初回攻撃クエスト
事実が証明した。
帝国第一皇子殿下は、料理の才能に関して言えば、ほぼゼロ――いや、マイナスだ。
火で炙ったウサギだけはギリギリ合格点だが、それ以外は壊滅的。
「……これは、何?」
私は目の前の、黒くて、焦げ臭い、謎の塊を見つめた。
「目玉焼きだ。」
アレクは真顔だった。頬に鍋墨がついているのを無視すれば、の話だ。
「これを目玉焼きって呼ぶの?」
フォークで突くと、その『卵』は木材のような硬い音を立てた。
「完全に炭化した防御施設なんだけど。」
「野外調理と宮廷料理は別物だ。」
彼は反論したが、耳の先が赤くなっているのがすべてを物語っていた。
私はため息をつき、フライ返しを奪う。
「どいてどいて。天才美少女が、『食べられるもの』って何か教えてあげる。」
――十分後。
アレクは、皿の上の黄金色でふんわりとした、縁がほんのり焦げた完璧な目玉焼きを見つめていた。
まるで奇跡を見るかのような表情で。
「……どうやったんだ?」
「まず火加減。」
私は指を一本立てた。「鍋を貫通させるのは強火じゃない。次に油の温度。最後に、いちばん大事なのは――」
私は顔を近づけ、声を潜める。
「目玉焼き焼いてる最中に、剣の型を練習しないこと。」
「な、なんで知って……」
彼は言葉を詰まらせた。さっき、無意識にフライ返しで剣技をなぞっていたことを思い出したらしい。
私はフォークを得意げに振る。
「人狼優勝者の観察力、ナメないで?」
私たちは簡素な岩の上に座り、遅めの朝食を分け合った。
「そういえばさ。」
パンをかじりながら、私は言った。「君が女装してたときって、どうやって……その、体型の問題を解決してたの?」
「ぶっ――!」
アレクはスープを噴き、激しく咳き込んだ。
「ちょっと、これは真面目な学術的質問だよ?」
私は真顔で続ける。「鏡面宝玉で外見を変えられるのは分かるけど、重心とか重力分布とか、相当な練習が必要でしょ? 走るときとか――」
「ストップ!」
彼は顔を真っ赤にして遮った。「その辺は深掘りしなくていい!」
「照れてる?」
私は首をかしげる。「さっきまで氷山系美人を完璧に演じてたくせに……」
「食べろ!」
彼はパンを一切れ、私の口に突っ込んだ。
*
その後の一日、私たちは洞窟に潜みながら作戦を練った。
情報源は二つ。
一つはアレクの皇室知識。
もう一つは――四番からの『プレゼント』。
そう、あの自称ファンの四番だ。
二度目のネット会議の後、彼は宝玉を通して「記憶の欠片」を送ってきた。役に立つと言って。
手のひらサイズの銀色の結晶で、魔力(注いだのはアレク)を流し込むと、映像が投影された。
豪奢な書斎。
赤木の机の向こうに、肥満体の中年男がシルクの寝間着姿で座り、書類を読んでいる。
タイトルは――『呪詛兵器・時止弩 開発進捗報告』。
「男爵様。」
執事らしき男が頭を下げる。「陛下からまた催促が。いつ納品できるのかと。」
「慌てるな。」
肥満男――グルム男爵だ、私は気づいた――が鼻で笑う。
「時止弩は三秒間時間を止める禁忌兵器だ。そんな簡単に作れるか。陛下には、あと五百万ゴールド積めば前倒しすると伝えろ。」
「承知しました。あと……予言者教団の方々が、本日も『視察』を希望されています。」
「追い返せ。」
グルムの顔が険しくなる。「あんな神官どもに武器開発が分かるか。これは貿易同盟の内部案件だ、口出しさせるな。」
「ですが男爵様、予言者は今や帝国の国師です。敵に回すのは……」
「何を恐れる?」
グルムは冷笑した。「俺の後ろには貿易同盟の盟主がいる。陛下だって俺に顔を立てる。それに……」
彼は声を潜めた。
「『あの方』が言っていた。この仕事が成功すれば、俺を『議会』に入れると。」
――議会。
九人議会。
映像は、そこで終わっていた。
「つまり、グルムは九人議会の代理人ってだけじゃなく、正式に議会入りを狙っている……ってことか」
私がそうまとめると、
アレクは苦い顔でうなずいた。
「しかも、時間を停止させる武器まで持ってる。
『時停弩』……あれが量産されたら、時間能力者にとっては致命的だ」
「それだけじゃない」
私は映像の細部を思い返す。
「彼が言っていた『あのお方』。
私たちが推測している議員だろ?貿易同盟の上層部」
「……ああ」
アレクは静かに息を吐いた。
「最悪の想定をしよう。
盟主がその議員本人で、世界の富の六割以上を掌握している。
グルムは、そいつの『金袋』の一つだ」
「でも、この様子だと……」
「そうだ。グルムは鞍替えを考えている。
俺の弟に取り入り、政治的地位を得ようとしているんだ」
「その議員が、黙って見逃すと思うか?」
「思わないさ」
アレクは冷たく笑った。
「だから1番は正体を明かした。
会議で俺たちに遠回しに示しただろ?
『お前たちの手で始末しろ』ってな。
ついでに弟に恩も売れる。一石二鳥だ」
――さすが皇族出身。
政治の匂いを嗅ぎ分ける感覚が違う。
私たちは情報を整理した。
目標:
グルム男爵
貿易同盟カステル支部長
九人議会・貿易同盟盟主の代理人と目される人物(現在、反逆の兆候あり)
罪状:
・奴隷取引(年間少なくとも三千人)
・呪詛兵器の開発(『時停弩』を含む)
・帝国皇帝と結託し、反乱を企図
拠点:
カステル城郊外の私有荘園
強力な魔法結界
私兵五十名以上(うちBランク十名)
弱点:
傲慢で見栄っ張り
毎週金曜夜に荘園で宴会を開催
各界の名士を招待
――潜入の好機
「で、問題はここだ」
私は地図を指した。
「荘園までは最低でも二日。
どうやって行く? どうやって潜り込む?」
アレクは行囊を漁り、小さな布袋を逆さにした。
出てきたのは、
ボロ切れの奴隷服、首輪、そして一通の招待状。
「服は使徒が持ってたやつだ。
お前を捕まえた後、偽装するつもりだったんだろう。
首輪は偽物。禁魔効果はない、ただの飾りだ」
そして招待状をひらひらさせる。
「これは三年前、逃亡中にくすねた。
どっかの小貴族宛だ。期限切れだが、日付を書き換えれば使える」
「……用意周到すぎないか?」
「慣れてる」
アレクは平然と言い、私の前に道具を並べた。
「計画はこうだ。
俺は貴族の坊ちゃんを装って宴会に潜入する。
お前は俺が『買った』奴隷少女として付き従え」
……奴隷、少女。
「荘園に入ったら分かれる。
私は会場でグルムを引きつける。
お前は地下で証拠を探し、研究施設を潰す」
――理屈の上では、成立している。
「警備は?結界は?」
「警備は俺が何とかする。
結界は……4番の記憶断片に、荘園の構造図があった。
エネルギーノードを壊せば、一時的に無効化できる」
「どうやって壊す?」
アレクは、笑った。
「4番からの『二つ目の贈り物』だ」
彼が取り出したのは、一つの結晶。
魔力を流すと、映し出されたのは映像ではなく、
複雑な設計図だった。
「『カールス断片・番番4』
古代機甲『至高の守護者』の頭部意識だ」
「胴体は五つに砕かれて散逸したが、頭部は一部機能を保持している。
例えば……二十四時間に一度の『遠隔砲撃』。
射程八百キロ。威力はAランク魔法相当。
――頼もしい仲間だろ?」
私は目を見開いた。
「つまり……」
「明日の夜八時。宴会開始と同時に、
4番が荘園東側の倉庫を砲撃する」
地図を指す。
「そこは結界の副ノードだ。
破壊すれば混乱が起き、結界も弱まる。
その隙に動く」
計画は、形になりつつあった。
……だが。
「成功したとして、どうやって逃げる?
五十人以上の護衛がいる。罠もあるかもしれない」
アレクは、数秒沈黙した。
「……借刀殺人だ」
深い眼差し。
「グルムの呪詛兵器を狙っているのは、私たちだけじゃない。
この世界に、もう一人いる」
「誰だ?」
「――ベアトリス」
その名は知っている。
宝玉会議で、0番が言及していた。
九人議会・5番議員。
狂気の戦乙女。
S+級の中でも突出した狂人。
『初見必殺』の呪いを持つ存在。
「議員を脅かす証拠が出れば、
必ず『掃除役』が動く。
ベアトリスは、そういう仕事の専門家だ。
命令がなくても、興味だけで動く」
――本当の敵は、グルムじゃないかもしれない。
「それでも、行くのか?」
「行く」
アレクは迷わなかった。
「ベアトリスが来る前に、全部終わらせる。
証拠を押さえ、転送陣を破壊し、混乱に乗じて逃げる」
口調は軽いが、
やることは――世界最強格との命懸けだ。
……二人とも、どうかしている。




