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ある日、僕は全知全能になった。  作者: 暁月ライト


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全知全能と諦観

 僕の返答に、執事は表情を暗くした。


「……左様で、ございますか」


「申し訳ないですけど、そうですね」


 僕が言うと、重い沈黙がその場を支配した。


「……因みに、どうして指輪が欲しいんですか?」


 気まずい沈黙を破るべく投げかけた僕の問いに、執事は僅かに硬直した後に口を開いた。


「お嬢様は特殊な体質をお持ちでございます。先天的に闇の魔力への親和性が極めて高く、魔力の操作においても卓越した素質がございます。その後、後天的な処置により本来の適性は限界近くまで高められましたが、その過程で精神の均衡が損なわれやすくなってしまいました。結果、その特殊な体質と精神の不安定が相まって、常に暴走の危険に晒されている状況となっておられます」


 その説明に、僕は眉を顰めた。


「色々言いたいことはありますけど、それで指輪が欲しい理由は何なんですか」


「指輪を欲しているのは、魔力の暴走を受け止められる器になり得るからで御座います。今は幾つも器と成り得るものを暴走の危険がある度に消耗し、破壊することで耐えておられますが、その生活すらもまたお嬢様の精神の不安を煽るもので御座います。故に、私達は常にお嬢様の暴走した魔力を受け止め得る完璧な器を探しておりました」


「それで、遂に見出した完璧な器ってのがこの指輪だったって話ですか?」


「正に。使い魔経由で見たもの故に確証までは無いと仰られていましたが、魔力の容量も底知れず、何より強固であり、闇との親和性も極めて高い器であるのは間違いない、と」


 なるほどね、そんなお誂え向きの指輪が馬鹿みたいに窓辺に放置されてたから思わず盗っちゃったって訳だ。昔に家族を丸ごと暴走に巻き込んだなんて過去があるんだし、気持ちは分からなくもない。それに、まだ子供だし。


「説明は分かったよ。だけど、この指輪は渡せないね」


 これは異世界の魔術書を指輪の形に変えたものだ。地球の人間においそれと渡す訳にはいかない。多分、闇適性が高いのは元は呪われてたり悪魔が憑いてたりとか、そういうのが理由だと思うけど……うん、渡せはしない。


「……そうで、御座いますか」


 老執事の表情が暗く沈む。その目は、僕の指に嵌められたままの黄金の指輪を見ていた。それは、良くない目だった。淀んでいる。希望を失い、諦めを見ている。


「まァ、落ち着けよ……オレ様が見てやろうか? もしかしたら、どうにか出来るかも知れねぇぜ?」


「……見たところで、何も変わりはしませんでしょう」


 きっと、老執事が見ているのは最後の手段だ。いつでも動き出せるように閉じていた足が僅かに開く。しかし、ユモンもそれに気付いている。


「執事さん……安堂さん、でしたよね」


 執事は答えず、僕の目を見た。反応は鈍い。頭に浮かんだそのやり方に、思考が囚われているからだ。


「この指輪は渡せません。でも、代わりになるものなら渡せるかも知れません」


「その指輪と同じようなモノを、もう一つ持っているとでも仰るのですか?」


「そうですよ」


 執事は、安堂は閉口した。きっと、判断に迷っている。僕の言葉が方便ではないか、ここで逃せば二度とは手に入らないんじゃないか、と。


「……分かり、ました」


 結果、僕らを信じることを安堂は選んだ。




 家にあるから取りに帰るという言い訳を選んでしまった僕は、三人で家の方へと道を戻っていた。


「しかし、賢明な判断だったぜ? こいつに挑んだところで、ぜってェに負けるからなァ」


「いや、僕よりこれの方が強いよ……ユ、んー……イカダチさんの方が」


 ユモンと呼ぼうかと思ったけど、イカダチの方が日本っぽい感じがしたからそっちで呼んだ。ユモン・イカダチであってるよね、名前。


「今、オレ様のことをこれって言ったなテメェ……」


「あ、イカダチで合ってるよねやっぱり。良かった」


「しかも忘れかけてんじゃねえよ!?」


 ユモンはぴくぴくとこめかみを痙攣させていたが、僕は目を背けておいた。そういえば、安堂さんにはユモンはどういう風に見えてるんだろう。認識阻害はあるけど、ここまで正面から話してたら普通に見えててもおかしくはない。


「……私としても、敗北の可能性が十分にあることは理解しておりました。しかし、退けぬ理由もありましたので」


「お嬢様の暴走?」


「えぇ。それも、まだ幼い故かお嬢様の魔力は日々成長しております。暴走の危険性は日を追うごとに高まり、急ぎ何かしらの策を講じなければならないと考えていたところで御座いました」


「……結構、緊急だったんだ」


 しかし、お金持ちっぽいし支配者とか言うなら、どっかから良い感じの道具を持ってこれそうなもんだけど、難しいのかな。


「悔いの多い人生でしたが、ここで散るのも止む無しかと考えても居りました。命に代えても指輪さえ手に入れば、お嬢様は今度こそ光の中を歩けるだろうと」


 やっぱり、アレはそういう目だったんだ。諦めと覚悟が混じったような目だった。


「お嬢様に課せられた宿命も、年端も行かない少女に課すには過酷が過ぎるような訓練も、その結果である家の壊滅も……何からも、私はお嬢様を守れはしませんでした。故に、責めてこれからはと意気込んでおりましたが……」


 安堂さんは歩きながら、僕の方に視線を向けた。


「お嬢様をお救い頂けると言うのであれば、必ず礼を尽くすのが私の役目。昔と比べれば、今は小さくはなってしまった夜咲家ですが……紫苑お嬢様が居られれば、必ずかつての栄光を、かつてのような闇を背負わずに取り戻すことが出来る筈ですから」


「……そっか」


 きっと、この人も色々大変だったんだろうなぁ。さっきまでは、凄く重い表情をしてたから。でも、今はさっきよりも少し気分が軽くなっているようにも見えた。

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