プロローグ
夏の始まりの独特の暑さ、何とも言えない暑さ。連日の残業で俺は疲れていた、残業の無い日などないくらい残業対応に追われていた、言わばブラック企業と言う所に就職して2年、給与も良ければそれなりに励みになるが薄給と言うやつで俺は心身ともに疲れていた。
疲れた体を奮い立たせてシャワーを浴びて冷蔵庫にあるビールを開けた。
プシャ♪という、心地よい音に安心した。
パンツ一丁でソファに座り天井を仰いだ!
ふと、途中まで観ていた映画を思い出しリモコンを手に取りスイッチをいれた
「バチッ!」と音がした途端俺は意識を失った。
*
「ッはっくしょん!!」目が覚めた。
空が見えた。
いや、木々に囲まれた隙間から青い空が見えた.。何かの絵画で見たような光景。
背中が痛い。ゴツゴツした感触が背骨に突き刺さる。地面だ。石だらけの、固い地面に寝転がってる。
「…は?何?」
体を起こそうとして、違和感に気付いた。ひんやりとした風が肌を撫でる。
見下すと、案の定、パンツ一丁。しかも、昨日洗濯カゴに放り込んだはずの、ちょっとヨレたグレーのでかパンツだ。「ふざけんな、なんだこれ…!」
慌てて周りを見回す。そこは、森の中だった。うっそうと茂る木々が見渡す限り見える。
ビルも電線も、コンビニのネオンも何もない。代わりに、妙にでかい鳥…いや、あれ鳥か? 翼が四枚あるような、気持ち悪い影が空を滑っていく。
「まじかよ…」
頭がクラクラする。さっきまでビール片手にソファに沈んでたはずだ。リモコン押したら、なんかバチッて音がして…そっから、記憶が飛んでる。
「いや、待て、落ち着け。夢だろ、これ。夢に決まってる。」
頬をつねってみた。痛い。めっちゃ痛い。
「うそだろ…!」
立ち上がると、足の裏に砂利が刺さって思わず顔をしかめる。パンツ一丁で森の中に放り出されて、何? 異世界? 転移? 漫画やアニメで見たような展開が、こんな薄給サラリーマンの身に降りかかるわけ?
茂みの中から唸るような音がした。獣か? それとも何かもっとヤバいものか? 俺の心臓がバクバク鳴り始める。
「とりあえず…隠れるとこ、隠れるとこ…!」
振り返ると建物が見えた!小さい小屋だ!無我夢中で小屋に向かって走った。
格好悪いほど「ぜぇぜぇ」と息を切らせて走った。
小屋に辿り着きそうだ!と思った瞬間、後ろから唸り声とともに地響きのような音がする!振り返ると
「え!?何?!クマ!!」目が真っ赤で大きな牙まである!!
「ひ~~~~~!」と聞いた事のないような悲鳴をあげながら小屋の中に転がり込むように逃げ込み勢いよくドアを閉めた!!
俺は必死に考える。リモコン。あのリモコンがなんか変だったのか? いや、そんなバカな。あのボロいリモコン、100均で買ったやつだぞ。
でも、考える暇なんてなかった。
小屋の外からさっきのクマの唸り声が聞こえる「…マジで、ふざけんなって…!」
パンツ一丁の俺に、戦う術なんてあるわけない。
唸り声をあげながらクマが小屋を襲って来た!
クマは猛全と小屋に襲ってきたと言うより中の俺を襲って来ているよね?
「俺なんか食ってもうまくねーよ!!」と叫ぶと外から獰猛な叫び声が響き渡った。
クマの攻撃はいっそう激しくなった!!
「ひ~~~!」と頭を抱えた。
小屋全体が響いて揺れている!
「喰われる~~~!!」とうずくまりながら頭を抱え俺の人生終わったと思った時
気が付いた。
恐る恐る窓ガラスから覗き見るとクマがよだれを垂らし襲って来ているが
小屋にキズひとつ付けていない。
窓ガラスも割れていない!よく見ると窓の外に薄っすら何か?視える?!
「何!?結界!?」と呟いた。俺は安心したせいか尻もちをついた。
「はは!はは!はははははは!」
「何!???これ!」
俺はまた気を失った。
*
ッはっくしょん! 目が覚めた。
真っ暗だ!俺はクマみたいな物に襲われていたはず、死んだのか?ここは死後の世界か?
いや、背中がひんやりしている。あの小屋の中だ!
窓ガラスの方に目を向けると暗かった。
俺は夜なんだなと理解した。
むくりと起き上がり周りを見渡し自分の掌を見た。
俺は生きている。
足の裏が痛かった。確認すると足の裏に怪我をしていた。パンツ一丁で森の中を裸足で走ったせいだ。
立ち上がり窓の外を恐る恐る見る、あの凶暴なクマはいないようだ。
ふ〜〜なんなんだ?これは?
部屋の中がとにかく暗い、明かりを探そうと周囲を見渡すと何やらぼんやり光っている。
なんだろうと思い近づくとスマホがテーブルの上に置かれている。
「俺のスマホじゃん!」
びっくりして手に取って見る、間違いなく俺のスマホ
違う点といえば割れていた画面が直っている。
スマホを開くと見慣れないアプリが入っているが今は灯りが欲しい、スマホのわずかな光で灯りの元になるものを探す。
よく見るとテーブルの上にランプみたいなものがある。
手をそっと伸ばすと明かりがついた。
「え?」 と間抜けな声がでた。
部屋が明るくなった。テーブルの側には椅子もある。
俺は椅子に座った。
安心した 俺は生きている。
足の裏が痛いのがその証拠だ。ズキズキ痛む
涙が出てきた。こんなに生きている実感をしたことはない。
部屋の天井を見上げた。小さい小屋だと思ったが意外と天井が高い。
それにしても、足の裏が痛い。足の裏をみると真っ黒く汚れて裂けていた。血は止まっているが裂けている。
もう片方の足も切れていた。
どうりでズキズキするわけだ。
一体ここは何処なんだろうか?異世界なのか?
魔法が使えたりしたりとかないよな?と誰もいない空間に向かってひとりごとを言う。
よし!キュア!と知っているゲームの回復魔法を口にしてみた。
ぼんやりと掌が光った。
え?とびっくりして足から離した瞬間光は消えた。
マジか?
もう一度 キュア
足の裏の裂けていた部分は見る見るうちに塞がっていった。俺は自分の手のひらを見つめた。間違いない魔法だと確信した。
もう片方の足も同様に治した。痛みは消えた。
ピロン♪
テーブルの上に置いてあったスマホに通知音がした。
スマホを手に取り見ると状態異常回復、使用MP10 残り90MPと表示されていた。
他にもクマから逃げている時に足が裂けたなど心拍数なども表示されていた。
実感は湧かなかったが今までいた世界とは違うと言うのは理解した。
※
俺は部屋を物色することにした、なんせ下着姿だけというのは
何処の世界においても明らかに変態だ!
どういう構造か不明だが、この部屋以外にもまだ部屋がある。
建物の外見から察するより明らかに広い作りになっている。
扉があるので開けてみる。
キィぃ♪ と言うホラー映画みたいな音がした。
開けるとさらに部屋がありそこも意外と広かった。
そこには衣服や書物が並べられていた。
明かりの元になる様な物は無いがこちらの部屋は明るかった。
とりあえず、寒いのでそこに掛けてあった服を着た。下着姿は解消した。そこで俺が着替えるのを知っていたかの様に姿見がある。服のサイズもぴったりだ。そばに置いてある靴もピッタリだった。
自分の姿を確認した。別に異変はなく見慣れた顔がそこにあった。
若返ったとか筋骨隆々になったとかそんな様子は微塵もなかった。いつもの俺がいた。
服装はドラクエに出てくる”みかわしの服”のようだ。
「あとは武器を・・」あんなクマに襲われて倒せるとは思わないが丸腰よりはマシだ。
後ろを振り返ると武器がいくつか置いてある。
片手剣を手に取ってみる右手に持ち顔の正面に持ってくる
「マジでゲームの世界じゃん」
ピロン♪となりの部屋でスマホが鳴った。「****」何か言った。
隣の部屋にいきスマホを確認すると
「片手剣:適正値E」と表示されていた。
「このスマホ武器の相性とか判定してくれるのか?」
「そうだよ」と声が聞こえた。
「え?!!だれ?」
「ボクだよ。君の手のなか・・」
「え?スマホ話しているの?」
「うん、そうだよ」と、スマホがさらっと答えた。
「いや、待て待て待て! スマホが喋るって何!?」
俺は思わずスマホを両手で握りしめ、画面をガン見した。薄汚れていた画面はピカピカで、まるで新品。いや、ちょっと待て、こんな高級感ある光沢、俺のボロスマホじゃないだろ?
「落ち着きなよ、相棒。ボクはナビ、よろしくね」
画面に、なんか妙にチャラいアニメ風のキャラがポップアップしてきた。サングラスかけて、ニヤッと笑ってる。マジで何だこれ。
「ナビ? 相棒? いや、俺のスマホだろ、お前! なんで喋ってんだよ! ていうか、さっきのクマは!? 結界は!? ここどこ!?」
頭がパンクしそうで、質問がバババっと飛び出す。ブラック企業で鍛えられた俺のメンタルも、この状況じゃ限界だ。
「はいはい、一個ずつね」ナビがサングラスをクイッと上げながら答える。
「まず、ボクは君のスマホにインストールされた、異世界ナビゲーション・システム。名前はナビ、よろしく。君がここに来たのは、えーと、まあ、ちょっとした転移ミスってやつ?」
「転移ミス!? ふざけんな! 100均のリモコン押したらこんな目に遭うとか、詐欺だろ!」
俺はスマホを振ってみたけど、ナビのキャラはニヤニヤしてるだけだ。
「まあまあ、細かいことは置いといて。君、今『パンツ一丁の冒険者』として、この世界に登録されちゃってるから。ほら、ステータス見てみなよ」
画面がピロン♪と光って、さっきの通知みたいなウィンドウが開く。
ステータス
名前:未登録
職業:冒険者(仮)
レベル:1
HP:1000/1000
MP:90/100
状態:軽い疲労、足の裏の傷(回復済み)混乱状態(継続中)
装備:布の服、革の靴
武器:片手剣(適正値E)
魔法:キュア(初級)
スキル:身体強化
「未登録って何だよ! 俺、名前あるぞ! 草凪 美鶴!」
つい叫んだら、画面の「未登録」が「草凪 美鶴」に変わった。
「お、登録完了! よし、美鶴、状況説明してくよ」ナビが妙にテンション高く続ける。
「ここはね、エルドラドって世界。まあ、ゲームっぽいけど、リアルな異世界。
モンスターうじゃうじゃ、魔法バンバン、んで、君みたいな転移者がたまにポップする
で、ボクは君のガイド役。ステータス管理、アイテム鑑定、戦闘アドバイス、なんでもござれ!」
「エルドラド…? んで、クマは? あの赤目で牙バッチリなやつ!」
あの恐怖がフラッシュバックして、思わず小屋の窓をチラ見した。外はまだ真っ暗。静かすぎて逆に不気味だ。
「アレは『ブラッドベア』。この森に迷い込んできたみたいだねレベル40相当だから、レベル1の君にはキツい相手だね。さっきの結界は、この小屋の防御機能。転移者用のセーフハウスだから、ひとまず安全。けど、ずっとここにいるわけにもいかないよ。MPも減ってるし、そろそろ動いた方がいいかも。」
「動くたって土地勘ないし、MPってなんだよ! 知ってるゲームの回復魔法を言ったら怪我治ったけどさ」
「俺、ゲームとかあんまり得意じゃないんだよ。ブラック企業の残業で、ソシャゲすらやる時間なかったのに!」
「MPは魔法ポイント。キュアは10消費したでしょ? 君の最大MPは100だから、まだ余裕あるけど、使いすぎはいざってッて時に困るから注意ね。あと、この世界、夜はモンスターの動きが活発になるから、朝まで待った方が賢明かな。で、どうする? 小屋で休む? それとも、アイテム探して装備強化?」
俺は頭を抱えた。休みたい。マジで休みたい。けど、このパンツ一丁(今は服着たけど)で、こんな訳わかんない世界に放り出されて、休んでる場合か?
「…アイテムって、さっきの服とか剣みたいなやつ? 他に何かあるの?」
「ナイス質問!」ナビがサムズアップしてくる。
「この小屋、転移者用のスターターキットみたいなもん。奥の部屋に、アイテムボックスと他にも合う武器があるかもね。行ってみな。ボクが鑑定してあげるからさ」
俺は半信半疑で、さっき服を見つけた部屋に戻った。キィぃ♪とホラー映画みたいな音がまた響く。
部屋の隅に、なんか古臭い木の箱があった。RPGでよく見る宝箱っぽいけど、めっちゃボロい。
「これか…?」
恐る恐る開けると、中に光る石と、なんかボロボロの布が入ってる。握りしめるくらいの大きさで、青くキラキラしてる。布は…ただの雑巾?
「ナビ、これ何?」
スマホを箱にかざすと、画面に情報がポップアップ。
アイテム鑑定
魔力石(低級):MPを20回復。使い捨て。
古いマント:防御力+5。ちょっと臭いけど、寒さ対策にGood。
「マジか、回復アイテムと装備じゃん!」
思わずテンション上がったけど、冷静に考えると、こんなんであのクマにまた遭遇したら勝てる気がしない。
「ナビ、俺、このブラッドベアってやつに勝てるの? ていうか、戦わなきゃダメ?」
「んー、レベル1の君じゃ、正面戦闘はキツいし、迷い込んだ魔物だから遭遇するか分からないね。片手剣の適正Eって、ぶっちゃけ『振り回すと自分ケガするよ』レベルだし。
俺は椅子の背もたれにドサッともたれた。頭整理しきれねえ。ブラック企業で鍛えた根性で、なんとかするしかないのか?
「…とりあえず、朝まで他の武器の相性をみる。」
「OK、任せな! ボク、ナビゲーションのプロだぜ。次は、ステータス強化のコツ教えるから、準備しときな!」
スマホの画面で、ナビがウインクしてくる。なんかムカつくけど、頼りになりそうな気もする。
外はまだ暗い。窓の外、遠くで何か唸るような音が聞こえた。
「…マジで、生き残れるよな、俺?」
*
どれくらいの時間が経ったのか分からないが武器の選定を行った結果
ステータス
名前:草凪 美鶴
職業:冒険者(仮)
レベル:1
HP:1000/1000
MP:90/100
状態:軽い疲労、足の裏の傷(回復済み)混乱状態(継続中)
装備:布の服、革の靴、古びたマント
武器:片手斧(適正値SS)
魔法:キュア(初級)
スキル:身体強化
持ち物:魔力石(低級)MP20程回復
アイテムボックスの中には魔力石の他に食料と”奈落の水袋”があった。鑑定すると水を大量に入れておくことが可能、しかも水の量に関係なく重さも軽くなるアイテムバッグだと分かった。
「いま、何時なんだ?」と呟くと
「美鶴のいた世界で言うと夜中の2時だね」
「なぁ、片手斧の適正値SSとかって凄くね?」
「うん、ビックリだね、色んな人見て来たけど初めてだね、美鶴の場合ヒットポイントと言ってHPが1000もあるのは見た事がないし、レベル1でスキル”身体強化”とか使える人は相当レアだね」
「レアなのか?、って言うかこの世界に来た時点で相当レアなんだけどな!
全く何なんだ!あのクソ、リモコン!!」
「ふふふふふ」
「笑い事じゃねーし!、話が変わるが片手斧1本てのは寂しいから2本持つとかありか?」
「美鶴は切り替えがはやいね」笑いながら言われた。
「何かのゲームで二刀流って見た事があって思ったんだ」
「二刀流自体珍しくないからアリだと思うよ、片手斧の二刀流は見た事がないけどね、
一般的には小刀が主流だけど適正値を活かすなら全然アリだね」
「もう、一本持っていくか」2本目の片手斧を手にするとナビが”ピロン♪”と
音が鳴った。
「おお!職業がついたよ♪」
ステータス
名前:草凪 美鶴
職業:ツーハンドリーパー
レベル:1
HP:1000/1000
MP:90/100
状態:軽い疲労、足の裏の傷(回復済み)混乱状態(継続中)
装備:布の服、革の靴、古びたマント
武器:片手斧x2(適正値SS)
魔法:キュア(初級)
武器スキル:ダブルストライク
スキル:身体強化、雄たけび 3/3
持ち物:魔力石(低級)MP20程回復、奈落の水袋、食料1週間分
「凄いよ!美鶴!♪ 武器スキル習得だけでなくスキルも習得したよ^^」
ナビがテンション高く叫ぶ。
ナビを見ると職業がツーハンドリーパーに変わっていた、身体強化スキルの他に「雄たけび」が加わっていた。
「何が凄いのか分かりませんのでナビさん、説明して貰えますか?」
「はいはい♪任せな」ナビはサムズアップをして見せた。
そもそも冒険者と言うのは体力に自信があったり、特別な訓練を受けたり、生まれながらにして資質に恵まれている者を指すんだけど、生まれながらの資質と言うのは”魔力”の数値が特別に高い者を指すんだよね。
美鶴の場合MP100と言うのはLV1の冒険者にしては高い方なので転移した関係なのか不明だけど補正を受けている感じだよね。
その証拠にHPが1000と言うのはレベル30相当のHPなので補正と言うよりは恩恵を授かっているのではないか?とさえ疑ってしまうよ。
「”恩恵”?てなんだ?」
「そのまえに」とナビは勿体付けた。
他にもレベル1で身体強化のスキル持ちはいないと言うより冒険者はレベル上げをして習得するスキルが一般的だよね。武器スキルもレベルに合わせて習得するのが一般的なので装備しただけで習得するのは”恩恵”なのかな?と思っちゃうね。
さて、”恩恵”について説明するね。
恩恵とは女神様から授かった祝福の事を恩恵というんだ。
「女神!そんなものがいるのか?」と大きな声をだした。
ナビは険しい顔をして
「美鶴!女神様を呼び捨てにするのは駄目だよ。呼び捨てにする行為は大罪に値し、神罰がおりるとも言われているのがこの世界のルールなんだ」
「え?マジ?、女神様~ごめんなさい、ごめんなんさい!」と手を合わせて繰り返すと
ナビはクスクスと笑った。
「一応、そう言われているだけで神罰がおりた人がいるかは不明だけど、街中では変人扱いされるから要注意だね」
「わかりました」と元気よく返事した。
ナビのクスクス笑いがスマホの画面から響いて、なんかムカつくけど、妙に安心感もある。とりあえず、このチャラいナビが頼りなんだよな。俺は深呼吸して、頭を整理しようとした。パンツ一丁で森に放り出され、クマに襲われ、魔法使えて、スマホが喋って…マジで頭パンクしそう。
「よし、ナビ。で、次は何すりゃいい? 朝まで待つって言ってたけど、ずっとこの小屋にいるわけにもいかねえだろ?」
俺は椅子に座り直し、片手斧を両手に握りながら聞いた。手に馴染む感触がなんかカッコいい。ツーハンドリーパーって名前も、ちょっと厨二っぽくて嫌いじゃない。
「ナイスな質問、美鶴!」 ナビがサングラスをクイッと上げて答える。
「この小屋はセーフハウスだけど、物資は限られてる。奈落の水袋と食料で1週間は生き延びられるけど、この先の街に行くのが次のステップだね。森の外にドルムンガンドの首都『ルミナ』って街があって、冒険者のギルドがある。そこで情報集めたり、クエスト受けたり、装備強化したりできるよ。」
「街か…。ブラッドベアみたいな魔物迷い込んでこないよな?」
「ふふ、ビビってる?」 ナビがニヤニヤしてる。
「ブラッドベアに遭遇したら強化スキルで足を強化してダッシュで逃げ切れば大丈夫。
この森、夜は危ないけど、昼間ならモンスターの動きは鈍い。ルミナまでは、森を抜けて4日くらいの距離。道中、弱いモンスターなら君の片手斧二刀流と身体強化スキルで余裕だよ。
「強化スキルて部位だけを強化出来るのか?」
「うん、出来るよ、普通に使えば全身強化スキルになるけど特定の部位だけを強化すれば全身に回るはずの強化がその部位に集まるからね」
「ただ、気を付けないといけないのは過度にやると部位の故障に繋がるから注意が必要」
「なんで?」
「強化スキルとは本来持っているもの以上の力を出す強化スキルだから負荷は当然かかるよねって話だよ」
「なるほど・・体の訓練も必要て事か」
「うん」
「あと、ダブルストライクは、片手斧を両手で同時に振り下ろす攻撃。命中率は低めだけど、当たれば高ダメージ。雄たけびは敵を一時的に怯ませるスキルで、集団戦で便利だよ。身体強化は、力と素早さを1.5倍くらいブーストする。」
ナビが解説してくれるけど、ゲームのチュートリアルみたいで頭に入ってこねえ。
「…で、ドル・・??ルミナに行くとして、道はどうすんだ? GPSとかないだろ、ここ。」
俺はスマホを振ってみたけど、ナビのキャラはピクリとも動かない。
「ドルムンガンドだよ美鶴」勝ち誇ったような顔でいわれた。
「それにボクがいるじゃん! 地図データはバッチリ。ほら、画面見て。」
スマホの画面が切り替わり、なんかRPGっぽいマップが表示された。森の真ん中に「現在地」って点が光ってて、細い道が北に伸びてる。道の先には「ルミナ」って文字。距離は…まあ、4日ってとこか。
「とりあえず、朝まで待って、食料と水持って森を抜ける。で、街で情報集めつつ、レベル上げって感じ?」
俺は自分でまとめてみた。ブラック企業で鍛えたタスク管理能力が、こんなとこで役立つとは。
「その通り! 賢いじゃん、美鶴。さすがブラック企業サバイバー!」 ナビがサムズアップしてくる。「でも、夜の森はマジ危険だから、朝まで小屋で休むか、スキルの練習でもしとく? 身体強化と雄たけび、使ってみると感覚つかめるよ。」
「練習ね…。まあ、確かに、魔法のキュアが使えたんだから、スキルもいけるか。」
俺は立ち上がって、片手斧を両手に握ってみた。身体強化って、どうすりゃ発動するんだ? ゲームならボタン連打だけど、リアルじゃ…。
「身体強化、発動!」
なんかカッコいい感じで叫んでみた。すると、体が熱くなって、なんか力が湧いてくる。腕に握った斧が軽く感じるし、足もなんかスッキリ動ける。鏡を見ると、別にムキムキになったわけじゃないけど、目がキラキラしてる気がする。
「ピロン♪ 身体強化発動。効果時間5分!」
スマホからナビの声。5分か、短えな。でも、確かに体が軽い。次は雄たけびだろ。
「雄たけび!」
喉からなんか野太い声が出た。部屋の空気がビリッと震えて、テーブルの上の魔力石がカタカタ揺れた。すげえ、めっちゃ迫力あるじゃん!
「ピロン♪ 雄たけび発動。範囲内の敵を3秒間怯ませる!」
ナビが解説してくれるけど、なんか楽しくなってきた。ゲームみたいだけど、リアルに体で感じるこの感覚、悪くねえ。
「よし、ナビ。朝までスキル練習して、スキルの感覚つかんどくわ。んで、ルミナ目指す。…でもさ、俺、元の世界に戻れんのか?」
ふと、ブラック企業のデスクと残業の山が頭をよぎった。あのクソみたいな生活に戻りたいかって? 正直、微妙だ。でも、家族とか、友達とか…ちょっと気になる。
ナビのキャラがサングラスを外して、珍しく真面目な顔になった。
「戻る方法? うーん、正直、転移ミスだから、原因究明しないとわかんない。でも、ルミナのギルドに転移者専門の部署があるから、そこで情報集められるよ。女神様の神殿にも、転移の謎を知るヒントがあるかも。…まあ、まずは生き残ること、だね。」
「生き残る、か。まあ、ブラック企業で2年耐えたんだ。この世界も、なんとかするだろ。」
俺は片手斧を肩に担いで、ニヤッと笑った。なんか、ちょっとワクワクしてきた。
「ナイスなマインド! じゃ、朝までスキル練習とアイテムチェック。準備万端でルミナにGOだ!」
ナビがウインクしてくる。外はまだ暗いけど、遠くでまた何か唸る音が聞こえた。ブラッドベアじゃなきゃいいけど…。
「…マジで、生き残れるよな、俺?」
小さく呟いたけど、ナビは「ふふ、余裕余裕!」と軽く流した。こいつの楽観っぷり、嫌いじゃないかも。
*
朝が来た。窓から差し込む光で、森の木々がキラキラしてる。小屋の結界のおかげで、夜はなんとか無事だった。スマホを確認すると、MPは寝てる間に少し回復していた。魔力石使わなくて済んだのはラッキーだ。
「よし、ナビ。ドルなんとかのルミナ行くぞ。道中、何か出たら…まあ、ダブルストライクでぶっ飛ばす!」
俺は奈落の水袋に水を詰め、食料を布の袋に突っ込んで、片手斧を両手に握った。身体強化の感覚も、昨夜の練習でだいぶ掴めてきた。
「オッケー、美鶴! ルートはボクがナビる。森の小道を北に進め。途中でスライムとかゴブリンくらいなら、レベル1でもイケるよ。気をつけるのは…まあ、ブラッドベアくらいかな?」
ナビの軽い口調に、思わず顔が引きつる。
「ふざけんな、ブラッドベアは勘弁な!」
俺は小屋のドアを開け、森の空気を吸い込んだ。ひんやりした風と、木々の匂い。なんか、嫌いじゃないな、この世界。
「さあ、冒険開始だ! ツーハンドリーパー・美鶴の伝説、幕開け!」
ナビのテンション高い声に、俺は苦笑いしながら一歩踏み出した。
”note”で「脱サラ冒険者、運命の人になる」のあれこれを書いています。
マガジンにしていますので一度遊びにきてもらえると小躍りします♪
https://note.com/mituyama/m/mbec04231de43 ←マガジン
他にもうだうだと雑記を書いてますのでそちらも是非ご覧ください<(_ _)>