廃棄の村
処分に困った核廃棄物の、最終処分場に選ばれたのは、山奥にあるとある限界集落だった。年寄ばかりのその村は、自力で生活する術をほぼ持たない為、支援金目当てでその決定を受け入れたのだ。通称、“廃棄の村”である。
日本中の原子力発電所で産み出される核廃棄物。実のところをいえば、安全確実な最終的処分方法は確立されていなかった。何十年もの間、その事実を隠し続け、原子力発電所稼働により蓄積され続けたその核廃棄物は膨大な量に及び、ついには何処か“犠牲の地”が求められるまでに至ったのである。しかも、予算がかかり過ぎる為に、地表の浅い部分に核廃棄物は処分される事になった。あまりに地中深く埋めてしまえば、放射能が漏れ出した時に打つ手がない。そういった理由もあるにはあったが、これではとても最終処分とは言えない。が、政府はそれを最終処分だと言い張っていた。
その犠牲の地に選ばれた限界集落は、ほぼ老人ばかりという事もあって、現代のでんでら野、姥捨て山だと批判されたが、その計画を推し進める議員、阿須久・栄は、その言葉を否定する。
「核廃棄物は、多額の予算を割いて安全な手段で処分される。村の住人達に少しも危険はない」
ただし阿須久は、その一方でこんな事態に陥る原因を作った過去の人間達を批判してもいた。官僚や政治家に電力会社、原子力産業に関わる人間達。もう、今は死んでいない連中である。彼らがツケを将来に回すような政策さえ取っていなければ、今、こんな事態に陥ってはいなかったのに。
「我々は、過去の人間達の所為で、重い負担を支払わされているのです!」
……もっとも、それは上辺だけの言葉だった。もちろん。
本当を言えば、核廃棄物処分に関する“公共事業”から、彼は多大な恩恵を受けていた。工事は密かに安く済ませ、浮いた金は自分の懐へ。過去の人間を悪者にして、イメージ対策も抜かりない。
……グヒヒ。
彼は、密かにこう思う。
“当に、人を憎んで罪を憎まず。過去の悪い人達、ありがとう!”
やがて、かなりの高濃度を誇る核廃棄物はその村の近くで処分された。手抜き工事の所為で、地震が来たら危ないが、その地域は大地震など滅多に起きない。
“まぁ、大丈夫だろう”
そう、阿須久は思っていた。自分が生きている間、いや、自分が責任ある立場にいる間に問題さえ起こらなければそれでいい。だがしかし、地震は起こってしまったのだった。しかも、それなりに大きな規模。
地震が起きた当初、かの“廃棄の村”は一時、音信不通となった。しかも、高い放射線が検知されたという話も。その間、阿須久はどうやって責任回避しようかとずっと悩み続けていたが、一晩経つと、連絡があった。どうやら、全員無事なよう。誰も何も騒がない点から、核廃棄物も無事だと推測された。阿須久はほっと胸を撫で下ろす。もちろん、それだけでは済まさない。今度はその事実を積極的にアピールし、核廃棄処分の安全性を訴えた。
「どうです! 核廃棄処分には、何の問題もないのです!」
しかし、そのアピールには、疑問の声が多く上がった。たまたま、今回は無事だっただけではないのか? 彼はそれを苛立たしく感じていたが、やがて、その煩い世間の声を消し去る為の、絶好のパフォーマンスの機会を得るのだった。
なんと、例の限界集落から、感謝をしたいと阿須久は招待されたのだ。しかも、それだけでなく、もっと核廃棄物が欲しいと訴えてきもした。
彼はそれに大喜び。ただし、少しだけ残念な点が。何故か、新聞・テレビ・ラジオ・インターネット、報道陣の類はご遠慮願うという事だったのだ。それでも、帰ってきてから取材でも何でも受ければいいと、彼は“廃棄の村”に喜んで出かけた。
村役場で彼を接待すると聞き、車を走らせ村道をいく。心なしか村は薄暗く、なんだか雰囲気が妙だった。音がないというか、なんというか。それに、人が一人もいない。しかしそう思っていると、村役場の近く辺りからいきなり騒がしくなった。村の住人達のほとんどが、どうやらそこに集まっているよう。
彼らは何かを口々に叫んでいる。耳が慣れてくると、こう言っているのが分かった。
『核廃棄物をありがとう~』
『放射能をありがとう~』
なんだか不気味な声だった。しかし、自分が感謝されているのは分かる。阿須久は良い気分になる。きっと、こいつらは支援金を喜んでいるのだ。自分にとっては端金だが、貧乏人達にとっては大金なのだろう。最近は、非難ばかりされているから、偶には感謝されるのも悪くない。
やがて、村役場に着くと、彼は車から降りて手を振った。村の人間達は、手を振り返す。そこで彼は初めて気が付いた。村人達の肌が異様に白い。白過ぎる。車内にいた時は、窓ガラスのブラインドの所為で気付かなかったのだろう。
なんだ、こいつらは?
不気味には思ったが、特に気にせず、彼は案内されるままに村役場の中へと入った。その案内をする人間の身体もやはり白い。なんだろう? 彼は導かれるままに応接室に入ると、そこで村長だという男と、後はそれなりの地位にいるだろう人間達からの歓待を受けた。彼らの身体も白かった。
『この度は、遠いところをありがとうございます……』
無難な挨拶の後、会談は順調に進み、支援金の話になる。次なる核廃棄物の受け入れに関してだ。
「もちろん、まだ核廃棄物を受け入れてくれると言うなら、更に支援金を出しましょう」
阿須久がそう言うと、村長はこう返した。
『なるほど、支援金もありがたいですな』
阿須久は心の中で笑う。
“支援金も、だと? 他の何がありがたいというのだ?”
「安全な核廃棄物処分で、何の心配もいらない上に、金を得られる。こんなに恵まれた話はありませんな。あの処分場は、頑丈ですから壊れる心配はありません」
と、阿須久はそれを受けて返す。しかし、それに村長は妙な反応を示すのだった。疑問の声。
『頑丈? あれがですか?』
彼はその疑問の言葉に驚いた。村長は続ける。
『あんなものは、先の地震で壊れてしまいましたよ。簡単に』
そして、フフフと笑った。
なんだと?
阿須久はその言葉に固まる。
壊れた?
ならば、どうしてこいつらは、今も平気でここにいるのだ?
『核廃棄物が簡単に外に漏れ出すくらい、ここにいる者達は、皆、知っていますよ。むしろ、だからこそ、ここにいるのです』
その言葉を受けて、阿須久は唾液を飲み込んだ。ゴクリ。何か、変だ。逃げなければ。だが、そのタイミングで手を握られた。村長は言う。
『行かないでください。まだ、私どものお願いは済んでいませんよ』
手は酷く、冷たかった。
「ヒィ」
彼は小さく叫んだ。
こいつら、まさか…
『どうか、核廃棄物をもっとください。あれは素晴らしい。我々はあれのお蔭で、こうして動けているのです。支援金なんて、いりません。放射能を、もっと』
阿須久は思う。
……こいつら、まさか、死んでいる?
彼は叫んだ。
――うわぁ!
村長は笑う。
『そうだ。今度はプルトニウムなんて、どうでしょう? きっと、美味しいと思うのですよ』
ウフフフ……
阿須久の肌は、その時既に白くなり始めていた。




