全知全能と神樹より
何故、言葉が通じているのか。彼らの問いに戻すならば、何故、彼らの言葉を知っているのか。
「僕が、この言葉を……言語を使えるのは、生まれ育った故郷の言葉だからだ」
「故郷? それは、さっき言っていた遠く離れた場所か?」
「そうだよ。ここからじゃ、普通なら辿り着けないところにあるんだ」
「……だというならば、お前はどうやってここまで来たのだ」
男は槍を構えたまま、僕にそう問いかけた。
「僕は……そういう、特別な力を持ってるんだ。僕以外に、僕の故郷から来る人は居ないよ。僕が望まない限りは」
「ッ、お前は……何なんだ?」
似て非なる姿の存在。その正体に興味を持ち、警戒するのは当然のことだろう。僕も、同じように彼らのことが気になっているからだ。
「僕は、人間だ。地球って星で生まれた人間。君達は、何なの?」
「我らはさっきも言った通りだ。神樹の使徒。神樹によって生まれ、神樹と共にある」
神樹が彼らにとってとても重要な宗教的な象徴だと言うことは分かった。だけど、僕が聞きたかったのは既に知っている話じゃない。
「その……君達はどういう文化を持ってて、そういう知恵とか知識とか、言葉とかはどうやって身に着けたのかな?」
「我らは神樹様より生まれた時から知恵もまた授けられている。言葉も同じだ」
ん……?
「それは、その、比喩的な話ではなく?」
「? そのままだ。我らはそもそも神樹様によって生み出された存在だからな」
「えーっと……?」
神樹様が見守って下さるお陰で生きられてます、みたいな話じゃなくて……マジで神樹様から生まれてるの?
「この耳も神樹様の声を聞く為のものだ。お前は丸い耳をしているからな、それで我らとは違うと一目で分かったのだ」
「肌も葉一つ無いしな。ツルツルだ!」
「葉?」
愉快気に口を挟んだ誰かの言葉に僕は眉を顰め、彼らの体を良く観察した。すると、葉と木の皮で作られていた服のように見えたそれは、服では無く彼らの体から直に生えているものであることが分かった。
「……木人」
木の人間。単純にそれを縮めて、僕は彼らをそう呼んだ。今思えば、僅かに緑がかった白い肌も植物を思わせるものに見える。そうか。
「ほう、光栄な呼び名だな。神樹様の一部であることを感じられて素晴らしい」
男が嬉しそうににやりと笑うのを見ながらも、僕は頭の中で思考を回していた。
「……良かったら、君達の神樹様のところまで案内してくれないかな?」
「ッ、やはり我らの神樹様を狙って……」
男が笑みを消して再び警戒を強めるのを見て、僕は慌てて手を振った。
「違うって。心配なら、そうして槍を突き付けたままでも構わないからさ」
「……私では判断しかねる。神樹様に直接尋ねてくるから待っていろ」
「分かった。ありがとね」
別に、無言で行ったって良いには良いんだけど、折角の人型種族と関係を悪くすると言うのもつまらない話だ。出来るなら、仲良くしておきたい。
男が去った後、気まずい沈黙がその場を支配する。僕は周囲をきょろきょろと見て、一人ずつ木人を観察していく。
「動くなよ」
「はいはい、分かってるって」
僕は動きを止めて、声を発した女の方をじっと見た。気の強そうな顔をしている。
「ッ、じろじろと見るなぁ!」
「だって、動けないからしょうがないじゃん」
「き、貴様なぁ……!」
僕は遠慮なくじろじろと槍を持った女の木人を観察した。確かに、肌を木の皮が覆っていたり、葉っぱが生えていたりする。
「凄い、葉っぱってそんな感じで生えてるんだ」
「セクハラだぞッ!?」
失礼だなぁ。僕は生物学的な知見を得る為に観察してるだけなのに。……ていうか、セクハラって言った今? 日本語以外も使えるってことか?
「――――なにー? なんか変なのが来たって聞いたんだけどー?」
考え込んでいる僕の前に現れたのは、同じ木人の女だった。その緑色の髪はぼさついており、どこかガサツな印象を受けるが、彼らと違うのはその手に木製の杖を持っていることだった。
「賢者様ッ! 来て下さったのですかっ! お願いします、このセクハラ男をどうにかして下さいッ!」
「へぇ、それ? それが例、の……」
気の強そうな女の言葉に、杖の女は僕の方を見る。が、その途中で言葉を紡げなくなり、一歩ずつ、ゆっくりと近付いて来た。
「あ、あな……っ、あなた、は……!」
「う、うん。なに?」
杖の女は僕を見て、何かに気付いたように目を見開いていた。
「まさか、あなたは……ッ! 造物主様、ではございませんか?」
「ん……?」
あれ、おかしいな。何でバレたんだろう。
「うーん……気のせいじゃないかな」
誤魔化しの言葉を口にするも、杖の女の顔にはやはり確信が浮かんでいた。




