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ある日、僕は全知全能になった。  作者: 暁月ライト


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全知全能と煌めく魔力

 紫苑ちゃんは呆然とした様子でユモンを見上げていたが、ユモンは眉を顰めて紫苑ちゃんの指に嵌められている別の銀の指輪を見た。


「あァ、何だよ。保険あったんじゃねえか」


 その指輪には罅が入っており、今にも壊れそうになっていた。


「いえ、指輪が身代わりとなっても多少は周りに影響が出る可能性は高いですので助かりました。壊れた指輪の破片が飛んでいって誰かが怪我をする可能性もありましたから」


「……ありがと」


 状況を漸く理解できたのか、紫苑ちゃんはユモンを見上げたまま短く礼を言った。


「オレ様は契約に従っただけだァ。感謝するなら雇い主に言えよな」


「いや、僕は何もしてないからね。感謝ならユモンに……」


 慌てるように言う僕に、紫苑ちゃんはくすりと笑った。


「ありがとう。感謝しておくわ」


「あはは、本当に僕は何もやってないんだけどね……」


「指輪のことも、ありがと。凄く、困ってたから」


「うん、それは気にしなくて良いよ。どうせ、僕には必要無いものだから」


 僕が言うと、紫苑ちゃんは首を傾げた。


「こんな物、売っても使っても良い筈なのに……本当に、必要ないの?」


「え? まぁ、売るにしても色々大変だし、別に使う当ても無いし……うん、全然貰って良いよ」


 実際、こういうアイテムなんかを売るってなると、結構な手間とか面倒がかかりそうなものである。それに、色々と目を付けられそうでもある。管理局とかにも怒られそうだ。


「……ありがとう」


「うん。だから、安心して付けて良いよ。所有者を登録しないと、効果無いし」


 ユモンのお陰か、幾分か穏やかになった紫苑ちゃんに僕も心を落ち着けて指輪を勧めた。最初はちょっとビビっちゃったけど、もうちょっと優しく怯えずに接してあげよう。


「……分かったわ」


 紫苑ちゃんは机の上に置かれたままの指輪を手に取り、そっと自分の人差し指に嵌めた。少しサイズが大きいように見えたそれは、魔力が流れ込んでいくと共にその姿が縮み、ちょうど紫苑ちゃんの指に合うサイズへと変化した。


「ッ、凄い……!」


 紫苑ちゃんは目を見開き、自分の指輪を見下ろした。黒紫色の魔力が、煌めきながら指輪の紫の結晶に流れ込んでいく様は、幻想的で美しかった。


「それで、もう暴走の心配はないんじゃないかな? 根本的な解決では無いかも知れないけど……」


「良いわ、これで十分よ。根っこの部分は、自分の力で解決して見せるわ。私の問題だもの」


「お嬢様」


「おい、テメェら」


 ユモンの声に僕はユモンの方を向き、そしてテーブルの隣に立っている若い女性の店員さんを見た。


「え、えっと、あの……その……」


「ねぇ……貴方、見たのかしら?」


 若い女性の店員は困ったように視線を彷徨わせていた。間違いなく、見られたね。一般人には感知できない魔力だけど、あれだけ濃密な闇の魔力であれば、当然見られているだろう。


「シーッ、よ。誰かに話したら……分かってるわよね?」


「ッ!」


 銀の指輪に散りばめられた紫の結晶が、妖しく輝いた。店員さんは息を呑み、慌てた様子で何度も頷いた後に、料理を机に置いて逃げていった。


「お、僕のビーフシチューオムライスから来たね」


「誠に申し訳ございません。執事でありながら、このようなことにさえ気を配れておりませんでした」


「別に良いわよ。どうせ、あの子は誰にも言わないわ」


 能天気にオムライスの到着を喜んだ僕だったが、安堂さんは神妙な顔で頭を下げていた。


「それに、この指輪に見惚れる気持ちは……十分、私だって分かるし」


 魅入られたように指輪を眺めている紫苑ちゃん。ユモンは不機嫌そうな顔をしている。僕の料理が先に来たからだ。


「あ、あの……グリルチキンとライスのセットになります」


「こちらにお願いします」


 さっきの店員さんが、今度は安堂さんの料理を持ってきていた。ジューシーなチキンと緑の野菜が盛り付けられた皿が机に置かれ、ユモンは更に表情をムッとさせた。


「オレ様の料理、最後かよ」


「あはは、みたいだね。じゃあ、頂きます」


「おいッ、先に食うとかズルだろうが! オレ様にも一口食わせやがれッ!」


「嫌だよ。食べたら、絶対一口じゃ済まなくなるもん」


 やんやと僕らが話している様子を見た紫苑ちゃんは、その視線を安堂さんに向けた。


「ねぇ、安堂。私も何か頼みたいわ。でも、ファミレスなんて使ったことないからどうすれば良いか分からないの」


「承知致しました。メニューはこちらとなっております。また、こちらのタブレット端末から注文出来ますので、決まりましたら私にお教え下さい」


「良いわ。自分でやるから」


 甲斐甲斐しく開いて見せられたメニューをひったくり、紫苑ちゃんは熱心にメニューに見入り始めた。


「ファミレス、初めてなんだね」


「そうよ。私はあんまり、外には出れなかったもの……でも、それも今日で終わりかしらね」


 感慨深げに息を吐き、そしてにやりと笑った。


「お勧めのメニューを教えなさい、宇尾根」


「ふふ、良いよ。僕は結構ここを使ってるからね。お勧めのメニューはビーフシチューオムライスだよ」


「それ、貴方のと同じじゃないの……?」


「うん、僕は殆どこれしか食べてないからね。お勧め出来るのはこれくらいしか無いよ」


 何回通ってても、同じメニューしか殆ど食べない僕だから、当然他のどのメニューが美味しいかとか知らないんだよね。


「……殆ど知識ゼロと同じじゃない。まぁ良いわ、それを頼んであげる」


「ん、良いと思う」


 美味しいね。いやぁ、いつ来ても変わらない味である。……あれ、そういえばここの店員さんに見られたのか、さっきの。


「……僕、もうここ使えないじゃん」


 善斗とかと来ることになったらどうしよう。僕、どんな顔で注文すれば良いんだよ。これから。


「おい、ドリンクバーも付けた方が良いぞ」


「ど、ドリンクバー? え、えっと、それはなに?」


 ユモンが不機嫌そうな表情のまま言うと、紫苑ちゃんは何故か少し挙動不審になりながら聞き返した。


「好き放題にジュースやらが飲めるって言う魔法のシステムだァ。分からねェなら、特別にオレ様が教えてやるよ」


「う、うん。教えて!」


「では、ドリンクバーの方も注文しておきましょうか」


 嬉しそうにユモンについて行く紫苑ちゃんを見て、僕は小さく息を吐いた。僕がちょっとここの店員さんと気まずくなるのは、必要な代償だったってことにしよう。

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