邂逅
大海原を大船団が渡っている。戦役大陸から中央大陸へ渡るためのものだ。この大船団は魔物の牙や皮などの素材や貴重な鉱石類を運ぶために組まれている。何より海にいる魔物から守るためのものでもある。その大船団の一隻に全身黒尽くめの男がいた。甲板に佇みながら足元を見ている。年のころは二十台半ばくらいだがかもし出す雰囲気が尋常ではなかった。黒色に染められた革鎧に大剣を背負っていた。ほかにも予備の武器だろう、小剣や戦槌、短剣、そして「よくわからない金属の塊」。ただ、見るものが見れば驚嘆するだろう。彼が身に着けているのはすべて失われた魔法技術によって永続的な魔力を付与された魔法の武具だからである。そんな彼の背に声を掛けるものがいた。おそらく顔なじみなのだろう、気安さがある。この船の船長だ。
「ジークの旦那ぁ、明後日には中央大陸に着きますぜ」
よく日に焼けたひげ面の男。どことなく愛嬌もあるそんな船長に振り向きもせずに黒尽くめの男<ジーク>は返答をする。顔は下を向き甲板、否、さらにその下を睨んでいた。
「船の下に何かいる。戦闘準備を急がせろ」
ぎょっとする船長をお構いなしに背負っている剣を構える。視線は甲板を睨んだまま。
「海で大物といえばどんな化け物がいたっけ・・・。ったく、戦禍を招く者<ストームブリンガー>の面目躍如ってわけだ。笑えねえ。」
そう呟き、彼は嗤った。
中央大陸、港町クアート自治領。中央大陸において唯一、戦役大陸との交易をしている自治権を認められた港町である。理由は至極簡単、治安である。
戦役大陸渡りの人間は大きく二つに分けられる。比較的まともかトコトンいかれているか。
そういった人間たちを簡単に国の港町に入れるわけにはいかない。そのため中央大陸の海岸に面した僻地に作られたのがクアートである。たとえ戦役大陸からもたされる交易品で財を成すのが易くとも、得体の知れない魔術師や人知を超えた殺戮人間を簡単に入国させるわけにはいかない。そのため、中央大陸への渡航の審査をする機関が必要となりそれがクアートとなったのだ。
そのクアートに今、大船団が到着した。
「いやぁ、旦那のおかげでなんとか到着できやしたぜ。イカの化け物<クラーケン>が出てきた時にゃ、死を覚悟しやしたぜ。」
船長が全身黒尽くめの男<ジーク>に声を掛ける。そのジークはしかめっ面である。
「そりゃ何とか到着はできたがよぉ、死傷者が山ほどとはいかねえがそれなりに出ている。素直に喜べるモンじゃねぇよ。特に結婚したばかりの奴や、赤ん坊が生まれたばかりの奴が死んでるのを知らされて憂鬱だぜ。」
この台詞を聞いた船長は少々驚く。戦役大陸は非常に苛酷な環境下にあるため心は大きく歪むと言われている。人の生き死になど瑣末ごととして無関心なのが常である。だが、目の前の男は人を悼む発言をした。戦役大陸渡りとしては非常に稀有な存在である。そんな船長の心情を知ってか知らずか話始める。
「まぁ、俺が悔やんでも生き返るわけでもねえか。終わっちまったモンはしかたがねぇ。黙祷でも奉げる位しかやることがねえか・・・。船長には世話になったな。向こうとこっちのギルドの違いとか国々の情勢とかいろいろ教えてもらったし、こいつで船員たちと一緒に飲み食いしてくれ。後は死んだ奴らの家族への見舞金代わりに受け取ってくれ。」
そういって船長に革袋を投げる。受け取った船長はその重さに驚く。慌てて中を確認すると白金貨がかなりの量で入っている。明らかに貰い過ぎだ。その事を言おうとすると、
「俺は戦禍を招く者<ストームブリンガー>なんて字で呼ばれるぐらいの嫌われ者でね。航海中船員たちがびくびくしてたのはわかっていたさ。それで美味い酒でも飲ませてやってくれ。」
「・・・旦那は本当にこれで良かったんですかい? 向こうにいりゃ国王になれたんじゃないですかい? 七番目の英雄として。」
その言葉を聴いてジークは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「戦域確保のために最前線で死闘を繰り広げ、大陸中の遺跡探索をした。そのほかにも色々やって結果、戦役大陸の三分の二を人の活動域にしてそれを維持できるようにしてやったとたん手のひら返しやがった。よっぽど俺が疎ましかったんだろう。暗殺しようと色々手を打ってきやがった。その気なんかこれっぽっちもねえのに俺が自分たちより上に行くことを憂いているあの六英雄<バカ>どもには愛想が尽きた。もう半ば以上敵対してるから別にかまわん。」
「・・・六英雄様がですかい?」
「他にゃ言うなよ。・・・じゃあな。」
そう言って漆黒の外套を纏い離れていく後姿をいつまでも船長は見ていた。
その港町クアートを見て回る一組の男女がいた。壮年の男性と美しい女性である。見て回っているのは冒険者たちが出入りしている酒場や宿泊施設、俗に冒険者の店と呼ばれる所。探しているのは人材。彼らは自分たちの領地を中心に活動してくれる冒険者を探している。何しろ領地のすぐ隣が北部未開拓地だ。魔物の襲撃に備え自由に動ける遊撃隊としてのみならず、開拓の手伝いをしてもらいたいのだ。本来であればそれ相応の人材や資金等が国から補助されてしかるべきなのだが、今回左遷に近い形で辺境伯に任ぜられ、更に開拓を命ぜられたのだ。そのため碌な人材が揃っていない。資金にいたっては幾つもの資産を金に換えて完全に自腹を切った。それでも人材だけはどうにもならず、人件費の倹約を兼ねて自らの足で探し回っているのを考えれば、切羽詰った状況なのだろう。
「いないねぇ。」と、壮年の男性が呟く。この男性が伯爵だと言われても俄かには信じがたい。何せ色々なものがくたびれているからだ。そんなくたびれきった、やつれきった男性に対し隣を歩く女性が応える。
「蒼薔薇のみんなが来てくれたのは助かりますが、それでも足りません。冒険者としてだけではなくいざと言う時の戦闘員となると・・・。」そう応えて眉根を寄せている。
「だから、クアートまで足を運んだんだよね。戦役大陸から来たのであれば戦闘員としては文句無しだろうし、更に指揮経験者となればなお良いね。ただ、家みたいな危険極まりない辺境の貧乏貴族の下にやってきてはくれないだろうね・・・。」
二人は中央大陸の北西、スイストリア王国出身である。クアートに隣接しているただ一つの国ではあるがロッツフォード辺境伯の領地とはほぼ東西で反対に位置する。ここまで足を伸ばした理由は男が語ったように戦闘要員として数えることができ、冒険者として辺境の地理確認作業を行ってくれるもの。更に部隊指揮を執れる者であればなお良し。居ることはいたが、給金や本人の希望やらで折り合いがつかず、ほとんどが断られた。例外は先ほども出た蒼薔薇だけである。
そんな二人は運命の邂逅が待っているとはこの時は知る由もなかった。
「街に入ったとたんこれかよ」
中央大陸へ入るための審査も終わり、クアートの街を見て回ろうとしたとたん現れたのが三人のゴロツキである。先ほどの船長とのやり取りをどこかで見て金の臭いを感じたのだろう。脅し取ろうとたくらみニヤニヤしながら近寄ってくる。ジークにとっては一呼吸の間さえあれば全員の首を飛ばすことは可能だが早々に問題は起こしたくない。
(ホントめんどくせぇ・・・。)
だからといって金を渡すのは論外である。なめられたら終わりの商売をしているのだから。
どうしようかと悩み始めた。ただ悩みの種はゴロツキ共をどう料理しようかという物騒な事ではあったが・・・。
「ん? あれは・・・」
気づいたのは本当に偶然だった。視界の端に入ったのだ。女の身ながら曲がりなりにも騎士として訓練を受けてきたものが見逃せる場面ではなかった。一人を相手に三人がかりとは卑怯だと思ったから、自然と体が動いた。
「父上、少々寄り道してまいります。」
先ほどのクアートを見て回っていた男女のうち女性のほうがそういい残し裏路地の方へ走っていった。
驚いたのは連れの男性である。
「ちょ! スィーリア待ちなさい! ・・・はぁ、セリア、ドンドン君に似てきたよ・・・。」
そう言って亡き妻のことを思い出しながら彼女の後を追いかけた。
(全員、胃の中のものをぶちまけるなり血反吐吐くなりすりゃぁ大人しくなるかな?)
拳でやろうか脚でやろうかなどと、物騒な事を黒尽くめの男が考えていると凛とした声が通った。
「何をしている! ここクアートは自治領であるが故に治安維持のためにこのような行為には厳罰が下されるのだぞ!」
一瞬ひるんだゴロツキ共ではあったが、出てきたのが女、それも非常に美人だと解ると途端に下卑た笑いをあげる。
「ばれなきゃいいのさ、ばれなきゃ。」
「おっぱい大きいねえ。存分に楽しんでやるよ!」
「野郎の方にゃ用はねぇ。金置いて失せな!」
卑猥な野次に顔を真っ赤にしている女性、大人びているがおそらくまだ少女と呼んで差し支えない年頃の女性として、騎士として我慢ならない発言だったのだろう。腰の剣に自然と手が伸びていくのを黒尽くめの男が止めて特に表情も崩さずにぼそりと呟いた。
「拳と脚、どっちがいい」
「はぁ? 何言ってんだてめぇ。三人相手にやろうってのかい?」
「女の前だからっていい格好してえんだろうが、悪いことはいわねえ。金置いて失せやがれ!」
「そういう君たちこそ逃げたほうがいいよ。」
やけにやつれた男性が割り込んできた。
「そちらに居る彼の腕前なら君たちを殺すのは分けないことなんだよ? 命を無駄にしないほうがいいと思うよ。」
「父上!」
どうやら割り込んだ男の言葉に触発されたのか、ゴロツキ共が各々武器を構え始めた。
「・・・いらね事と言いやがって。まぁ、おかげで自分の身を守るためって言い訳が出来たよ。後は俺がやるから引っ込んでてくれるか?」
そう男女一組に言い置いて、黒尽くめの男はゴロツキ共を迎え撃った。
結論から言えばゴロツキ三人は呼んだ仲間を入れて計六名全員が拳打で胃の中のものを全部吐き戻し、蹴足で血反吐を吐いて官憲に突き出された。
「初めまして。私の名前はソルバテス=ロッツフォード。このスイストリア王国で辺境伯を務めている。」
「私は娘のスィーリアといいます。」
「・・・ジークだ。今日、戦役大陸から到着したばかりだ。」
ゴロツキ共を官憲に突き出した後、三人は近くの公園で休憩がてら自己紹介をはじめた。だが、ジークとしては早々にお暇しようと思っていた。スィーリアと名乗った女性がやけにじっとこちらを観察しているのだ。なんか言い訳を考えているとスィーリアに指摘された。
「フードぐらい取ったらどうだ?」
何の気負いも感じられ無いところを見るとふと思った事が口から出たようだ。
「は? いやまぁ、こっちにも色々と事情があるわけだが・・・。」
だが、確かに目の前にいるのは曲がりなりにも伯爵位にいる人物だ。フードぐらい取らねば失例かと思い改めてフードを取り挨拶をし直した。
「俺の名前はジーク。戦役大陸から今日このシーディッシュ中央大陸に着いたばかりだ。向こうじゃ戦禍を招く者<ストームブリンガー>という字が一番とおりがいいな。こっちでは冒険者家業に尽きたいと・・・」
だが、唐突にスィーリアの口から漏れた言葉がジークの台詞を遮った。
「綺麗・・・」
何のことかと思いスィーリアの視線を見るとじっと自分の目を、金色の瞳孔を見ている。
「あー。 その気持ち悪くねぇのか? 金色のめん玉だぞ?」
「え? いや! あの! その! なんでもない! 忘れてくれ!」
顔を真っ赤にしてわたわたしている娘。どう対応していいやら困る男。それをニヤニヤしてみていた父親が引き継いだ。
「さっき冒険者をやると言っていたけど拠点とかは決めているのかね?」
「いや。まだだ。それらも含めてクアートで情報を集めようとした矢先にさっきのゴロツキだ。戦役大陸で散々戦いの人生だったから、ああいうのは慣れちゃいるが中央だとまた勝手が違うだろ?正直どうしようか決めかねている。」
「なら、家に来ない? あまり優遇は出来なけど。」
「は?」「父上?」
「実は、北部未開拓地の開拓を命ぜられたんだけど、こなせそうな人材がいないんだよ。何よりいざと言う時に部隊の指揮を取れる人材となると少ない。その点、君なら色々と任せられそうだ。どうだろう?」
「・・・俺もバカじゃねぇ。一応向こうで集めれるだけ情報は集めたつもりだ。北部未開拓地域はファーナリス法王国が行っているんじゃないのか? あそこ聖騎士の国とか呼ばれてるんだろ?」
「その法王国が半年前に大失敗をしたんだよ。何せ竜だの巨人だの、ただの冒険者やちょっとした軍勢程度では手に負えにからね。今じゃ大陸統一を目論むジルベルク帝国に睨みを利かせるのが精一杯だよ。」
「聞きゃあ聞く程地獄だな。立候補者はいないのか? 腕に覚えがある奴らや利権に聡い商人とかは?」
「今回僕が辺境伯に任ぜられたのは左遷に近い形でなんだ。しかも左遷の話が先行して今じゃ国中に知れ渡っているよ。そんな伯爵領で一旗あげようとか甘い汁を吸おうとか考えないでしょ?」
「・・・俺も同じとは考えねぇのかい?」
その言葉を口にしたとたんスィーリアの顔が一気に悲しみに沈んだ。別に悪い事をした訳ではないのだが美人にこのような表情をされると何故か、非常に、トンでもない罪悪感に苛まれるのはジークだけでは無いなずだ。また、そんな娘をニヤニヤしてみている父親に苛立ちを覚えるのもジークだけでは無いはずだ。そのジークはスィーリアを見てみた。先ほど自分の瞳を見て綺麗といった女性を。年の頃は恐らくまだ十五、六。顔立ちは非常に整っており間違いなく美人と呼べるだろう。体つきも出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいて、引き締まっている所は引き締まっている。特に胸の大きさは目を引く。
そして思ったのは、
(この金色の瞳孔が「綺麗」とはねぇ・・・。)
「・・・ストームブリンガー。戦禍を招く者という意味で使われている。それでもよけりゃお宅の領地に行こう」
「本当か!」
身を乗り出したとは当の領主ソルバテス伯より娘のスィーリアだった。