独立
「戦後処理の仕事までさせて悪いね・・・。」
ソルバテス=ロッツフォードはベットの上でジークに語りかける。
目覚めてから一月の時間が流れている。
徐々に回復はしてきているが未だ病床の身だ。
その病床の身である伯爵にジークが話しかける。
「なあに、エドワードの兄ちゃんの代わりにファーナリスに挨拶に行ったりした程度さ。気に病むな。」
この発言にはソルバテスが苦笑する。
そんな訳が無いのだ。
戦後処理の仕事なぞ山ほど有るに決まっている。
それにマテリア平原でいくら勝利を収めたと言っても、ファーナリス法王国は聖騎士団を始め甚大な被害をこうむっている。かかった戦費は莫大なものだ。
我が子エドワードからの報告でその全ての戦費をジーク個人が負担したと聞かせられている。
気に病むなと言うほうが無理がある。
「・・・今回の戦費負担の件だけど・・・。」
ソルバテスがこう切り出すとジークはすぐにそれを遮るように発言する。
「今回の作戦は俺個人の我侭が入っている。だから戦費の負担ぐらいはさせてくれよ。それにいくつもの遺跡を探索してるおかげで金なぞ腐るほど持っている。戦役大陸にいた頃からの分を含めりゃ地方の領地の四つや五つ土地家屋つきで丸ごと買えるだけあるんだ。その使ってねえ金を使ったってだけの話さ。溜め込むだけの金なんぞ、道端の石っころと変わらねえよ。だから気にするな。」
「そうは言うけどねぇ・・・。その我侭って僕を助ける為のものでしょ? 気にするよ・・・。」
「・・・なら、後で俺の我侭を聞いてくれよ。」
「わがまま?」
「ああ。」
「・・・分かった。どんな我侭でも聞こう。」
「言ったな。絶対忘れるなよ。」
こう言ってジークはニヤリと笑った。
夕刻、ジークの寝所から激しい嬌声が上がる。
スィーリアとジークが肌を重ねているのだ。
しばらくしてその嬌声も止む。
ジークの胸に顔をこすり付けスィーリアが甘えている。
「また、ファーナリスに行くの?」
「戦後処理や今後のロッツフォードの事に関して話し合わなきゃならん事が山済みでな・・・。」
「あんなに蒼薔薇の皆を可愛がる必要があったの? 折角の夫婦の時間がたくさん削られたわ! エリーゼやクローゼ、フェルアノも腰周りがとても充実しているし!」
そう言ってスィーリアは拗ねてみせる。
それすらも愛おしくてジークは自分の妻を抱きしめる。
マテリア平原での戦の後、ジークは対人戦、はっきり言えば初めて人殺しをした面々の心の負担を取り除こうと積極的に話しかけ、時には聞き役に徹したりもした。自分の経験や失敗談を話すなど心のケアに努めたのだ。
義勇兵の殆どは戦役大陸渡りのため対人戦の経験がある。だが、騎士隊に新しく配置された者や先述のヴィッシュたち蒼薔薇の面々やフェルアノやエリーゼ、クローゼは人を殺めた経験は無い。
特にヴィッシュたち自分の眷属になった者たちや自分付きの銀の乙女となった者たちは閨に何度も呼び可愛がることで癒した。
騎士隊の面々はしっかり話を聞くことや酒に付き合うことで乗り越えさせた。
このためにスィーリアと殆ど時間が取れなかったのだ。
「分かってるわよ? ジークの取った行動の意味ぐらい。でもね、ジークを取られたみたいで嫌なの! 皆とは仲良くしてるけど私を寝所に呼んでくれないのは寂しいの! 自分でも嫌な女だと分かっているけど止まらないの!」
「スィーリア。」
「・・・うん、何?」
自己嫌悪しているスィーリアに優しく語り掛ける。
「愛してる。誰よりも一番愛してる。だから結婚したんだ。スィーリアと共に精一杯生きると誓ったんだ。スィーリア、愛してる。」
「・・・ジーク!!」
この言葉に感極まったスィーリアはジークの体に馬乗りになる。
「さっきまではジークに愛されたけど、今度は私が愛する番よ。ジーク、私も愛してるわ。だから、いっぱい子づくりしましょ?」
あくる朝、ファーナリスへの会談へ向かう為にエドワードと騎士隊の一部の者がジークの自宅の前に集まっていた。
「? スィーリアはどうしたんだい? 他のみんなも? いつもなら必ず誰かしら見送りに来るのに?」
「・・・疲れて眠ってる。」
あの後、スィーリアだけではジークの欲望を受けきれなくなりスィーリアの許可を得てエリーゼやクローゼ、フェルアノを始め銀の乙女、眷属全員を呼び集め爛れた一夜を過ごしたのだ。
この言葉にエドワードは半眼となり白い目を向ける。
「・・・もうね、家庭の事情だからとにかく言う筋合いじゃないんだけどね・・・。」
「いや、そろそろ子供欲しいし、頑張ろうかなって・・・。」
「・・・程々にね。」
ジークの精豪ぶりに呆れるエドワードだった。
「がばばばばばばばばぁぁぁ! よく来たなぁぁぁ! 童<わっぱ>ぁぁぁ!」
ファーナリス法王国の国境近くまで来るとエドワードたちロッツフォードの面々をヒョードル将軍が出迎えた。
「ヒョードル将軍自らのお出迎え感謝いたします。」
下馬し、膝を付くエドワード。ジークと騎士隊もそれに倣う。
「がばばばばばばばぁぁぁ! 律儀じゃのう! エドワード殿はぁぁぁ! ワシに礼なぞ無用ぞぉぉぉ!」
これには側に控えたファーナリスの騎士が小言を言う。
「いつも無礼講のようにされては困ります!」
「誰がじゃ?」
「我々がです!」
「がばばばばばばぁぁぁ! 細かいことを気にしすぎじゃぁぁぁ! 禿げるぞ。」
「余計なお世話です!」
いつの世にも苦労人とはいるものである。
ロッツフォードの面々はファーナリスの首都に入った。
質実剛健な町並みにジークは感じ入った。
(いつかロッツフォードもここに負けないような大都市にしてやろう・・・。)
エドワードとジークは会談の場へと案内された。
「よく来てくれた。エドワード殿、ジーク殿。」
「お時間を取っていただきありがとうございます。ヨルバ陛下。」
今、エドワードが挨拶した人物こそファーナリス法王国を治めるヨルバ=ファーナリスである。堅実で公正な政事を行うため国民からの支持も高い。
ジークからの密談を受けていたヨルバは率先してロッツフォードとの時間を作っているのだ。
「なに、この老いぼれの知恵でよければいくらでも貸そう。」
こうしてヨルバ陛下の下でマテリア平原の扱いやファーナリス軍の損害の回復の見込み、帰る場所を失った元スイストリア諸侯軍の処遇、ロッツフォードの物資の輸出入についてなどが話し合われた。
「さて、親父殿。」
「なんだい、息子殿。」
場所はソルバテス=ロッツフォード伯爵宅。
ファーナリス法王国とロッツフォードは単独で何度も会談を重ねた。
その間にも伯爵の体は回復し杖をつきながらではあるが少しの距離ならば歩けるようになったのだ。その伯爵にジークは声をかけていた。
「覚えてるかい? 俺の我侭を聞いてくれるって。」
「勿論覚えてるよ。でもあまり無茶なことは勘弁してくれおくれよ?」
この話し合いの場所にはジークの頼みでエドワード、エヴァン、スィーリアを始めとするジーク付きの銀の乙女達、アクアーリィを筆頭とするジークの眷属の女性陣まで集められた。
そしてソルバテス=ロッツフォードは集められた面々を見て自分が考えていたことに確信を得ていた。
「独立してくれ。スイストリア王国からの独立を宣言してくれ。」
「・・・できるかな?」
「スイストリアという泥舟にいつまでも乗ってるわけには行かねえ。」
「父さん。僕も独立に賛成だ。今までの仕打ちを考えればこれ以上この国に尽くす義理は無いよ。」
「そのとおりです! 父上。」
エドワードとエヴァンが言い募る。
「父上。今は私達だけでなくジーク達もいます。ご決断ください。」
愛娘たるスィーリアも賛同する。
「私が言えた義理ではありませんがスイストリアは私を使ってジーク様の暗殺を試みた過去があります。むしろ国に使える伯爵様をそのような体にしたスイストリアに反旗を翻しても後ろ指をさすものなどおりません。ご決断の時機かと。」
フェルアノのこの言葉を伯爵は頷く。いつもの柔和な顔ではなく真剣な顔でジークに視線を向ける。
「ジーク君。」
「はい。」
「ロッツフォードの独立を宣言しよう。お触れを出す準備をしてくれないかい?」
「御意。」
ロッツフォードの独立の瞬間である。