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三ツ星英雄譚 (十五年の歳月をかけて完成した作品、現在編集しながら投稿……)  作者: ノアキ光


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23 背反の騎士と黒衣の魔導士

 ぱらり、と紙をめくる音がした。


 部屋の中は、本で埋まっている。数ある本棚にも収まりきれなかったのだろう、いたるところに書物が散在している。

 部屋の主は、黙って本に見入っていた。年は40代あたりだろうか。男の鋭い目やがっちりとした体格は、武人のそれだ。ラフなシャツに身を包み、時折あごや無精ひげに手を当てて唸るのだが、それは彼の癖なのだろう。

 ほのかに手元を照らすランプの火が、かすかに揺れた。


 ライオネル・ガレリア。

 グラスについだ酒を舐めながら、彼は黙々と本を読んでいた。

 しかしふと、ごく自然な素振りでライオネルは、闇に向かって声をかけた。


「いいかげんに出てきたらどうだ。いるんだろう、ダナン」


 刹那、その呼びかけに反応したかのように空間がゆがみ、次の瞬間黒い物体が現れた。

 黒い物体。いや、目を凝らしてみればそれは、黒ずくめのローブをまとった、一人の男だった。

「いくら魔道士とはいえ、少々趣味が悪すぎるぞ、ダナン」

 半ばため息混じりに、ライオネルが言う。

 黒衣の男――銀色の長髪を後ろで束ね、疲れたような表情をした中年の男が、返す。

「すまなかったな。だが、伝令を伝えに来ただけだ。気にするな」

 悪びれもしないような口調で、ダナンは続けた。


「バルムスが動いた。保守派の研究を待つことはできなくなったらしい。バルムスと数名の側近が、極秘に『鍵の魔法』を使い、魔海を封印しようとしている」

 ライオネルは落ち着いた様子で、腕を組んでいた。あごに手を当てて、ひげをなぞっている。

 それもそうだろう。『鍵』に代わる封印手段を発明することは、神に近づくことに等しい。土台、無謀な話だ。


 どこか遠くを見つめながらも、口を開いた。

「『鍵の魔法』は、最早この世に存在しない。お前も魔術師のはしくれならば、『スレイプニル』くらい読んだことがあるだろう? 『鍵』の魔法の性質くらい知っているはずだ。肝心の『鍵の魔法』の『継承者』は」

「そうだ。すでにお亡くなりになられた」

「ふ、『お亡くなりになられた』か。まあいい。だが、事実は変わらない。魔海を封印する手段は、残されていないはずだが?」

「セイラムズ・ガーデン」

 一体何を……と、訝しげな顔を作ったライオネルがその表情を変えるまで、数秒とかからなかった。目を大きく広げ、ダナンのほうを見やった。


「まさか」

「そうだ。私も信じられなかったよ。だが、どうやら本当らしい」

「そんな、ことが……そんなことをしてまで」

 ライオネルは、驚愕のまなざしで虚空を見つめた。ダナンは、何も言うことなく、ただ沈黙を守っている。

「それで……どう出る」

「諜報員によれば、バルムスがすでに『鍵』をみつけたのか、それともまだ追っている途中なのか。それはまだわからんそうだ」


 ライオネルが、革新派と手を組むために、騎士団を脱退する旨を騎士団長であるバルムスに報告したのは、つい先日のことだった。

「バルムス卿……」

「そうだ。そして、くどいようだが『鍵』についての情報は、まだこちらには回ってきていない。つまり、彼らの後ろを追うことになる」

「『鍵』は……その存在が真実だとしたら……『鍵』は、どうする」


 そう言って、いつのまにか自分が椅子を立っていたことに気づく。だが、気にせず目の前の魔術師の返事を待った。

 銀髪の男が口を開いた。


「……即座に処分する」

「……」


 ライオネルが口唇を軽く噛むのを見た黒衣の男は、諭すように言った。

「忘れたのか、ライオネル。幾たびも繰り返された戦争の数々を。無残にも殺された、我々の・・・・・・我々の同胞を、家族を!」

「忘れるわけがない!」

「ならば! ならば、耐えるのだ。すべてが『魔海』にある。絶大な法がそこにある。同じ過ちを繰り返す、その歴史に終止符を打つと、我々はそう決めたではないか!」

 激しい怒声が、その余韻を残して、どこへともなく消えていく。

 一呼吸置いて、ライオネルは言った。

「……わかった。一度決めたときから、後へは引かないつもりだった」


 黒衣の男は黙って頷く。

 そして音もなく身を翻すと、騎士に言った。

「どんな結果になろうとも、私は、悔いなど残さないつもりだよ」

 そして、闇に消えた。

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