全知全能と親と子と
取り敢えず仲直りが完了したということで僕は神樹の手を離……そうとしたけど、離れない。
「あ、あの、仲直りは出来たから、もう握手は良いんじゃないかな」
「貴方の世界では、仲の良き者同士は手を繋ぐものだと知っている。仲直りしたというならば、仲が良い私と貴方は手を繋いだままであるのが、最も理に適うことなのだと感じている」
「あー、えっとね。そういうのは……まぁ、あるけど、大体は恋人とか、そういう凄く親密な関係の人達がやることなんだよね」
「私と、貴方は……違う、のだろうか」
不安げな表情をする神樹に、僕は仕方なしと溜息を吐いた。
「まぁ、親子みたいなもんではあるかもね」
子供をあやすように繋いだ手を上下に揺らすと、神樹はふっと笑みを見せた。
「親子」
「そう、親子だ。この世界では唯一……かな、直接何かしら干渉しちゃった子だし。その結果、今の君が居るってなると、親子って言っても良いと思う」
魔力やら栄養やら不思議パワーやら、好き放題に注ぎ込んでしまったことを後悔する気持ちもあった僕だったが、こうして会ってみればその後悔も消えていた。寧ろ、その気持ちを持っていたことに罪悪感が湧いているくらいだ。
「ただ、その……ずっと手を繋いでたら、汗かいちゃうから」
「案ずることは、無い。ここは精神の世界、心だけの世界。肉体の理は届かない」
「でも、僕の体には感触があるけど……」
「投影された肉体は、心の働きによって錯覚を得る。しかし、意識の外からの肉体的作用は生じない」
なるほどね。つまり、ここで一昼夜走り続けたって、僕が疲れると思わない限りは疲れることも無いって訳だ。この手が触れている感触も、ただの錯覚なんだろう。
「されど……錯覚であっても、構わない。寧ろ、心と心が触れ合っていると考えるなら、物の世界における接触よりも暖かいものだと、私は感じる」
「そ、そうかもね?」
真顔でそんな気恥ずかしくなるようなこと言わないでよ。照れるっていうか、緊張するっていうか、ねぇ、ほら。アレだから!
「わ、分かった。手はそのままで良いから……ちょっと、話したいことがあるんだけど」
「愛おしい貴方の言葉ならば、何であろうと必ず聞き遂げる」
そ、そっか。それは良かったよ、うん。
「……木人の……君の言う、枝葉のことなんだけど」
「私の生み出した、使徒」
神樹の言葉に、僕は頷く。
「そう。君は、彼らのことをどう思っているかな?」
「……枝葉」
「えっと、つまりどういうことだろう」
「私の枝であり、葉であり……言うなれば、私の一部だ」
そうか。やっぱり、そういう感じなんだ。
「根齧り、枝食み……私を狙う獣達から身を護る為に、私から分離させた私の一部。独立して動き、外敵を排除するという、機能。それが……使徒」
「……なるほど」
元が自分そのものだから、別の種族というか生き物って感覚が薄いんだ。飽くまで、自分の機能や器官の一部としてしか見ていないって訳だ。
「君が、どう思ってるのかは……理解した」
「……私の考えは、理に適わぬことだったのか?」
僕の表情から察したのか、神樹が不安そうに聞いた。
「理に適うとかは、ちょっと良く分からないんだけど……ただ、僕としては違う考えを持って欲しいな、って思うんだ」
「分かった」
あっさりした神樹の答えに僕は少し悩んだけど、先に考えを伝えることにした。
「彼らは、知能が合って感情がある。君は、きっと彼らを人でいう臓器だとか道具みたいに考えてると思う。だけど、彼らはただの器官でも、道具でも無いんだ。自分で意思を持って動くし、嫌なことがあれば悲しむからね」
神樹は、僕をじっと見つめたままだ。
「君が、僕に詫びるように彼らに伝えて、許されなければ命をも捨てるように言った時……彼らは凄く怖がっていた。不安で、怖くて、嫌がっていたんだ。彼らは君のことが大好きで、神様のようにも思っていて、ずっと愛しているのに、簡単に命を捨てるように言われたら……きっと、凄く悲しい気持ちになると思うんだ」
まだ、神樹は何も言わずに僕を見つめている。
「例えば……君が、僕から突然死ぬように言われたら、どう思うかな。愛情も何も感じない言い方で、道具を使い捨てるみたいに、命を捨てさせられたら、どんな気持ちになる?」
「……耐え、られない」
神樹は目を見開き、ふるふると震えた。
「彼らも、同じなんだ。君の中の僕が、きっと彼らの中の君なんだ。僕と君が親子なら、彼らと君だってきっとそうだ。彼らは生き物で、個人なんだ。一人一人が生き物で、それぞれ違う心を持ってるんだ。道具じゃない。だから、そんな思いをさせたらダメだ」
「……枝は朽ちれば折れ、葉も枯れれば落ちる。彼らの悲しみは、それと同じ反応ではないのか?」
僕は悩み、首を振った。
「分からない。本質的には同じなのかも知れない。だけど、そうだとしたらきっと僕たちだって同じことだ。痛みを感じれば苦しんで、泣いたりする。それは確かにただの反応なのかも知れない。だけど、僕らにとって一番大事なのはそれの筈だ。喜んだり、怒ったり、そういう感情こそが僕らの本体だ。考えている僕らは、肉体じゃなくてそこに居るんだからね」
僕がそう語ると、神樹は目を細め、そして俯いた。
「……そう、か。彼らも、私と同じだった……か」
僅かに開いた口元から発されるのは萎びたような声。握っていた手からもすっと力が抜けるようだった。
「彼らには、どうすれば良いのだろうか。樹の私には、分からない。どうか教えて欲しい、人間の貴方に」
神樹の願いに、僕は毅然と首を振った。
「いや、違う。僕は彼らを木人と呼んでいるけど……彼らは、人でもあり、樹でもある存在なんだ。だから、僕から全てを教えるなんてことは出来ない。僕は、彼らとは少し違うから」
「……ならば、どうすれば……」
僕はだらりと落ちてしまった神樹の手を再び掴み取って、僅かに顔を寄せた。琥珀色の瞳が、さっきよりも鮮明に見える。
「二人で考えれば良いんだ。人の僕と、樹の君で、一緒に考えれば……その合いの子の彼らのことも、きっと分かる筈だから」
僕の言葉に、神樹は不安げだった瞳に希望の光を宿らせ、何度も大きく頷いた。




