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思い

「村だな」

あれから数日、幾つかの村や町を経てロッツフォード領の伯爵宅に到着したジークの第一声だ。

「村だよ。今はまだね。でっかい街でもあると思ってたのかい? 無茶言わないでくれよ。これでもかなりの資産を投じてやっとこさ造ったんだよ?」

「事情を鑑みればこれは立派なほうだ。最悪、天幕だらけの光景を想像していたからな。冒険者の店や幾つかの商店もあるんだろ? なら十分だろ。」

「そう言ってもらえると助かるよ。じゃあスィーリア、ジーク君に施設とか案内してあげなさい。」

 ・・・時はまもなく夕刻。その後は夜の帳が下りる。少なくとも案内なら明日にすべきだと思い伯爵に申し入れをしようとしたところに当の伯爵から声をかけられる。

「ジーク君、ちゃんと送ってきてね?」

この発言には何の意味を込めてるのだろう? 送り狼上等という意味だろうか?

非常に困惑しているジークをよそに伯爵はさっさと自宅に引っ込んでしまった。




(父上の馬鹿! 父上の馬鹿!! 父上の馬鹿!!!)

スィーリアは表面上は冷静さを装い、実際のところは顔を真っ赤にして全然装えてはいないのだが、心の中で自らの父親ソルバテス=ロッツフォードを激しく罵っていた。自分の心情はこの数日のうちに的確に父に伝わっている。

 つまり、一目惚れ。

(ジークは自分の髪や瞳が嫌いなようだけど、私は綺麗だと思うし、顔立ちも整ってるし、それに左頬の大きな傷も何かこう凄みになっていていいなあとは思うし・・・。落ち着け、私。何も父上の思惑道理に今日のうちに思いをぶつけて既成事実を作る必要は無い・・・はずよ。そうよ、今日は冒険者の店や騎士団の詰め所とか施設を案内するだけ。そうよ、それだけでもいいはずよ。あっ! でも私のお気に入りの場所くらいは教えても罰は当たらないよね?)

そうして百面相をしているスィーリアを見てジークは思った。

(この嬢チャン、ホントに邪神神託を受けて切羽詰った状況なのか?)

このままにしておいた方が面白いだろうが、宿も取らなければならないことを考えると放ってもおけず、スィーリアを促し村へと足を運んだ



「お帰りなさい。父さん。」

ソルバテスを迎えたのは長男であるエドワードだ。ローブを纏い、杖を手にしている。魔術師だ。このエドワードは将来は魔術師組合<マジックギルド>の導師を嘱望していたのだが父の伯爵への任命という左遷により望みは絶たれた。だが、貴族としての勤めを果たそうとする父を尊敬しており周りからの哀れみも些事としてしか捉えていなかった。

むしろ、自分がやりたい研究を思い存分出来る時間が確保できたと喜んだぐらいなのだ。

「クアートまで足を運んだ結果はどうでしたか?」

皮肉でもなんでもない。ただ、純粋に知りたがったが故の発言だが、父であるソルバテスが過剰に反応した。いい方に。

「一人だが来てくれたよ! 名前はジークというんだ。戦力としても冒険者としても指揮官としても一流どころだろう。将来お前の義弟になるかも知れないよ。」

この台詞を聞いてエドワードは眉を顰めた。この父は何を言っているのだ? と。

「神託の件が解決しなければそんな未来は来ませんよ・・・。」

エドワードも妹には幸せになって欲しいと願っている。だが、生贄などという邪神神託が下されている以上それはありえないのだ。自害させるべきだという意見すらあったぐらいだ。そんなことを考えているエドワードにソルバテスは衝撃的なことを告げる。

「その神託だがジークが如何にか出来る可能性が出てきたんだよ。」




 その頃、スィーリアは村をまわって歩いた。

 冒険者の店や雑貨屋、騎士団の詰め所など公的施設を中心に寄り、場所を教え知人に紹介して歩こうと決めていた。




「・・・まぁ、ツテのある奴等に連絡をして欲しい旨を伝えたから希望者がいれば追っ付けここにやってくるだろう。もう少し時間をくれ。」

そのジークの言葉を受けているのはこの冒険者の店「旅人の安らぎ亭」の主人ワキンである。

「一人だけでも確保できたのは驚きだがまさか戦役大陸から来た戦人とは恐れ入る。しかも後から追加で人材が確保できるかも知れないんだろ?」

「あくまで可能性の話だ。確約した見たく言わねえでくれよ。」

ジークは内心ウンザリしていた。騎士団の詰め所然り行く先々で同じ話をしているからだ。

そんなジークに女性がもってきた水を差し出した。

「お水ですがどうぞ。もう、お父さん! 疲れている人を捕まえて長々と何話してるの! 蒼薔薇の皆が居なくてもやるべき仕事はあるでしょ!」

「・・・どんどん母さんに似てくる。紹介しよう。家の娘でアンナって言うんだ。アンナ。こちらはジークさんといって蒼薔薇同様ここを中心に活動してくれる冒険者さんだ。挨拶しろ。」

そういわれジークに女性が向き合う。

「初めましてアンナといいます。スィーリアとは幼従兄弟なんですよ。これからも御贔屓にしてくださいね。お願いします。」

スィーリアに似てるなと思っていたところにこの言葉でハタと気が付く。

「・・・ちょっと待て。ひょっとしてこの村はロッツフォードの一族で構成されてるのか?」

スィーリアがその問いかけに答えた。

「私のせいだよ。邪神神託なんて受けた為に一族全員が被害を受けてしまったんだ。そこに父上の度重なる苦言と宰相たちの諫言が止めになったんだ。」

「・・・こりゃぁ、悠長に構えてる場合じゃねえな。早くしねえとドンドン立場が悪くなっていくな・・・」

ふと外に目をやるともう暗くなり始めていた。

「スィーリア。もう暗くなるから送ろう。」




「もうちょっと先にあるんだ。」

(何でこうなった・・・)

ジークは今、小高い丘を登っている。スィーリアが先導して。

店を辞した後、スィーリアがどうしてもというので付いてきたのだ。

何でもこの丘の上が自分のお気に入りの場所だというのだ。その説明にお気に入りの場所以外の意味を感じ取りついてきたのだ。

「しかし、ジークが魔法使いだとは思わなかったぞ。その重装備からてっきり近接戦の専門職だと思っていた。」

今、二人の周りを照らしているのは月明かりや星明りだけではない。ジークの魔術によって生み出させた魔力の明かりが照らしているのだ。

「正確には魔術だ。それも即時魔術と言って場合によっては使う場所が極めて限定されたりする欠陥品だよ。まぁ、ここいら辺りの講釈はいつかまたしてやる。」

これを聞いたスィーリアは

(会いに行く口実が出来た)

と内心非常に喜んでいた。



「さて、やっと着いたが見せたいって言うのはこれか?」

そこにはロッツフォードの出来たばかりの村を一望できる場所であった。明かりもポツリポツリとまばらで数も二十から三十といったところだ。

「あぁ、私の宝物なんだ。」

「宝物?」

「この灯火の元に家族が仲間が集っている。この灯火が私達が守るべき領民なんだ、守ってきた領民なんだ、今日も一日何事も無く終わらせることが出来たんだと思うと嬉しくなるんだ。」

「なるほど、だから宝物か・・・」

「あぁ。ジークにはつまらないかもしれない事かも知れないけど私には大事なことなんだ。」

そういって少し悲しそうにするスィーリアに向かいジークが語りかけた。

「戦役大陸じゃ餓鬼の娯楽は少ない。」

「え?」

そんなスィーリアの反応を無視してジークは話を続けた。

「戦役大陸じゃ晴天の日は少ない。そのせいかたまに見上げる夜空はキラキラしていて楽しみにしていたもんだ。少なくとも俺はな。だが、さっきも言ったとおりいつも見れるというわけじゃねえ。だからある日こんな風に小高い丘から自軍の陣地の篝火を星に見立てて眺めるようになった。」

この時スィーリアは事の重大さに気がついた。

(ジークは子供の頃から戦場にいた? それも篝火を星に見立てることが出来る大きい戦場に?)

「ある日、両軍が正面からぶつかり大乱戦になった。日が沈み自軍の野営地に戻ったときいつもの癖で丘に登り愕然とした。篝火がポツリポツリとしかねえんだよ。それだけの仲間が死んだという事実を突きつけられてな。それ以降篝火を星に見立てることも夜空を見上げることも無くなった。」

「あの! ジーク! すまない! そんな経験をしているなんて!」

そういい募るスィーリアをジークは手でした。

「でも、生活の営みから生まれる灯火って言うのは悪くは無いな・・・」

いつもの抜き身に剣のような顔ではなく、とても穏やかな子供のような笑顔を見せた。



(反則だ・・・)

あの後、お互い何も言わずに丘を降り、ジークに送られて自宅に帰ってきた。

ジークも今頃旅人の安らぎ亭に向かっている頃だろう。それとももう着いただろうか? どうしてもジークの笑顔が浮かんでしまう。

(反則だ・・・)

邪神神託がなされたとき自分は恋も出来ずに、貴族として勤めも果たすことなく早々に死ぬのだと思いながら生きてきた。

だが、自分は恋をした。しかも神託の内容をの覆せるかもしれない男性に。

この胸の思いを愛に昇華させたいと思うほどに・・・。

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