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ある風のある日

作者: たけなまこ

吹いてくる風が冷たい。その冷たさが一層私のみじめさを際立たせる。


下を見向いて歩いていると我慢できなくなりそうで、私は無理やり上を向いて歩いた。


ぎらぎら輝く太陽が目の奥に響く。集中攻撃されているような痛さ。我慢できなくて目を閉じるとなにかが頬を伝った。ああ、この感覚が嫌だったのに。ぞっと全身の皮膚が騒ぎ出す。


手をぐーにして歩幅を広くずんずん歩く。早く早く帰らなければ。どうか誰ともすれ違いませんように。すれ違っても私のことを気にしませんように。祈りながら歩いてく。


きっかけは、小さいことだった。私は彼女の友達だ。友達が間違いそうになってたら、声をかけるのが友達の、私の役目だと思ってた。でも彼女にとっての私は、友達でも何でもなかったんだね。彼女は自分を引立たせる誰かが欲しかっただけ。私の1つの抵抗で、世界は面白いほど裏返った。


女子学生の笑い声が頭の中に響く。ああ、煩い。全部全部消えちゃえばいいのに。世界に私だけになっちゃえばいいのに。そうすれば何も起きない。自分の中だけで世界を完結できる。


ねえ、まだ? まだ家に着かないの? 早足で歩いているはずなのに一向に進んでいる気がしない。歩きだしてから何分だった? 何m進んだ? 家ってこんなに遠かったっけ?


気持ちばかりが焦っていく。目を開け続けてるのも限界だ。多分傍目からみたら充血してるんだろう。見られたくない、こんな姿。早く家に帰りたい。


すんっと鼻をすすって前だけ見て歩く。大丈夫。歩き続けてるのだから、ちゃんと前に進んでいるのだからもう少しで家に着くはずだ。もう少し、もう少し。もう少しだけ耐えれば全部終わるんだ。


すぐ近くてチャリのブレーキ音。そこから私がいる方向へ「ねえ」と声が投げられる。

音に振り向いてはいけない。振り返ったらこの顔をさらすことになる。だめ、知り合いだったら尚更向けない。聞こえなかった体で進み続けなければ。


「ねえってば」


肩を掴まれる。足が止まる。後ろに引っ張られる。前に進んでいた私の体は反動で後ろに傾く。


「…なんで泣いてんの?」


2つの目が私の顔を覗き込んでいる。大輝。よりによってなんで大輝なの。羞恥でかっと熱が頭に昇っていく。涙が溢れそうになって、慌てて目に力を入れる。


「…っ……―っ…」


なにか声に出そうとしたけど涙声になりそうで出せなかった。口だけぱくぱく動かして間抜けみたい。惨めな私。大嫌い。誰にも見られたくなかったのに。知っている顔の人には特に。


「あー、もう。よしよーし」


大きい手が頭を撫でる。耐えきれなくて涙が頬を伝う。一度伝ってしまったらもう歯止めが効かない。同じ道をどんどん違う涙が通ってく。大輝はため息をついて私の顔を自分の胸に押しつける。


「見られたくないんだったらこのままでいいよ。ちょっとだけ貸してやる」


頭の上から大輝の声がする。力が抜けたように何もできなくなった私は、そのままはらはらと泣き続けていた。



どれくらいの時間が経ったんだろう。決壊したダムからすべての水を吐き出した後、呼吸を落ちつけて大輝に向き直った。


「ごめん、服ぬらしちゃった」


私の言葉に少しきょとんとした後、「ああ」と大輝が笑う。


「いいよ、めったに見れないシーン見れたし」


照れたように大輝が私から視線を外す。


「お前さ、静かに泣くのな。しゃくりあげながらーとかでもなく、声も出さないで。なんも聞こえないから泣きやんだのかと思って覗くと、まだ泣いてるし」


大輝が何か考えてるように遠くを見つめる。


「なあ、佐久間は泣くの嫌い?」


いきなりなにを言い出すんだろう。私は大輝に向かって大きく頷く。


「なんで?」


「好きなものが、一緒に流れちゃう気がして。泣いているのは決まって『なにかを失った』ときだから」


私じゃない誰かが泣いている時もそうだった。泣く状況下ってホント碌な事がない。逆に泣かなければ、まだ修復できるんじゃないかって希望が持てる。まだ泣くほどじゃないんだから、きっとまた元に戻るって。


「綺麗だったよ」


何のことを言われてるのか分からなくて、私は大輝の顔を見つめる。


「佐久間の泣き顔、俺好き」


大輝も私の方を向く。


「なんか流れ星が流れてってるみたいだった。日の光に輝いて、宝石みたいに見えた」


「涙は宝石にはならないよ」


「そうだけど、俺にはそう見えたの」


そう言って大輝ははにかんだ様に笑った。


「ねえ、これからどっか行こうよ」


笑ったままの大輝が私の腕を引っ張る。


「泣いてる時がいつも『なにかを失ったとき』なら、今日からは『なにかを得た』日にすればいいじゃん」


私も大輝の笑顔につられて笑う。


「いいけど、お金あるの?」


「なくったって遊べるとこたくさんあんじゃん!」


手をつないだまま二人で歩きだす。笑顔を浮かべて一歩、一歩。


びゅうっとまた風が吹く。一人で歩いた時に感じた冷たさは、不思議ともう感じなかった。

お題小説。

「涙は宝石にならない」⇒セリフ

「小さな自己主張」⇒泣いているきっかけ

「零れ落ちるのは幸せばかり」⇒泣きたくない理由


実は大輝くんと佐久間ちゃんは幼馴染という裏設定があったりします。

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