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無題 前編

作者: 桜花双嶺


目を覚ますと、見知った天井がある。


僕の真上に見えるお気に入りの歌手のポスター


ベッドから降りてすぐにある机。


何もかもが普通すぎて


退屈している日常。


僕は、なんのために存在しているのか…。


わからなくなったあの日。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――



6月9日



僕はあの日、窓から飛び降りた。


私立校に通っている僕がいる教室は5階にあった。


そう。 5階。


そこから飛び降りたら退屈な日常から


抜け出せると思ったんだ。


落ちる感覚。


今までに感じたことのないような浮遊感と


体に感じる空気の圧力。


見える景色。


それはまるでエレベータに乗って下にさがるみたいに


下から上に景色が続々と見える。


頭のてっぺんから感じる寒さ。


包まれているような感覚。


だんだんと加速する僕の体。


なんの抵抗もなく


そのスピードに身を任せて僕は……………



―ぐしゃ…―



地面に当たった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――



6月10日



毎朝起きると必ず両親の手により


めくられている日めくりカレンダーから


10という数字が見えた。


僕は、昨日。


飛び降り…たんだよな?




目を覚ますと、見知った天井がある。


僕の真上に見えるお気に入りの歌手のポスター


ベッドから降りてすぐにある机。


何もかもが普通すぎて


退屈している日常。


僕は、なんのために存在しているのか…。


わからなくなったあの日。




その6月9日から1日経っている…?


気がつくと制服姿でリビングにいて


意識がはっきりすると、僕は日めくりカレンダーの


目の前にいた。


どういうこと…?



「あら、和由。 カレンダーをボーっと見て

 どうしたの?」


「!?」


とっさに振り返るとそこには


いつもと変わらないエプロン姿の母さんが


たっていた。


「どうしたの? そんな驚いた顔して?

 寝ぼけてないでさっさと顔洗ってきなさい。

 今日も学校でしょ? 朝食はいつも通り

 テーブルの上よ。」


「あ、あぁ…」


いつもと違うのは


僕の行動。


「……認識されてる?」


おかしい…だろ?


最初は幽霊説でも信じてみたのに…。


こんなことって……。


僕は確かに6月9日に学校の、教室の窓から


飛び降りたはずだ!


落ちる感覚も、地面に当たった感覚も、


全部、全部全部全部、覚えてるのに…!!


あれは、夢?


いや、違う。


現に僕はあれからの出来事を覚えていない!!!


意識が途切れたのはまだ5現目だ!


それから寝てた?


いや、即死だろ?


5階から落ちたら即死だろ?


頭からいったんだったら


即死のはずじゃ……。



すると、向こうから父さんがスーツ姿で


歩いてくるのが見えた。


父さんには?


父さんには僕が認識されてるのか?


「和由。 父さんもう行くから

 ちゃんと学校に行けよ。 いってきます。」


「…!? いって、らっしゃい…」


…………。


やっぱり認識されてる…、よな。



疑問は浮かび上がるばかりで


解決してくれない。


それなら、学校に行けば…。


幽霊って近しい人には見えると聞いたこともあるし


この姿が幽霊なのか、はたまた実在するのか。


この目で確かめてやる。



そのあと、僕は特に着替えたりすることも


準備をすることもなかったので早々に学校に行くことにした。



初めてかもしれない…。


こんなに朝早くに学校に行くのは。


地下鉄に乗りながらそんなことを考えていた。


初めてみる顔。


いつもとは違う人々。


朝早い地下鉄はあまり混んではいなかった。


疲れてウトウトしているスーツ姿のサラリーマンが


いるところを見ると、朝早い地下鉄は


残業後の人たちが比較的多い。


それでも名門私立校の制服の人達が6割ほど占めていた。


やっぱり名門は朝早いんだ。


ところせましと、教科書やらノートを


見ている制服姿の男女が見える。


他にも目をこすりながらてすりにつかまっている


ジャージ姿の男子。


朝はやくごくろうなこって……。


一通り見渡した後、半眼でため息をつく。


いつもとはちょっと違う日常。


僕、なにしてるんだっけ?



「あ、学校に行くんだった…」


周りの人に焦点を合わせていたら


気がつくと、私立校の最寄り駅だった。


慌てて地下鉄から降りる。


冷や汗をぬぐっていつも通り改札を通った。



なにやってんだ僕…。


いつもこんなことはなかった。


少なくとも私立校に通ってもう少しで2年というこの時期に


これはないんじゃないかと酷く落ち込む。



「和由~」


―バシン!―


「てっ…!」


次から次へと…、いったいなんなんだよ…。


後ろを振り返ってみると、手をひらひらさせながら


笑顔でこちらを向いている、瀬能日向が立っていた。


「珍しいってか、初めてだね~ここで会うのは!」


そして、さらににっこりとほほ笑んでくるコイツは


クラスメートでもある。


というか、背中が痛い…。


背中…? 


「瀬能。 今僕に触れたか!?」


「は?」


挨拶も抜きにして何をバカなことを


言っているのかと自分自身思ったが


そんなことはどうでもいい。


「今、僕に触れたかって聞いてんの!!!」


「いや、そりゃまぁ、叩いたからね。

 触れたよ?」


不思議そうにこちらを見ながら答えてくれる瀬能。


っていうか、僕触れられるんだ……。


ますます自分の存在がわからなくなってきた…。


なんだ、これ。


僕本当は飛び降りてなかったの?


「え? なに? いきなり叫んだり落ち込んだり。

 意味わかんない。」


うん、意味わかんないのは僕の方だよ。


どうすりゃいいのさ。


「ご、ゴメン。」


「えっ…。 いや、いいんだけどさ。

 和由ってそんなキャラだっけ?」


瀬能が驚いているのは僕が変なことをいったからなのか


謝ったことなのかどうかはわかんないけど…。


「いや、今日の僕は忘れてくれ…」


切実に願った。


これは頭がおかしいと思われてもおかしくない。


「ふふっ、でもいつもクールっていうか

 冷めた目で現実見ている和由よりは

 おかしくて面白いよ。」


「それは、褒めているのか? はたまたけなしているのか?」


僕なにしてんだろう…。


「どっちも~、さ、学校行こう!」


「うわっ、ちょ!」


自問自答している最中、瀬能に腕をひっぱられてしまった。


つうか、離せ。


「私の部活に遅刻しちゃうよ~」


「僕が知ったことかっ!」


がっちりロックしている腕をなんとか解放しようとするが


さすが空手部…。 抜けない…。


そして、ロックされたまま学校へ……。


ほんとなにしにきたんだ、僕…。




「ふっふ~、どうだい? 朝の学校は?」


「って、なんで俺道場に来てんだよッ!!!」


連れられたと思ったら空手部…。


そして、ここ。


「なんでって…、和由が教室にいってもやることなくない?」


「まぁ…、そうだけど…」


そう考えると、やっぱり僕は何しに来たのか


わからなくなってしまう。


学校なんて本当ならもう来なくてもよかったのに…。


「ほ~ら! 暗い顔しない!

 じゃあ、いっくよぉ!」


「へ…? うわたっ!」


刹那、僕の脇腹めがけて瀬能の拳が


真っ直ぐに飛んできた。


間一髪かわせたものの、なぜいきなり……。


「あ、あぶねぇだろ!!!」


「すぱーりんぐの相手になってよ。」


「スパーリングはボクシングだっ!

 胴着着てるんだから、組手の間違いだろ!!!」


といいつつも、すかさず腹やら頭に


一発決めてくる瀬能。


そろそろかわすのも疲れるんだが…。


「なんで、よけるのよ!」


「当たったら痛いだろ!!!」


「逃げないで相手してよ!」


「そもそも僕がお前の相手をする意味がわからない!」


大体、なんで学校に来てるんだ。


僕はこのどうでもいい世界がもう嫌なんだ。


普通すぎる環境。 普通すぎる日常。


こんな場所に僕が存在している意味なんて


ないじゃないか……。


「意味なんて、なくてもいいじゃない!」


―ドン…―


瀬能の拳が初めて……


僕の肩に当たった。


その場で僕は立ち止まる。


「意味なんて、いらない。 私が和由と

 組手やりたかった! ただ、それだけっ!」


そして、瀬能は満面の笑顔を俺に向けた。


意味が、なくてもいい?


………………。


「…。 ふっ…。 なんだ、ソレ…」


この笑顔と、バカげていて、理にかなっていなくて


瀬能らしいこの結論は僕を笑わせるには十分すぎた。


「へへ! 和由もそんな笑い方するんだね!」


「うるせーよ…。」


心から笑ったのはいつぶりだろう。


つい昨日自殺を決意した人間とは思えないくらい


僕の心はなぜか満たされていた。


とても、不思議な感覚だった。








あの後、HR始まる30分前に切り上げた瀬能は


そそくさと、着替えをしにいっていた。


それを、道場の玄関前で待つ僕。


「ごめ~ん、待った?」


「ああ、そこそこ待った。」


「そ、そこは普通…、全然だよ~。 とか、気にしないで~。

 じゃないの…?」


「あいにく、僕がお前に優しくする意味がないんでね。」


「ぶ~…」


ふくれっ面をする瀬能を横目で見ると、ふと


思い出す。


僕がなぜ、死んでいないのか、疑問はまだ未解決だ…。


本当は死んでいないのか?


実は死んでいないのかも…。


「ま~た、暗い顔してる! 何か悩み事?」


「ん? ん~…………。」


瀬能に言ったってなぁ……。


「日向さんに話してみなよ!」


「……………。」


まぁ、もう死んでいる(本当かどうかは置いておいて…)し


今更何言ったってリセットだろ?


「なぁ、もし僕が自殺しようとしてるって言ったら

 どうする?」


「え、止める。」


「……………。」


いやいや、お嬢さん。


そんなコンマ単位で即答しないでいただきたい。


なにしに、さも正解って顔つきなのさ。


そういうことを言いたいんじゃなくてだな……。


「和由がいなくなったら嫌だ。 止めるよ、絶対。」


……………。


「もし、とめれなかったら…?」


僕は、ほんの興味本位で昨日のことを思い出しながら


意地悪な質問を投げかけた。


「……。 もし、の話なら。

 私は、お葬式の時に『ごめんなさい』 って謝る。」


「え?」


「助けられたかもしれない命を助けられなかったことに

 対してごめんなさいって言う。」


「…………。」


俯きながらも、力強く、瀬能は言った。


なんで、瀬能は何もしていないのに


謝るんだろう…。


「どうして? 瀬能は何もしてないだろ?」


「何もしていないのは、良いこと?」


「え…。」


いつもとは違う真面目な顔つきの瀬能と


その冷たく放たれた言葉に一瞬心臓が止まりそうになる。


「何もしていないって聞こえはいいけど

 それって、ただの傍観者じゃない!

 人が困っていても見て見ぬふり?

 自分には関係ない? それは、良いこと?

 何もしていないのは必ずしも良いことじゃないよ!」


「…………。」


その言葉に僕は黙るしかなかった。


沈黙が続く。


「和由が今、なんでこの質問をしたのか

 意図は私にはわかんないよ。

 でも、もし何か悩んでいるなら

 私じゃなくてもいいよ。 誰かに

 相談してみて!」


そして、最後にニコリといつもの笑顔を浮かべて


瀬能は校舎の中に消えていった。


その走り去る後ろ姿をずっと見つめていた。



私がたぶん疲れていたときに書いた小説。

2年前くらいでしょうかね?


後編も更新予定です。


登場人物紹介


和由かずよし

私立高校の2年生

6月9日に飛び降り自殺


瀬能日向せのうひなた

私立高校2年生

空手部所属

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