか、私に殺されるか!」
「そこまでだ・・・。」
ジークは幕引きの為に現れた。
「ジーク・・・! なにがそこまでなの! こいつらは悪徳の象徴よ! ここで殺さないとロッツフォードの害悪になるわ!」
「・・・頼まれたんだよ。」
「頼まれた・・・?」
「・・・ラクリールにな、お姉ちゃんに親殺しをさせないでって。」
「!!」
フェルアノの目が見開かれる。
そのフェルアノをジークは腕で優しく抱き包む。
「俺も同感だ。肉親殺しの大罪なんて背負うな。」
「でも! でも!」
それでも言い募るフェルアノにジークはさらに諭す。
「ブレアとラクリールのせいにして肉親殺しを犯すな。」
「!」
「まだ戦士として駆け出しの頃戦役大陸で俺は育ての親と敵対勢力に別れ対峙する事になった。皮肉なことに将軍同士の一騎打ちの代理で俺と育て親が指定されてな。・・・俺は育ての親をこの手にかけた。」
「・・・。」
スィーリアが見惚れたという穏やかな顔を自分も今見ている。
フェルアノは驚いていた。
そのせいかフェルアノは憑き物が落ちたようにジークの顔を見上げる。
「毎日夢に見たよ。何度手を洗ってもその感触が消えないんだ。今でもその感触は手に残っている。何年も何年も苦しんでやっと気にしないようになれた。でも忘れないようにしている。きっとこれがヒョードル将軍が言う背負える強さなんだろう。けど、フェルアノにはこんな重荷を背負って欲しくないんだ。ラクリールと一緒に笑っていて欲しいんだよ。」
「あなた・・・。」
フェルアノの口から「夫」という意味で呼ばれたジークはフェルアノを抱きしめる腕に力を入れより密着させる。
「この二人は正規の捕虜として扱う。お願いだフェルアノ、ロッツフォードでラクリールと笑顔で会えるように理解しておくれ。」
ジークは自分の胸に額をこすり付けコクンと頷くフェルアノの髪を愛おしそうにすく。やっと自分達は死ぬという選択肢から開放されたことでフォルキスとライラはため息をついた。
そうして兵達に連れて行かれそうになるときライラはジークに話しかける。
今以上の生活を手に入れる為に。
「ジーク様! 助けていただきありがとうございます! 我が娘ながら恐ろしいこ・・・。」
ライラは最後まで言えなかった。ジークの一言が遮ったのだ。
「黙れ。」
それでも保身の為に口を開く。
「フェルアノやラクリールでは味わえない素晴らしい一時を私ならお約束出来ますわ! 今夜にでもお相手を・・・。」
ジークは黙らせる為にライラの顔を鷲掴みにした。
「フェルアノの気持ちが分かるぜ。おい醜女、よく聞け! お前は捕虜だ! これから監禁生活が待っているって理解しているか? 俺に取り入ろうするだけ無駄だ。俺の中ではお前とフェルアノを比べる事になるんだ。若さ、胸の大きさや形、感度、何より俺への愛情、俺からの愛情に隷属するほど慕っているフェルアノと俺の間にお前如きが入れる余地があると思ってるのかよ。」
ライラは鷲掴みにされた手を振りほどこうとするが外れない。
「俺が背中に背負っている大剣が飾りとでも思ってたかよ? こいつを振り回すのにどんだけの腕力と握力が必要だと思ってるんだ? フェルアノと違って頭の中身が足りなすぎだ。」
うめき声が大きくなる。
「これからの監禁生活は厳しいぞ。今までのような贅沢なんざ出来ると思うなよ? 何より今後はお前の生きてきた結果が反映されるんだ。」
「結果? 反映?」
ジークのこの言葉に疑問をライラは感じた。
「ああ、そうだ! 捕虜交換に誰も応じなければてめえの監禁生活はずっと続くんだからな。」
「!」
「今までたくさんの男達と仲良くなってきただろう? だが穿った見方をすりゃあそれは何人もの男を裏切り続けて来たわけだ。その男達と夫を寝取られた女達、さぞ恨みを買っていることだろうよ」
「・・・・・・。」
やっと事態を飲み込めたライラ=グリズールは改めて命乞いをはじめた
「お願い! 何でもするから助けて! そんな生活イヤ! イヤァァァ!」
ライラ=グリズールは命乞いをしながら兵に引きずられていった。
「これで良いだろ? フェルアノ・・・。」
「えぇ、これで良いわ・・・。帰ってラクリールに会いたい。ありがとうジーク、あんなのを手にかけずにすむ様に取り計らってくれて。」
フェルアノはジークにそっと口付けをする。
感謝と愛情を精一杯込めて。




