覚醒
目を覚ましたとき、最初に感じたのは音だった。
低く、規則正しい振動。まるで巨大な心臓が、どこかで淡々と拍動しているような音。
シロ「おはよう、ユウナ」
白い影が視界に入る。
丸い耳。つぶらな黒い目。――ウサギ、に見える。
ユウナ「君は……?」
シロ「シロ。生活支援用ロボット。あと話し相手。あと世界の解説役。仕事多め」
淡々とした口調なのに、どこか楽しそうだった。
ボクは体を起こす。硬い床。無機質な壁。円筒形の部屋の中央に、開いたままのポッドがある。
ユウナ「ここは?」
シロ「治療ポッド施設。人類最終医療拠点、って呼ばれてた場所。今はただの箱」
シロはぴょんと跳ねて、ポッドの縁に腰掛けた。
シロ「で、結論から言うね。人類は滅亡してる」
ユウナ「……そう」
驚きはなかった。
感情が動かなかった、という方が正確だ。
シロ「冷静だね。さすがユウナ」
ユウナ「そういう風に作られてるの?」
シロ「いいや。自然発生。シロはそう判断してる」
判断、という言葉が少し引っかかったが、今はどうでもいい。
ボクは周囲を見回す。照明は生きている。空調も正常。ここだけが、世界から切り取られたようだった。
ユウナ「エネルギー源は?」
シロ「核融合炉。半永久稼働。要するに、このポッドは世界一しぶとい」
なるほど。合理的だ。
だから、今もこうして目覚められた。
ユウナ「外は?」
ユウナ「荒野。廃墟。風強め。人の気配ゼロ」
シロはあっさりと言った。
ユウナ「……生存の優先順位は?」
シロ「生きること。次に、意味を見つけること。これはシロのおすすめ」
ボクは立ち上がる。足取りは安定していた。
長く眠っていたはずなのに、体に違和感はない。
シロ「ユウナ」
背後から呼ばれる。
シロ「一つ、伝えておくことがある」
ユウナ「何?」
シロは一瞬だけ、言葉を選ぶように耳を揺らした。
シロ「君が眠っている間、この施設は“無人”じゃなかった」
ユウナ「……?」
シロ「記録が残ってる」
シロの目が、壁面のモニターに向く。
そこには日時と、簡潔なログ一覧が表示されていた。
――《覚醒記録:被験者・美咲》
知らない名前だった。
それなのに、なぜか胸の奥が、ほんのわずかにざわついた。
ユウナ「これは?」
シロ「説明は順を追って。焦ると疲れる」
シロはいつもの軽い調子に戻る。
シロ「とりあえず今日は、外に出よっか。世界は広いし、君は一人じゃない――記録上はね」
ボクはモニターから目を離した。
合理的に考えれば、今は行動を優先すべきだ。
それでも、背後に残された“記録”が、
見えない誰かの視線のように感じられていた。
隔壁が開くと、乾いた風が吹き込んできた。
錆びた匂いと、砂の匂い。生命の気配はない。
シロ「外、テンプレ通りに終わってるでしょ」
シロが軽く言う。
見渡す限り、崩れた建造物。
かつては街だったらしい輪郭だけが、地平線まで続いている。
ユウナ「人類滅亡からの経過年数は?」
シロ「正確なのは不明。推定で百年以上。誤差プラスマイナス数十年」
シロ「随分アバウトだね」
シロ「文明が死ぬと、時計も一緒に死ぬんだよ」
合理的な回答だった。
ボクは頷き、周囲の安全確認を終える。
ユウナ「ここを拠点にするのが最適だ」
シロ「うん。シロもそう思う。電力・遮蔽・自給機能、全部そろってる」
ポッド施設は、終末世界において異常なほど“完結”していた。
シロ「じゃあ、次の議題」
シロが跳ねて、入口横の端末を起動する。
シロ「記録の開示。君に知る権利がある」
モニターに、簡素な映像が映る。
夜間。照明を落としたポッド室。
そこに映っているのは――
空のポッドと、床に落ちた影だけ。
ユウナ「……誰もいない」
シロ「そう。映像上はね」
シロの声は軽いが、処理速度がわずかに落ちている。




