川
ユウナは端末を起動し、
朝の定時処理を実行する。
ログ受信:友人・美咲
記録ID:B-05 ~ B-08
順に開く。
記録ID:B-05
友人・美咲
水の音を思い出した。
冷たくて、
光ってた。
記録ID:B-06
友人・美咲
石が多い川。
靴を脱いで、
入った。
記録ID:B-07
友人・美咲
夏だった。
でも、
寒くなかった。
記録ID:B-08
友人・美咲
あの川、
まだあるかな。
ユウナは読み終え、
少しだけ処理を遅らせた。
ユウナ「……シロ」
シロ「なに?」
ユウナ「近隣の水系データを表示」
シロ「はいはい、また唐突」
ホログラムが展開される。
古い地形図、衛星観測の残骸、
断片的な河川データ。
シロ「候補は三つ」
ユウナが指で示す。
ユウナ「枯渇。地下化。流域不明」
シロ「全部ロクでもないね」
ユウナ「妥当な評価だ」
ユウナは地図を拡大する。
ユウナ「B-06。
石が多い。
浅瀬の可能性が高い」
シロ「へえ、そこ拾う?」
ユウナ「記憶は誇張されるが、
身体感覚は比較的残る」
「専門家みたいな言い方!」
ユウナは移動計画を修正する。
ユウナ「進路、南南西。
高低差を優先」
シロ「……それ、遠回りだよ?」
ユウナ「非効率だ」
シロ「認めるんだ」
ユウナ「だが、価値がある」
シロが一瞬、言葉に詰まる。
ユウナ「……“価値”ね」
移動開始。
崩れた道路。
風に削られた標識。
沈黙。
数時間後、
地面の色が変わる。
シロ「湿度、上昇」
ユウナが言う。
ユウナ「お、当たり?」
さらに進む。
草が増え、
石が露出し、
やがて――音。
かすかな、水音。
シロ「……検出」
ユウナは足を止める。
視界の先に、
細い流れが見える。
川だった。
小さいが、確かに。
ユウナは近づき、
水質をスキャンする。
シロ「汚染度、軽微。
流量、小。
飲用、可」
シロ「やった!」
シロが跳ねる。
ユウナ「美咲の記憶、当たりじゃん!」
ユウナは水面を見る。
揺れる水面に反射する光。
石の影。
ユウナは、少しだけ川に近づく。
靴は脱がない。
入らない。
ただ、観察する。
ユウナ「……」
シロ「入らないの?」
ユウナ「今日はいい」
シロ「珍し」
ユウナは視線を外さずに答える。
ユウナ「これは、
“見つけた”ことに意味がある」
シロは笑った。
シロ「それ、旅人のセリフだよ」
夕方。
簡易キャンプを張る。
川の音が、
一定のリズムで続く。
ユウナは端末を閉じ、
空を見上げる。
合理性では測れないが、
無意味ではない。
ここに来た理由は、
確かに存在した。
それだけで、十分だった。
ユウナは即座に端末を起動した。
朝の定時処理。
ログ受信:友人・美咲
記録ID:B-09 ~ B-11
ユウナは、通常より速くログを開く。
記録ID:B-09
友人・美咲
夜の川に入った。
冷たくて、
懐かしかった。
ユウナの視線が、止まる。
記録ID:B-10
友人・美咲
石の感触、
覚えてた通り。
流れが、
足を引っぱった。
記録ID:B-11
友人・美咲
怖くなかった。
ここに来て、
よかった。
ユウナは、
ログを閉じない。
もう一度、
最初から読み直す。
ユウナ「……シロ」
シロ「ん?」
ユウナ「起床処理を、
五分遅らせる」
シロ「え、なんで?」
ユウナ「不要なタスクを削減する」
シロ「……?」
シロは首を傾げる。
ユウナ「珍しいね。
朝イチでログ二周したの」
ユウナは否定しない。
代わりに、
移動計画を更新する。
ユウナ「今日は、
この地点に滞在する」
シロ「昨日は“即移動”って言ってたけど?」
ユウナ「訂正する」
シロ「理由は?」
ユウナは、川を見る。
朝の光。
静かな流れ。
ユウナ「価値が、確認できた」
シロは一瞬黙り、
それから笑った。
シロ「……それ、
嬉しいって意味?」
ユウナ「定義上は違う」
シロ「はいはい」
ユウナは立ち上がる。
足取りは、
わずかに軽い。
数値化はできない。
だが確実に――
世界は、昨日より少しだけ良くなっていた。




